メルヴ遠征
【ゼファー視点】
俺の屋敷の会議室は、すっかり緊急の医務室になっていた。
オーロラハイドの南門で倒れていた商人のハッサンたちは、果物や簡単な食事をもらっていた。
ハッサンは簡易ベッドに横になっている。
女神官アウローラと、草原に詳しいバートルが治療をしていた。
「おいっ、ハッサン、大丈夫か」
声をかけると、部屋にいる皆がこちらを見た。
商人たちは、以前よりずっと痩せて見える。
「ああ、ゼファーの旦那。大丈夫ですわい」
ハッサンは笑おうとするが、その顔は痛々しいほどやつれていた。
「草原でよくある病だ。果物や野菜を食べればすぐ治る」
バートルが力強く太鼓判を押す。
「そうそう。私の見立てでも、ただの空腹よ? でも、急にたくさん食べると逆に危ないの。薄い粥をゆっくり食べさせて」
アウローラがすばやく指示を出す。
ここは二人に任せるしかない。
「分かった。詳しい話はあとで聞くよ」
「いや、待ってください……どうしても、すぐ話したいんです」
ハッサンは、ゆっくりと語り始めた。
草原の交易都市メルヴへ、海塩を運んだこと。
商人たちみんなで大喜びしたこと。
その海塩を没収され、メルヴから追放されたこと。
強行軍でオーロラハイドまでたどり着いたこと。
最後に、メルヴの暴君、欲のジャムルード王を倒してほしいと……
そこまで話すと、ハッサンは力尽きたように眠ってしまった。
「会議だ。みんなを集めてくれ、バートル」
「ゼファー王、分かった!」
一時間ほどで、主要メンバーがそろった。
集まったのは、俺ことゼファー、商人のシド、軍司令官ヒューゴ、羊飼いのバートル、王妃シルク、エルフの女王エルミーラ、ゴブリン王グリーングラス、ドワーフ王トーリン。
リリーは、カイルの世話をしていて今回は不参加だ。
俺とバートルが、狐のハッサンたちに起きたことを順に説明した。
一番に手を挙げたのは、お気に入りの赤いシャツを着たグリーングラス王だった。
「そんな王、倒してしまえば良いのでは? ええと、欲のジャムルードとか言うのを」
グリーングラス王がきっぱりと言う。
「同感じゃ。わしらドワーフも、交易の大切さが分かった。商人は守るべきだ」
トーリン王がうなずく。
「あら、珍しいわね。ドワーフと意見が合うなんて」
女王エルミーラも賛成のようだ。
(えっ、なにこの流れ。みんな戦う気まんまんじゃないか。俺、権能も無いし、役に立てる自信が無いんだけど……)
正直なところ、戦争なんてやりたくない。
「以前はエドワード・フェリカ王の命令で、ルシエント領に攻め込んだ。でも今回は命令じゃない。自分で選べるなら、俺は戦いたくない」
そう伝えてみたが、会議の流れはどんどん「戦い」へと向かっていく。
「これはメンツの問題よ! リベルタス公国がなめられたのよ! 戦うべきよ! ねえ、ヒューゴ、シド、バートル、勝てる?」
シルクがやる気だ。
彼女はフェリカ王家の娘らしく、戦いにためらいが無い。
「……補給は問題ない。俺の商会が、今回の戦費はすべて持とう」
シドが静かに言う。
(シド、そこまでやる気かよ!)
「なあ、シド。そんなにメルヴが欲しいのか?」
せめて、外交でなんとかできないかと探りを入れてみる。
「……欲しいな。メルヴの税は高すぎる。安くすれば、民のためにもなる。商人にとって、これ以上ない大義名分だ」
(なるほど、大義名分まで出来てしまったか……ここで逃げたら、臆病者って思われるな……)
「でも、メルヴには、おふくろがいる。心配だ」
バートルがぽつりとつぶやく。
誰もが言葉を失った。
「バートル殿、吾輩が思うに、ここで戦わなければ、その暴君のせいで苦しむ民が増えるだけじゃ。ハッサン殿追放の話は、氷山の一角にすぎぬのではないかな?」
ヒューゴが腕を組んでうなずいた。
「そうだ、全部欲のジャムルードが悪い。俺、やっぱりメルヴ攻める!」
(そうだよな、不幸な人をこれ以上増やさないためか……外交とか通じない相手っぽいな)
「分かった。反対しているのは俺だけだったし、気が変わった。攻めよう。バートル、メルヴまでどれぐらいかかる? 馬の並足で十五日の距離だ。城攻めになるから、今回は歩兵も連れて行く」
バートルが腕を組んで目をつぶる。
「人が歩くと、二十五日の距離!」
そこから戦の準備が開始された。
準備はシドやヒューゴの手腕もあり、順調に進んだ。
ハッサンたちも回復して、同行する事になった。
(本当にこれで良いのか?)
俺は悩み続けたが、毎日の訓練は欠かさなかった。
『リベルタス公国歴元年 10月1日』
リベルタス公国軍は、首都オーロラハイドを進発した。
留守役はグリーングラス王、シルク、リリーになった。
大義名分はメルヴの暴君、欲のジャムルード討伐と、交易路の保護。
陣容は以下の通りである。
・司令官、俺ことゼファー・リベルタス公王
・副司令官、ヒューゴ
・主な参加人物:ドワーフ王トーリン、エルフ女王エルミーラ、羊飼いバートル、商人シド、狐のハッサン。
・人間の歩兵1000
・エルフの弓兵200
・ドワーフの工兵200
・ゴブリンの歩兵500
・槍騎兵100
・エルフの弓騎兵100
・その他、輜重隊(補給隊)多数
直接戦闘の兵だけで、およそ2100名の陣容だ。
予想される敵の兵は、およそ半数。
だが、メルヴの街に籠城されると厄介だ。
俺たちリベルタス公国軍は、秋風が吹き抜ける中、メルヴへと進軍した。
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