家族
【ゼファー視点】
メルヴの裏路地を歩き、バートルの実家に着いた。
家は土壁で出来ており、屋根には草が敷いてある。
バートルは開けっ放しになっていた玄関から中に飛び込んだ。
「おふくろ! いま戻った」
家の中では、年老いたバートルの母親が羊毛で糸を紡いでいた。
「おやまあ、バートル! よく戻ったね! あら、後ろの人たちは誰だい?」
俺たちの格好が珍しいのだろう。
実際、俺たちは金髪だし、バートルやメルヴの民たちは黒髪の人が多い。
「バートルの母君ですね? 初めまして、ゼファーと言います。バートルさんにはいつもお世話になっております」
「……シドだ。商人をしている」
俺とシドは膝をついて挨拶した。
「あらまあ、なんかアタシがご貴族様の夫人になった気分だねえ。何も無いところだけどゆっくりして行って。アタシの事はアルマと呼んで」
バートルの母親は優しく微笑みながら言った。
「かしこまりました、アルマさん。お土産があります。オーロラハイドと言うところで作った海塩です」
俺たちは塩を一袋、アルマ夫人に渡した。
中を見たアルマ夫人は驚く。
「あらまあ! ちょっと舐めてみてもいいかい?」
「どうぞ!」
アルマが一つまみ塩を舐める。
「あらっ、これは上等な塩だね! 待っていて、これでスープでも作ろうかね。アンタらも食べておいき!」
アルマ夫人がお湯を沸かし始めた。
俺たちは家の涼しそうな場所に座る。
この地では、地面に直接座るのだと、バートルが言っていた。
作法に倣う事にする。
「そういえば母さん、あの金貨はどうしたの?」
バートルが少し身を乗り出して尋ねた。
「ああ、あれなら父ちゃんが家畜と交換したよ。父ちゃんなら、家畜を殖やすと言って草原に出て行ったよ」
アルマは忙しそうに手を動かしながら言った。
野菜を切る音がリズミカルに響く。
「それならさ、母ちゃん。もう一枚、金貨渡しておくよ」
バートルが一枚のドワーフ金貨をアルマに渡そうとする。
それを見たアルマが顔をしかめた。
「あらまっ! バートル、アンタ何か悪い事して稼いでいるんじゃないでしょうね!?」
アルマが少し早口でまくしたてる。
息子の頭をポコポコと叩き始めた。
「アルマさん、怒らないであげてください。それは私が給金としてバートルに渡した物です」
俺が慌てて説明する。
アルマが叩く手を止めると、俺たちの方を見て固まった。
そして家の外を見ると、オーロラハイドの兵たちが、路上の日陰で休んでいる。
横には不愛想な顔をしたシドがいる。
「こ、この塩と言い、アンタら何者だい?」
アルマがおそるおそる尋ねる。
「かあちゃん! 王様だよ!」
バートルが元気よく答えた。
「ひいっ! 王様っ!?」
びっくりしたアルマは、小刻みに震えながらひっくり返ってしまった。
(あちゃー、ちょっと刺激が強かったかな? そりゃ王様が家に来たらびっくりするよな……)
「仕方ない。俺たちで料理を作ろう」
俺はシドとバートルに声をかけると、手分けして野菜汁を作った。
アルマさんが目を覚ます頃には、美味しいスープが出来上がる。
彼女はおっかなびっくりだが、いろいろと話し始めた。
「アンタがこのメルヴの王様だったら良かったのにねえ……
「ははは、お世辞でも嬉しいよ」
俺は照れ笑いをしながら答えた。
その晩は、皆で馬の乳から作ったという酒を飲み、気持ちよく眠る。
翌朝。
「バートル、もう行くのかい?」
朝日が土壁を金色に染める中、アルマが名残惜しそうに尋ねた。
「うん、母ちゃん。俺、強くなるって決めたんだ。だからゼファー王について行くことにしたよ」
バートルは決意を込めた声で答えた。
アルマはバートルの手を取る。
「そうかい。帰ってきたくなったら、いつでも帰ってくるんだよ」
母と息子は抱きしめあう。
「……行くぞバートル」
シドがバートルの肩にそっと手を置く。
「うん」
涙をぬぐったバートルは、そのまま街の入口へ歩き始めた。
朝の光が、みなの影を長く引き伸ばしていた。
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