学校
【カイルくん6歳視点】
『リベルタス歴7年、4月1日 晴天』
ぼくは今日から、学校に通うんだ! ドキドキするけど、すっごく楽しみ! 朝ごはんも、いつもより早く食べちゃった。
学校まではパパに送ってもらった。パパは朝早くからお仕事があるのに、わざわざ時間を作ってくれたんだ。嬉しいな。
「カイル、がんばれよ! 最初のうちは大変かもしれんが、すぐに慣れるさ」
パパはぼくの頭をわしゃわしゃ撫でて、力強い笑顔を向けてくれた。
「うん! いってくるよ!」
ぼくは元気よく返事をして、パパに手を振った。パパの大きな背中が見えなくなるまで見送って、いよいよ学校の門をくぐる。
学校の入り口では、ヒューゴおじさんが待っていてくれた。ヒューゴおじさんは、いつもムキムキですっごく強いんだ。今日はなんだかいつもと違う、黒くてピシッとした執事服っていうのを着ている。
「カイル殿下、おはようございます。さあ、教室へ参りましょう」
ヒューゴおじさんは、にこやかにぼくを迎えてくれた。二人で石畳の廊下を歩いて、教室へ入る。
教室は、木のいい匂いがした。大きな窓からは明るい日差しが差し込んでいて、机と椅子がきちんと並んでいる。黒板もピカピカだ。
「それでは、カイル殿下。失礼ながら、この学び舎ではカイルくん、と呼ばせていただきますよ」
ヒューゴおじさん……じゃなくて、ヒューゴ先生が、教壇に立って言った。声もいつもよりちょっとだけ低い気がする。
「はいっ! ヒューゴ先生!」
ぼくは一番前の机にちょこんと座った。紺色に赤いネクタイがついた制服は、ちょっとだけ窮屈だけど、なんだか大人になったみたいで嬉しい。この羊毛の制服、シルクママが「一番いいやつよ」って言いながら着せてくれたんだ。
シルクママは、ぼくの本当のお母さん。街のみんなが「とっても美人だね」って言うんだ。いつも優しくて、夜になると難しい本も読んでくれる。シルクママの声は、聞いていると眠くなっちゃうくらい心地いいんだ。
でも、チャンバラとかで遊んでくれるのはリリーママ。リリーママは、いっつも元気いっぱいで、ぼくと一緒に走り回ってくれる。リリーママとのチャンバラは、本当に楽しいんだ! リリーママは「可愛いね」ってみんなに言われる。うん、ぼくもそう思う!
それから、エルフのエルミーラママ。エルミーラママは、ちょっと苦手かな……。いつも「体にいいから」って、苦い草のジュースとか、変な匂いのする温泉のお湯? を飲ませようとしてくるんだ。ぶどうジュースのほうが、ずーっと美味しいのになぁ。それに、エルミーラママは「おばさん」って言われると、すっごく怒るんだ。でも、パパは「エルミーラは綺麗だな」ってよく言ってる。
そう、ぼくのママは三人! シルクママと、リリーママと、エルミーラママ。みんな優しくて、大好きだ。そして、パパは一人! 世界で一番かっこいいパパだ!
ヒューゴ先生は……うーん、やっぱりオジサン! でも、筋肉は本当にムキムキで、大きな岩とかも軽々持ち上げちゃうんだ。今日は黒い執事服だけど、鎧姿もかっこいいんだよ。
今日の生徒は、今のところぼく一人だけ。なんだかちょっと寂しいけど、ヒューゴ先生が言うには、そのうち弟のレオンたちも来るって! レオンと一緒に勉強できるなら、もっと楽しくなるだろうな。
レオンの本当のママはリリーママなんだ。ぼくの髪の毛はパパと一緒で金色だけど、レオンはリリーママと一緒で赤いんだ。へんなの~。パパは金色で、リリーママは赤くて、レオンも赤い。うーん、やっぱり変なの。
「はい、カイルくん。それでは最初の授業を始めます。前に来て、この地図からオーロラハイドを当ててみてください」
ヒューゴ先生が、大きな地図を黒板にペタッと貼った。地図には、たくさんの丸とか線とかが描いてある。
「ここーーーっ!」
ぼくは迷わず、オーロラハイドの場所を指さした。塩の村のとなりだから、カンタンだ! パパと一緒によく釣りに行く場所だもん。
「はい、よくできました。素晴らしいですね、カイルくん。では、さて次は……」
ヒューゴ先生が次の問題を出そうとした、その時だった。
ガララッ! と、教室の扉が勢いよく開いて、誰かが入って来た。
その人は、黒い軍服を着ていて、裏地が真っ赤な黒いマントをバサッと翻していた。浅黒い肌に、キリッとした整った顔立ち……。
「やあ、バートル。おっと、宰相とお呼びした方がよろしいかな? それとも、軍司令官のほうがお好きかな?」
ヒューゴ先生が、その人に声をかけた。知ってる! 黒のバートルさんだ! パパのところにいつも来て、難しい顔で何か話している人だ。でも、ぼくとは全然話してくれない……。いつも、ちょっと怖い目つきでぼくを見るんだ。
「ヒューゴさん、からかわないでください。今日は剣の指導に来ただけです。交代の時間ですよ」
バートルさんは、低い声でそう言うと、ヒューゴ先生を一瞥した。
「おっと、そうでしたな。いやはや、吾輩としたことが、つい授業に熱中してしまいましたわい。ガハハハハ!」
ヒューゴ先生は豪快に笑ったけど、バートルさんはニコリともしない。そして、じろり、とぼくをおっかない目で見た。
(こ、こわいよぉ、ママー、パパー!)
