狐のハッサンの受難
【狐のハッサン視点】
『時は少し遡る』
ワシは狐のハッサン、メルヴの商人だ。
いま、リベルタス公国の首都オーロラハイドから、草原の交易都市メルヴへと帰る途中だった。
ワシの心は、幸せで満たされていた。
キャラバンのラクダの背に積んだ海塩を見るたび、うれしさがこみ上げてくる。
(これでワシがメルヴ一の商人になれる!)
その思いがあったから、二十五日間の旅も全く苦ではなかった。
荷物を見れば、どんな疲れも吹き飛ぶ。
家族や部下の商人たちも同じ気持ちらしく、みな笑顔であふれていた。
「ハッサン様、メルヴが見えてきました!」
部下の一人が声を上げた。
キャラバンの仲間たちからも歓声が上がる。
「これからは、この道を行き来するだけで大きな利益が出るぞ!」
ワシはその言葉を皆に伝え、商人としての勝利をかみしめる。
まさに必勝の道だ。
やがて、メルヴの東門が見えてきた。
ここで税金を納めねばならないのは、いつも気が重い。
「むう……ゼファー王が本気を出してくれたらいいのだが」
ワシが見たところ、ゼファー王は家族思いで、とても優しい『良い人』だ。
強さも感じたが、根は正直者で、まっすぐな男に見えた。
あの王に、覇道を進めとはワシには言えない。
逆に、そんなことを言ったら反感を買ってしまうだろう。
それでも自分の国のために軍馬を欲しがるあたり、為政者としては及第点だと思う。
オーロラハイドの城壁も見事だった。
まだ工事中と言っていたが、立派な石垣だ。
ヤキトリも食べてみたが、どれも格別の味だった。
正直、ニワトリの内臓や皮なんて食べ物じゃないと思っていたが、黄金のゴブリン亭で食べたヤキトリは絶品だった。
きっと、絶妙な焼き加減と塩が決め手なのだろう。
(いかんいかん、思い出しただけでヨダレが出るわい)
思わずチーズをかじって空腹をまぎらわす。
そうしているうちに、ついにメルヴの東門に到着した。
街に入るための列に並び、何とか日が暮れる前に順番が回ってきた。
「おい、お前は狐のハッサンだな。この荷物は何だ?」
皮の鎧を着て槍を持った役人が、偉そうに詰め寄ってくる。
「ヘイ、これはリベルタス公国はオーロラハイドの都で仕入れた海塩でございます」
「海塩だと? おい、誰か、ジャムルード王に知らせろ!」
(ジャムルード王だと……? あのメルヴの暴君、欲のジャムルードか!?)
幸いワシの心の声は誰にも聞こえないが、あやうく口に出しそうになる。
兵士が城の中へ走っていくと、銀色の鎧を着た背の高い武人が現れた。
(げっ、ジャムルード王の懐刀、銀のロスターム将軍ではないか……!)
ロスターム将軍はゆっくりと重々しい口調で言う。
「海塩はすべて没収する。狐のハッサン、お前はメルヴから追放だ」
「な、な、何と……あんまりだ! ロスターム将軍、どうかお慈悲を!」
(冗談じゃない。こんなところで終われるものか!)
ロスターム将軍は苦しそうな顔でつぶやいた。
「すまぬ、これも王の命令ゆえ……早く行け、王の気が変わらぬうちに」
将軍は長剣を抜く。その目には、どこか悲しみが浮かんでいた。
「……くっ、分かった。だが覚えておけ。このままでは済まさんぞ!」
ワシと部下たちは、馬とラクダを駆って草原へと戻る。
「このままでは終わらん……ゼファー王に、ゼファー王に伝えねば……」
ワシは皆を急がせると、わずかな休憩を取りながら、オーロラハイドへ向かった。
遠ざかるメルヴの街が、はかなげに見えた。
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