交易への誘い
【ゼファー視点】
「まあ、ここではなんですし、落ち着いた場所で話しませんか?」
恰幅の良い商人らしき男は、俺とシドとバートルに、それぞれ視線を送る。
俺とシドは互いに『どうする?』とばかりに視線を交わす。
「ゼファー、シド、俺、こいつ知ってる。こいつは狐のハッサン。毛皮商人!」
「……信頼できそうか?」
シドが低い声で尋ねると、バートルはウンウンと首を縦にふった。
俺たちは露店をいったん畳むことにした。
オーロラハイドの兵士たちが、塩の袋を担ぐ。
「おい、毛皮の元締めが出てきたぞ」
「顔役の一人じゃねえか!」
「あれじゃあ、俺たち海塩とやらを買えねえ」
「塩と言ったら岩塩だったもんなぁ」
集まった客たちが噂している。
できる範囲で、バートルが通訳してくれた。
「ああ、あんなサラサラとした塩、初めて見たぜ」
「また売ってくれないかなぁ」
「次、売ってくれよぉ~」
露店はなかなか好評だったようで、お客からは惜しむ声が上がった。
狐のハッサンと言う男について行くと、彼の店らしき場所に案内される。
草原にあるメルヴの昼の気温は高かったが、海沿いのオーロラハイドに比べると湿度は低く、屋内に入ると涼しかった。
店員らしき人たちが、一斉にハッサンにお辞儀をして出迎えている。
奥の客間らしき所に案内された。
そこは様々な動物のはく製が飾られており、クマやオオカミなどのはく製は迫力満点だ。
ベリーダンスの衣装のように、布面積の少ないブラトップとスカートを組み合わせた若い女性が何人も出てくる。
女性たちの衣装は、シースルーできわどい。
一人の女性が弦楽器を奏で、一人の女性が躍り、一人の女性がザクロをハンドルのついた機械で潰すと、ジュースを作っている。
俺たち三人がソファーに着くと、向かいの席にハッサンが座り、ザクロジュースが出された。
「さて、あなたたちの国の話を、ぜひお聞かせ願いたい。もちろんタダでとは言いません。できるだけおもてなしさせて頂きましょう!」
ハッサンは両手を広げて、俺たちに語り掛ける。
一生懸命、バートルが通訳してくれていた。
俺とシドは、差しさわりの無い範囲で、リベルタス公国の事、オーロラハイドの事を説明する。
海に面していて海塩の生産が盛んであること。
ヤキトリが流行っていて、ニワトリの飼育が盛んなこと。
人間、ゴブリン、ドワーフ、エルフが住んでいること。
最近、フェリカ王国から独立した事などを語った。
話は、俺がそこの公王であると言う事に及ぶと、ハッサンは膝をついた。
「タダ者ではないと思いましたが、まさかそのような為政者であらせられるとは。これは胸襟を開かざるを得ません」
「……いい、座れ。我が王はそういう堅苦しいのは好かん。だろ? ゼファー?」
「まあまあ、ハッサンさん、座って座って」
(これじゃ俺のほうが、恐縮しちまうな)
ハッサンが座ると、今度は彼が語り始めた。
「正直、このメルヴに入るとき、税をたくさん取られたでしょう? バザールに参加する時も取られたはずです」
「……ああ、正直言ってかなり取られた。高いな」
シドがボソっと話すが、若干怒っているような呆れているようなニュアンスだ。
俺は商人では無いから分からなかったが、まあ、税が高いと言う事なのだろう。
ハッサンが手をパンパンと叩くと、接待していた女たちが奥へ下がった。
俺たちだけの話と言うことなのだろう。
「できれば、あなた様がたのような方に、バザールを統治して頂きたい」
ハッサンが核心を語りはじめた。
おそらく本音だろう。
「この交易路は、はるか西方まで続いています。それらを全て統治できれば、税金を安く抑えられるでしょう。手始めに、このメルヴを統治してみてはいかがですかな?」
………………
しばし沈黙が流れた。
バートルがジュースを飲む音だけが、やけに大きく響く。
「それは民のためになるのか?」
俺も率直に尋ねた。相手が本音を語ってきたのだ。こちらも心で語らねばなるまい。
「塩が安くなります。塩は生きるために必要不可欠です。安くなれば民のためにもなるでしょう」
(気持ちは分かるがいきなりだな。少し考えたい)
「話は分かった。だが、リベルタス公国はそこまで強い国家じゃないぞ?」
俺もジュースを飲む。
「いいですとも! 金でも馬でも武具でも家畜でも、なんでも支援いたしましょう!」
「話は分かった。考えておく。どうだ? 一度、オーロラハイドに来てみないか?」
(オーロラハイドが大したこと無いと分かれば、この商人の野望も消えるだろう)
俺はそう考えて、ハッサンと一度別れる。
海塩はハッサンがかなり高く買い取ってくれた。
大通りに出ると、バートルが俺の手を引く。
「お母さんのところ、いきたい!」
「そうだな。バートルの家族にも挨拶したいしな。塩をお土産にもっていこう」
俺たちはバートルに引っ張られるようにして、街の裏路地へ入って行く。
柔らかい日差しが土壁の街を優しく照らしている。
狭い路地には麻布の日除けが張られ、その下では子供たちが追いかけっこをしていた。
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