思わず、心の中で叫んじゃった。
ヒューゴ先生の授業が終わって、今度はバートルさんの剣の指導の時間になった。教室の外にある練習場に行くと、バートルさんはふわふわした茶色い毛がグルグルに巻かれた木の棒をぼくに渡した。
「さあ、カイルくん。まずは私に、好きに打ち込んできなさい」
バートルさんは、腕を組んで仁王立ちしている。少しも動く気配がない。
なめるなよ! ぼくだって、リリーママと毎日チャンバラで鍛えているんだ! 負けないぞ!
「やあっ!」
ぼくは気合を入れて、木の剣をバートルさんのお腹めがけて、思いっきり振った! よし、いい感じだ! いつもリリーママは、この一撃で「きゃー、参ったー!」って降参するんだ!
でも、次の瞬間。
フッ、とバートルさんの姿が消えた。
「えっ!?」
ぼくの剣は空を切った。あれ? どこに行ったんだろう? そう思った時にはもう遅かった。いつの間にかバートルさんがぼくのすぐ横を通り過ぎていた。
「あいてっ!」
気づいたら、ぼくは地面に転んでいた。いや、転がされたんだ。バートルさんが、ぼくの足をすっと引っかけたんだって、転んだ後でやっと気がついた。
そして、じんわりとした痛みが襲ってきた。見ると、ひざ小僧から血がにじんでいる。
「ふんっ! ただの擦り傷だ。今日はここまでにしておこう。明日は剣の基礎からみっちり教えてやる。その怪我は、アウローラにでも治してもらうといい」
バートルさんは、それだけ言うと、さっさと練習場から出て行ってしまった。
ぼくはその時、初めて気がついた。今までリリーママとやっていたのは、ただのチャンバラごっこだったんだって……。悔しくて、涙がぽろぽろ出てきた。
アウローラさんのいる教会は、学校のすぐ隣にある。ぼくは半べそをかきながら、アウローラさんを探しに教会へ向かった。
教会の大きな木の扉を開けると、中は色とりどりのステンドグラスから差し込む光で、キラキラと明るかった。なんだか、とっても神聖な感じがする。
(アウローラさん、お酒飲んで寝てるのかなぁ?)
アウローラさんは、お酒が大好きで、時々お昼から飲んでいることがあるんだ。今日はどうかな?
教会の奥にある、アウローラさんがいつも使っているベッドのある部屋へ行ってみることにした。
そーっと部屋の扉に近づくと、扉がほんの少しだけ開いていて、中からオーロラみたいな、虹色の不思議な光が漏れ出していた。
(なんだろう? あの光……)
見ちゃいけないような気がしたけど、でも、どうしても気になって、おそるおそる、ほんの少しだけ開いている扉の隙間から中を覗いてみた。
そしたら……
そこには、背中から雪みたいに真っ白で、大きな羽根を生やしたアウローラさんがいた……。羽根はゆっくりと動いていて、オーロラ色の光をキラキラと反射させていた。
「見ぃ~たぁ~なぁ~?」
アウローラさんが、いつものいたずらっぽい笑顔で、ゆっくりとこちらを向いた。その瞬間、オーロラ色の光がすーっと収まっていって、背中の白い羽根も消えていた。
(なっ、何か、とんでもないものを見ちゃった気がするっ! こ、こういう時、パパならどうするかな……?)
「み、見てませんっ! 何も見てませんですぅ!」
ぼくは、とっさに大きな声でウソをついちゃった。
「ま、カイルくん! 正直でよろしい! 君になら、見られてもいっか! でも、これはお姉さんとのヒ・ミ・ツ、だぞ!」
アウローラさんは、人差し指を唇に当てて、ウインクした。ぼくは、コクン、コクン、と何度も首を縦にふった。絶対に誰にも言わないって、心の中で誓った。
「ん、もう、ほんっとにかわいいんだから!」
アウローラさんは、そう言うと、ぼくをぎゅーって抱きしめて、顔をふわふわの胸に押し当ててきた。いい匂いがするけど、ちょっと息が苦しい……。
「そっ、それより、ぼく、ケガしちゃって……ひっく」
安心して気が緩んだのか、しゃっくりが出ちゃった。
「あら、ホントだわ。かわいそうに。よしよし、いまお姉さんがお薬ぬって、包帯を巻いてあげるからね」
アウローラさんは、優しくぼくの頭を撫でてくれた。
これが、ぼくの初めての学校の一日!
バートルさんはすっごく厳しかったけど、なんだかワクワクした! ヒューゴ先生は、やっぱりムキムキだけど、物知りで面白い! そして、アウローラさんの事は……うん、絶対にナイショだぞ!
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