キャラバン
【シルク視点】
カイルの熱もすっかり下がり、いつもの穏やかな日常が戻ってきた、そんなある日のこと。
私は夫のゼファーと一緒にカイルを愛でている。だけど、授乳のときはアウローラがいつもゼファーを追い出してしまうのよね。今更見られても恥ずかしくないんだけど!
そんな天気の良い昼下がり、授乳が終わるとアウローラにカイルのことを頼む。
(あの人のことだから、また会議室でヘコんでいるわね……)
どうも、毎回追い出されてしまうことに、疎外感を感じているらしい。
私が会議室に入ると、ちょうど伝令が来た。
「オーロラハイドの南門に、見慣れない動物五十頭を連れた、ハッサンの使いを名乗る一団が現れました! 一団は、交易を求めております! いかがなさいますか?」
ゼファーは少し驚いた表情で答えた。
「きっとハッサンの言ってた隊商だろうな。悪いがシドとハッサンを呼んでくれ」
「ハッ!」
伝令が急ぎ部屋を去ると、入れ替わりにシドが入って来た。
シドは私たちを見ると、いつもより神妙な顔をしている。
「……やって来たのは、おそらく隊商だろう。遠くから見たが、メルヴで見かけたフタコブラクダというやつだな。五十頭はいる。あと馬や家畜も連れてきているな」
(シドは相変わらず冷静ね、見習わなきゃ!)
私が関心していると、シドは私とゼファーを交互に見る。
「……今回の商取引は、リベルタス王家……つまりお前たちの取引だ。横で手伝うくらいならするが、交渉はオマエたちでしろ」
ゼファーは困ったように抗議する。
「そんなシド! お前がやれよ! 商人なんだろ? 俺はこんな規模の取引したことないぞ!」
シドの態度は突き放すように冷ややかだ。
(ここは、私がなんとかしなくちゃ!)
「ねえ、ゼファー、シド。今回は私に任せてもらえないかしら?」
ゼファーは頭をポリポリかいて答えた。
「ええっ、お前が? うーん、頭の悪い俺よりかはマシなのかな?」
(ふふっ、この人は優しくて勇敢だけど、頭の方は普通の人よね)
「……分かった。奥方様がやるのであれば、俺は横で通訳ぐらいはしてやろう」
(シドありがとう!)
「ええ、至らない点がありましたらご指導くださいませ」
(なんだろう? 重大な事なのに、胸が高まる。不思議な感覚だわ)
私たち三人は、南門へ向かった。
フタコブラクダ、初めて見たわ。けっこう大きいのね。でも優しそうな動物だわ。
ラクダたちは、門をくぐって、ゆっくりと近づいてきた。それぞれのラクダが、背中に大きな荷物を載せている。砂埃を巻き上げ、独特の匂いを放っていた。先頭を歩いているのは、ハッサンの店の者かしら?
オーロラハイドの住民たちは、皆、驚きと好奇の目で、キャラバンを見つめていた。無理もないわ。こんな光景、私も初めて見るのだから。
「随分と、連れてきたな」
ゼファーがつぶやくと、シドも同意した。
「……ああ、初の取引の割には連れてきたな」
よく見ると、シドの目はラクダの背中に積まれた荷物に注がれている。
(さすが、商人ね。何を考えているのかしら。そうだわ! 出迎えの準備をしないと)
私たちは、屋敷へと戻った。
ハッサンとの交渉は、ゼファーの屋敷の会議室で行われた。
「ようこそオーロラハイドへ。私はリベルタス公国王妃、シルクと申します」
私は王妃としての威厳を保ちつつ、ハッサンに挨拶をした。
ハッサンは毛皮のコートを着ている。首の所にフサフサの白い毛がついており、なかなか豪華だ。
「これはこれは王妃様。お初にお目にかかります。私はしがない商人のハッサンと申します」
「ええ、お噂はかねがねうかがっているわ」
ハッサンは深々と頭を下げた。
「まずは私どもの取り扱っている商品をご覧ください」
ハッサンはそう言うと手を叩いた。彼の部下の商人たちが、会議室に、様々な商品を運び込んでくる。
(まあ、すごい!)
私とゼファーは、思わず息を呑んだ。
上質な羊毛から作られた、色鮮やかな絨毯。
(見たこともないような模様が織り込まれているわ)
羊、ヤギ、駱駝、そして狼や狐? いろんな動物の毛皮。触り心地が良さそう。
羊乳や、ヤギ乳から作られたチーズ、乾燥乳。馬乳酒もあるわね。
乾燥肉、燻製肉、ソーセージ、それに、これは干した果物? 種類が豊富ね。
銀や銅で作られた装飾品、食器、なかなか高そうね。
弓、矢筒、それに楽器? これは、どのような音を出すのかしら?
宝石の原石も! きっと磨けば光るわ!
そして、これは薬草、香辛料! 珍しいものがたくさんあるわね。
「王妃様、これらの商品は全てメルヴのバザールで仕入れたものです。オーロラハイドでは、まだ見たこともないものばかりでしょう?」
ハッサンは腹を揺らして得意げに言った。
(確かに、珍しいものばかり。でも、これだけの量を、どうするつもり?)
「ハッサン殿は、これらの商品を、全て、我が国に売りたい、と?」
「はい、その通りでございます。もちろん、タダでとは言いません。そちらの、海塩と交換で、どうでしょう?」
狐のハッサンはそう言うとニヤリと笑った。
なるほど、そういうことね。
「よろしいでしょう。ですが、その前に見て頂きたいものがあります」
私はそう言うと、スタスタと倉庫へ向かう。
「どこへ行かれるのでしょうか?」
ハッサンが不思議そうな顔で尋ねる。
「ふふ、ご案内します。さあ、こちらへ」
私たちが向かったのは、オーロラハイドの倉庫。
「さあ、ご覧ください」
私とゼファーは、倉庫の扉を開け放つ。
「な、なんじゃ、これは!?」
「すべて塩の大袋でございますわ!」
ハッサンの目が、大きく見開かれた。
そこにあったのは、大量の塩。オーロラハイドの特産品、海塩の山。文字通り山積みになっている。
「一つ開けてみても?」
「ええ、ご自由に検分なさって下さい」
ハッサンは興奮した様子で、塩の山に駆け寄った。彼は袋の一つを開けると、指先に塩をつけ舐めてみる。
「こ、この味は! 間違いない、海塩だ! これほど上質な海塩は、見たことがない!」
(ふふ、計画通り)
「ハッサン殿、この塩を、あなた方に売却しましょう。もちろん、相応の対価をいただきますが」
「シルク王妃様、お待ちください!」
ハッサンはひどく慌てている。
「約束通り、連れてきた軍馬は、すべて無償で提供させていただきます! ですが、その代わり他の品物は、全てこの塩で買い取らせていただきたい!」
「全て、ですって?」
(このハッサンという商人、なかなか思い切りがいいわね)
「はい、全てです! この塩があれば、メルヴで莫大な利益を得ることができます! どうか、お願いします!」
ハッサンは必死の形相で懇願した。
(これは、予想外の展開だわ)
「シド、どう思う?」
私は、隣に座るシドに小声で尋ねた。
「……奥方様、よろしいかと。塩ならまた作れます」
(確かに、また作ればいいわね)
「ハッサン殿の提案、お受けしましょう」
こうして商談は成立したわ。
「……まあ、及第点と言ったところか。悪くはない」
シドがボソッと褒めてくれる。
「やったな! シドのやつ機嫌よさそうだぞ!」
ゼファーは私の頭をポンポンとなでる。
倉庫ではハッサンが鼻歌を歌いながら小躍りしていた。
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