ゼファーの炊き出し
【ゼファー視点】
銀のロスターム将軍の降伏宣言を聞き、メルヴの兵士たちは次々と武器を落とす。
やがて東門が開け放たれると、城壁の上に白旗が掲げられた。
ヒューゴの指揮で、リベルタス公国軍はメルヴに入城していく。
バートルはアルマさんとヨルグさんの首を抱きかかえたまま、その場から動こうとしない。
「アルマさん……お母さんとお父さんをそのままにしておくと可哀そうだろ。ちゃんと埋葬してやろう」
俺はバートルの肩に優しく手を置いた。
…………
しばしの沈黙の後、バートルが立ち上がる。
「そうだね、親父とおふくろの墓を作ろう……」
メルヴの方へ歩いていくバートル。
俺は、後ろをついて行く。
しばらく歩いたのち、彼が振り返る。
「俺、もっと強くなります」
バートルは、もう泣いていなかった。
彼は拳を固く握りしめ、空を見上げた。
その目には悲しみだけでなく、決意の光が宿っていた。
俺とバートルは、ドワーフのトーリン王と、エルフの女王エルミーラに守られながら、メルヴの東門より入城した。
雨はいつの間にか上がり、日差しが見えていた。
東門の中には、欲のジャムルードの首がさらしてある。
メルヴの民衆たちは、暴君の首に石を投げつけていた。
「俺たちの食い物を返せ!」
「戦いだと言って全部持って行ったくせに!」
「今までの税を返せ!」
民衆の怒りは旧支配者に向かっているようだった。
「お前たち、ジャムルードに食料を取られたのか?」
トーリン王がそれとなく聞く。
「食べ物の恨みは怖いわね」
女王エルミーラも呟く。
「ア、アンタら何者だ?」
「エ、エルフの女?」
「横のはドワーフか?」
「それじゃアンタらが、リベルタスってところの軍か?」
民衆がヒソヒソと話し始める。
「余がリベルタス公王のゼファーである」
俺はなるべく威厳を込めて言ってみた。
「へ、へへーっ!」
民衆は一斉に跪いた。
(あ、あれ、この状況って俺が収拾しないとまずい流れかな? 食べ物取られたって言ってたしどうしよう?)
そこへ、シドが輜重隊を率いて入って来た。
長期戦に備えて頼んでおいた追加の補給物資が届いたのだろう。
「あっ、シド、この補給物資、いま使ってもいいかな?」
「……ああ、戦は終わったし、すぐには使わないな。引き返そうか悩んでいたところだ」
(シドも判断に困るってか? ここはちょっと人気取りでもしてみるか)
「民たちよ! ここに食料がある。炊き出しをするから欲しい者はバザールのある広間まで来い!」
一瞬、呆けた表情をしていた民衆だったが、意味を理解すると歓声を上げる。
「ワアアアアアッ!」
「リベルタス王万歳!」
「なんて気前のいい王なんだ!」
「ジャムルードを倒したんだ!」
「すごい! ジャムルードとは違う!」
俺はさらに追撃の宣言をする。
「さらに今年は無税としよう!」
歓声はより一層高まった。
「……いいのか? メルヴを落とすまでの戦費は俺持ちだったが、ここからはお前の自腹だ」
「いいさシド。みんな喜んでいる」
広間ではライ麦を炊いたものが出された。
俺も炊き出しに参加する。
輜重隊の中には、生きたニワトリもたくさんいた。
そこでヤキトリも配られた。
誰が作ったのか分からないが『オーロラハイドの味』と書かれた、のぼりが立っていた。
皆、異国の味に「うまい、うまい」と舌鼓をうつ。
子供たちは、久しぶりのご馳走に目を輝かせた。
老婆が、涙を流しながらゼファーに感謝の言葉を述べる。
街はお祭り状態と化していた。
略奪や暴行をする兵士はいない。
どうやら、ヒューゴが厳しく禁じているようだ。
宿屋を借り切って臨時の軍本部にした。
俺は事務仕事をしている。
(ここが踏ん張りどころだな)
見ると、これまでのメルヴの関税率やその他の税は五割となっている。
シドとも相談したが、半分以下の二割でも元が取れると言う。
彼が言うには、バザールが活気づき、税収が上がるそうだ。
(詳しくは分からないが、シドちゃんが言うならそうだろう。人口増加も期待できるとか言ってたな)
俺は税率を二割とする書類にサインする。
そこで睡魔に負けて、ベッドへ転がり込んだ。
翌日。
長居しても戦費がかさむので、リベルタスへ帰る事にした。
メルヴの総督は、暫定だが狐のハッサンにする。
副総督は銀のロスターム将軍にした。
「この身をいかようにもしてください。私の首も差し上げます」
ロスタームがこのように言ってきたので、配下にした。
昨日、姿が見えなかったバートルが軍本部に来た。
親父さんとおふくろさんを埋葬をしてきたと言う。
彼は黙って、リベルタスへの帰り支度を始めた。
兄弟姉妹たちも、無残な姿で発見されたという。
(バートル、目つきが鋭くなったな……)
勝ち戦のうえ、家へ帰れるとあって、リベルタス軍は意気揚々と帰路についた。
俺は馬に揺られながらぼんやりと考えていた。
(オーロラハイドとメルヴとの間に道を作ると便利だろうな。為政者として、前進できたのだろうか?)
リベルタス軍は朝日の上る方角へとゆっくり歩き出す。
秋風は冷たかったが、冬の前にはオーロラハイドへ帰還できる見込みだった。
簡易地図
(ここより北は凍る海)
(北方は寒冷地で人が住めない)
エルフの森 ゴブリンの森
〇 〇虹の滝(中立地帯・ここより北ゴブリン領)
エルフの里 |
△ |
△△〇ーーー〇オーロラハイド
ドワーフの山 | 〇塩の村(ここより東は海)
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街道 |
〇メルヴーーーーーーーー|
(リベルタス) | (ここより北は海)
風の平原 |
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砂漠 |ーーーーーーー〇グラナリア公国
| 大穀倉地帯
△△△△△△△△ |
△ 山脈 |
△ 〇ルシエント伯爵領(フェリカ国)
△ |
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平原 〇王都ヴェリシア(フェリカ国)
【第一章 勃興編 完 ・ 第二章 交易路の守護者編 へと続く】
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