エルフの里
【ゼファー視点】
カイルが熱を出した。
アウローラの話では、原因はカイルの持つ王の権能らしい。
俺の横ではヒューゴが短剣を首に当て、自害しようとしていた。
「やめろ! お前が死んでどうする!」
軍司令官の腕をつかむと、短剣を取り上げる。
「カイル様より貴族の権能を授かったのですが、そうしたらカイル様があんな事に。やはり、この首一つで謝罪を!」
ヒューゴが今度は腰の剣に手をかけた。
「だからやめろっつってんだろ! 悪いと思ったら生きて協力しろ!」
「うっ……おっしゃる通りで……」
今は時間が惜しい。
一刻も早く、カイルを助けなければ。
「エルミーラ、本当にすまない。頼れるのは君しかいないんだ」
俺は、すがるような思いでエルミーラに頭を下げた。
幸いエルミーラは、カイルの症状を和らげる方法を知っていた。
エルフの里の、暖かい湯が湧く聖なる泉。
その水が効くという。
「心配しないでゼファー。カイルくんを助けましょう!」
エルミーラは、俺の目を真っ直ぐに見つめ、力強く言った。
「済まない、本当に助かる」
シルクは、涙を浮かべていた。
「カイルを…よろしくお願いします」
「私も行く! わたしもいきたーい!」
いつものように、リリーが駄々をこねる。
「リリーさんはお腹の子を大切にしてください」
女神官のアウローラが、優しく諭す。
俺はヒューゴに留守を任せると、エルミーラと二人でオーロラハイドを飛び出した。
馬を走らせながら、ヒューゴが言っていたことを思い出す。
「カイル様は、私に微笑みかけてくださいました。そして、その瞬間、私の体に、力が漲るのを感じたのです」
ヒューゴは『カイルに触れたことで、貴族の権能を分け与えられた』ということらしい。
カイルはまだ幼く、自分の意思で力を制御できないようだ。
エルミーラによれば、王族の子にはよくあることらしい。
だが、俺は心中穏やかではない。
(カイル……頼む、無事でいてくれ…!)
祈るような気持ちで、手綱を握りしめた。
道中エルミーラは、エルフの里について色々と教えてくれた。
エルフの里は深い森の中にあり、歌と踊りを愛する、美しい種族のはずだった。
「着いたわ、ここがエルフの里です」
「ここが……」
エルフの里で目にしたのは、想像とはかけ離れた光景だった。
確かに、森は深く木々は青々と茂り、空気は澄み切っている。
ところどころに、木や岩をくり抜いて作られた美しい住居が見える。
だが、そこに住むエルフたちの姿は……
「なんだ、あれは」
俺は思わず、呟いた。
働いているのは、ほとんどが女のエルフたち。
ほんのわずか居る男たちは、日陰でゴロゴロと寝転がったり、酒を飲んだり、博打をしている。
「……これが、今のエルフの姿だ。男が少ないからと甘やかした結果がこれだ」
エルミーラが、悲しそうな声で言った。
「男たちは、女たちに養ってもらっている。情けない話だ」
以前も聞いてはいたが、俺は絶句した。
これが、エルフの実態なのか?
エルミーラは、そんな俺の様子を気にも留めず、里の奥へと進んでいく。
「ここよ!」
エルミーラが指差した先には、洞窟があった。
洞窟の入口から、湯気が立ち上っている。
「この奥に、聖なる泉があるの。この湯は、病に効くと言われているわ」
俺とエルミーラは、洞窟の中へと入っていく。
洞窟の中は、温かい空気に満ちていた。
奥へ進むと湯気を立ち上らせる、透き通った温泉が湧き出ていた。
(これが、聖なる泉か)
エルミーラは、持参した水筒に温泉の湯を汲み始めた。
「この湯をカイルくんに飲ませれば、きっと良くなる。私も小さい頃に、よく飲んでいたわ」
俺は、エルミーラの言葉を信じ、祈るような気持ちでいっぱいだった。
その時、背後から複数の足音が聞こえてきた。
「おい、エルミーラ女王さま。人間を聖なる泉にまで引き入れやがって!」
「へへっ、もっと酒をもってこいよ」
振り返ると、そこには、二人のエルフの男が立っていた。
シャツを着崩しており、目はうつろ。酒の匂いをプンプンとさせている。
「お前たち、何をしに来た」
エルミーラが、いつもより低い声を出す。
「何って、決まってるだろ。もっと酒と食い物をよこせ。最近、量をしぼっているだろ?」
「黙れ! そなたたちが働かないからだ!」
エルミーラが、一喝した。
「それに、ここにいるゼファー王は、私の大切な同盟者だ!」
「王だと? その冴えない中年がか?」
エルフの男たちは、互いに顔を見合わせ、ニヤニヤと笑い始めた。
「おい、聞いたか? 我らがエルミーラ女王はこんな男がいいんだとよ?」
「へえ、そりゃあ、すごい。じゃあ、俺たちがゼファーとやらをもっと働かせれば、楽できんしゃねえか?」
「そいつは名案だ! とりあえず捕まえようぜ!」
エルフの男たちは、俺たちにジリジリと近づいてくる。
「くっ、邪魔をするな! 長生きしたければどけ! 今の俺には余裕がない!」
俺は剣を抜き、エルフの男たちを睨みつけた。
(邪魔するなら殺す!)
