メルヴの暴君
第55話 メルヴの暴君
【ゼファー視点】
『リベルタス公国歴元年 10月22日 昼』
俺たちリベルタス公国軍が、交易都市メルヴの東門に姿を現した。
リベルタスの軍旗は、四本の剣を基調としたデザイン。人間、エルフ、ドワーフ、ゴブリンの団結の証だ。
旅の商人たちは急いで門の中に逃げ込む。やがて、重い音とともに城門が閉じられた。
まず俺たちは行軍の疲れを癒すことにした。
「敵の出陣に備えてゴブリン隊は警戒を続けてくれ。交代で見張りだ。残りは休憩」
もちろん、警戒は怠らなかった。
『リベルタス公国歴元年 10月23日 朝』
一日が経過し、兵たちは体力を回復していた。警戒していた夜襲も奇襲もない。
「私が敵の司令官なら、到着直後の疲れている所で一戦しかけたでしょうな」
副将のヒューゴが私見を述べる。
「うん、そうだねヒューゴ。俺もそう思うよ」
だが、敵は亀のようにメルヴに籠もったままだ。
「全軍、東門を中心に半包囲だ。ドワーフ工兵は急いで投石器の準備と、何カ所か穴掘りも頼む。まともに攻めると味方の損害が出すぎる」
ドワーフたちは荷物からカタパルトを組み立て、同時に工兵たちが城壁の足元に集まり、土の下へと潜っていく。
地中で支柱を抜いて城壁を崩す“モグラ作戦”だ。トーリン王がその先頭に立つ。
「モグラ作戦開始だ。慎重に、静かに進め!」
屈強なドワーフ工兵たちが、手際よく土を掘り、太い丸太で支柱を組む。
「エルフ弓兵はカタパルトの準備ができるまで城壁の敵を牽制! 人間の歩兵は盾でエルフたちを守れ」
俺の指示で、エルミーラ女王が前に出た。銀髪を風になびかせる女王は、長弓を高々と掲げる。
「見ていなさい。これがエルフの矢よ」
エルミーラが軽やかに弓を引く。その指先に魔力が宿る。ひゅっと空気を切る音とともに、矢が城壁上の敵将校の喉元を正確に貫く。
「さすがエルミーラ女王!」
味方からどよめきが起こる。
人間の歩兵が盾で弓兵を守り、矢の雨が敵の頭上をたたく。
「グリーングラス王、頼むぞ!」
俺が声をかけると、グリーングラス王がニヤリと笑う。
「応ッ、任された!」
ゴブリン王は、小ぶりな投げナイフを数本抜き、見張り台にいる敵兵の胸元へ、次々と投げ込む。敵兵が叫び声を上げて崩れ落ちる。
「この程度造作もないですな!」
「ゴブリン隊と騎兵は予備戦力として待機。昨晩はご苦労だった。バートルは本陣に柵を作り防御を固めろ」
バートルと歩兵たちが、慌ただしく作業を始める。
「シドは長期戦に備えて追加の補給物資を手配しろ」
「……任せろ。そのあたりは抜かりない」
(各種族の頑張りに期待したい)
「ハッサン! メルヴの住民や兵士に降伏勧告を頼む。俺たちの正義と、メルヴの暴君の非道を説いてくれ」
「わかりましたわい!」
『リベルタス公国歴元年 10月26日 昼』
ドワーフ工兵がカタパルトを組み終え、投石器が三基並ぶ。木と縄で作られたそれらが次々と石弾を放ち、土壁や門をたたく。
地面では、トーリン王が掘り抜いた地下道で支柱を最後に一本だけ残していた。
「支柱抜きの準備! 今だ、引け!」
ドワーフたちが一斉に支柱を引き抜く。
ゴゴゴゴッ……!
城壁の一角が内側から大きく傾き、やがてドサアアアッ! と音を立てて崩れ落ちた。
土煙が舞い、敵兵が悲鳴を上げて逃げ惑う。
「穴が開いたぞ! 突撃用意!」
俺は叫び、ヒューゴが軍勢に号令を飛ばす。
「歩兵隊、突撃! エルフ隊、援護射撃!」
敵も負けじと弓で応戦する。エルフ弓兵がすかさず応射し、味方の損害は最小限に抑えられていく。
その日は一進一退の膠着状態のまま、夜を迎えた。
『リベルタス公国歴元年 10月27日 朝』
この日は、朝からハッサンが城壁前で演説していた。
「メルヴの民衆よ! このまま暴君、欲のジャムルードの支配を許していいのか? ワシは塩を没収され、メルヴを追放された! 民衆よ、門を開けて降伏するのだ!」
彼の周囲をエルフ弓兵と人間の盾持ちが固めている。
城壁上の敵兵たちは、黙ってその声を聞いているだけだ。
「リベルタス公王は、メルヴの民を案じている。公王がメルヴを統治したら、税を下げる事を約束しよう!」
ハッサンの説得は続く。
その時、城壁上に、縄で縛られた一人の女性と、強く腕をねじられた初老の男が連れて来られた。横には、豪華な皮のコートに黒いマント姿の男、欲のジャムルード王。
「あっ、あれは! アルマさん! もう一人はバートルのオヤジさんか?」
俺は叫ぶ。バートルの両親だ。
「おふくろっ、親父ーっ! 俺のおふくろと親父に何をするつもりだ!」
バートルも絶叫する。
「バートル! アタシのことはどうでもいい! このクソ王を倒しちまいな!」
アルマさんが叫ぶ。
「息子よ、心配するな。お前のやりたいようにしろ!」
親父さんも、ふらつきながら声を上げる。
「わが名はジャムルード。このヨルグとかいう男、まだ逆らうか! 逆らうやつはこうしてくれるわ!」
ジャムルードが剣を抜き、アルマの首筋に刃を当てる。
「やめろ! やめてくれ!」
バートルが絶叫する。
「バートル、見ていておくれ。母ちゃんも、父ちゃんも、お前を誇りに思ってるよ!」
アルマさんが涙をこらえて息子を見つめる。
「悪いが、見せしめだ!」
ジャムルードの剣が振り下ろされ、アルマの首が落ちる。
「ああああああああっ! おふくろーーーっ!」
バートルは泣き叫ぶ。
「この卑怯者め! 必ず報いを受けるぞ!」
ヨルグが叫ぶ。
「望みどおりにしてやる!」
ジャムルードはヨルグの胸を無造作に刺し貫いた。
「父さん!」
バートルが膝から崩れ落ちる。
「民に手をかけるようでは、終わりだな」
秋風の中、ジャムルードの背後に銀色の鎧を着た長身の男……ロスターム将軍が現れる。
「おお、銀のロスターム将軍! 防衛ご苦労である、たった今、ゴミを……」
ロスタームはゆっくりと長剣を抜き、主君に向き直る。
「長い事お仕えしましたが、ここまでです。御免ッ!」
「ロスターム……お前まさか!? やめっ、やめろー!」
ロスターム将軍の剣が振り下ろされ、ジャムルードの首が城壁に転がった。
「降伏する……リベルタス公国のみなさん、剣をおさめてください……」
ヒューゴの合図で味方の突撃も止まる。
こうして、貿易都市メルヴは陥落する。
草原地帯にしては珍しく、秋雨がポツリポツリと降っていた。
「とても面白い」★五つか四つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★二つか一つを押してね!