「ひっ、ひいっ! こいつ目がキマってやがる!」
「ぬっ、抜きやがった! やべえよ、逃げろ!」
エルフの男たちは酒瓶を放り投げると走り去る。
俺たちは、エルフの男連中を無視して、オーロラハイドへ急いだ。
(エルフの男たちを、どうにかしなければならない……)
このままでは、エルフの未来はない。
いや、それだけじゃない。
リベルタス公国にとっても、大きな問題だ。
(そうだ、あの温泉だ! あれを使えないだろうか?)
俺はオーロラハイドに到着すると、カイルのことをエルミーラとアウローラに託す。
カイルのことは心配だが、こういう事は詳しい者に任せたほうがいい。
気持ちを切り替えると、ヒューゴを呼び出した。
「ヒューゴ、至急エルフの男たちを集めてくれ。できるだけ多く、だ」
「はっ、承知いたしました」
ヒューゴは、不思議そうな顔をしながらも、すぐにエルフの居住区へと向かった。
エルフの里にも伝令を走らせた。
(カイルだ、カイルが心配だ!)
俺は屋敷の中を急ぐ。
シルクとカイルの部屋へ行くと、ドアの外からキャッキャと元気な声が聞こえた。
「カイル! カイルは大丈夫か?」
息子が、俺に向かって笑いかけてくる。
(カイル、お前……よかったぁ~)
俺は、カイルの小さな手を握りながら、早く大きくなるよう祈る。
それから、ヘナヘナと全身の力が抜け、椅子に座りこんだ。
数日後……俺の屋敷前には、大勢のエルフの男たちが集まっていた。
「おい、お前たち、働きたくないか?」
俺は、エルフの男たちに、単刀直入に切り出した。
「働く? 俺たちが?」
「ああ。ただし、楽な仕事じゃないぞ。汗水垂らして、泥まみれになるような仕事だ」
「…………」
エルフの男たちは、顔を見合わせ、困惑した表情を浮かべている。
「まあ、そうだな。話だけでも聞いてくれ」
俺はエルフの男たちに、今回の構想を説明する。
エルフの里の温泉を、オーロラハイドまで引いてくる、という計画だ。
「温泉を引く? そんなこと、できるのか?」
「ドワーフの力を借りれば、可能だ。お湯が汚れないように管のような物を通すんだ。お前たちには、そのための労働力を提供してもらいたい」
「…………」
「もちろん、タダ働きをしろ、とは言わない。報酬ははずむぞ。金貨でも良いし食料でも良い。酒も出そう。あと、働くと女子にモテるぞ?」
俺の言葉にエルフの男たちの目が、少しだけ輝く。
(この様子じゃあ、捨てられたエルフの男が結構いそうだなぁ)
「どうだ? やってみないか?」
「…………」
しばしの沈黙の後、一人のエルフの男が、おずおずと手を挙げた。
「俺、やってみる」
「俺も」
「働いたことないけど、やります」
「逃げた女の子たちが戻るなら!」
次々と手が挙がっていく。
「よく決心した! お前たちの働きに、期待しているぞ!」
(これは、トーリン王に相談しないとな)
工事はかなりの規模になりそうだが、何とかなりそうな予感がある。
エルフの森から吹く風が、さわやかに吹き抜けていった。
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