表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/145

メルヴへ

【ゼファー視点】


 リベルタス公国の建国から数週間が過ぎ、俺たちは次なる一手を模索していた。


 今日の会議は、シドの呼びかけで行われた。


 俺は椅子に深く腰掛け、参加者の顔を一人ずつ見渡す。シルク、リリー、エルミーラ、ヒューゴ、そして部屋の隅で静かに立っているバートル。


「……メルヴへ行くべきだ」


 会議室の中央に広げられた地図の向こうで、シドが無表情に発言した。


(あれあれ? シドちゃん、なんかワクワクしてるね)


「……バートルが言っていた。メルヴは西方交易の中心地だ。塩を売れば大きな利益になる」


「そのメルヴとやらは、どんな場所なんだ?」


 俺の問いかけに、バートルが一歩前に出た。浅黒い肌は窓から差し込む光を浴びて輝いている。


「メルヴは…大きな…市場がある。バザール! たくさん人来て、物を売る。羊の毛、皮、肉、チーズ、馬…とても…にぎやか!」


 バートルの言葉は途切れがちだが、目は熱く輝いていた。


「それよりも」


 シルクが控えめに右手をあげる。


「ゼファー様がご自身で行かれる必要はあるのでしょうか?使者を送れば十分では?」


 彼女の青い目には心配の色が浮かんでいる。カイルは女神官のアウローラに預けてきたようだ。


「いや、ここは俺が行く。自分の目で確かめたい」


 決意を固めた声で言った。


「シド、オマエも一緒に来てくれるか?」


 シドは無言で頷いただけだった。


「私も行く! 西の草原! バザール! 美味しいものを探検するの! 前に行った時はもっと先に進みたかったのに!」


 リリーが両手を上げて叫んだ。彼女の赤い髪が揺れる。


「リリーはお腹の子の心配をしてね」


 シルクが優しく遮る。


「えーっ! でも、でも!」


 リリーは頬を膨らませて抗議するが、その目には諦めの色も見える。


「ゼファーの安全のため、護衛が必要です。私がエルフの弓兵を率いて同行します」


 エルミーラ女王が凛とした口調で申し出る。長い緑の髪が肩から流れ落ち、その姿は気高い。


「全員分の馬がない。少人数のほうが機動力も増す」


 俺は頭の中で、オーロラハイドの騎兵の数を数える。


「ならば、吾輩が同行いたします! ゼファー閣下に何かあっては国の一大事!」


 ヒューゴが胸を張って言った。その口ひげが誇らしげに揺れている。彼の忠誠心は信頼できるが、軍の指揮官がいなくなれば、オーロラハイドの防衛が手薄になる。


「……ここは、バートルを連れて行こう」


 シドが部屋の隅にいるバートルを見る。


「確かに。バートルは最近、言葉をよく覚えている。通訳として役に立つだろう」


 俺もシドに同調した。



「母と父……メルヴにいる!」


 この一言で議論は決着した。俺、シド、バートル、騎兵二十名でメルヴへ向かうことになった。名目は西方視察、交易の可能性調査、そして良質な馬の購入だ。



 出発の朝……空気は冷たく澄んでいて、遠くの山々がくっきりと見える。


「気をつけて行ってらっしゃいませ」


 シルクが俺の頬に軽くキスをした。彼女の金髪が風に揺れる。


「カイルを守っていてくれ」


 彼女の手を握り、その温もりを心に刻む。


「じゃあね! お土産忘れないでよ!」


 リリーが笑顔で手を振る。その無邪気さが、出発の緊張を和らげてくれた。


 町の人々が集まり、俺たちの旅の無事を祈ってくれている。エルミーラ、トーリン、グリーングラスも見送りに来ていた。


 ゆっくりと馬を進め、オーロラハイドを後にした。



 道中、バートルは俺たちの語学教師となった。


「こんにちは」「ありがとう」「これは何?」


 彼は根気強く、繰り返し教えてくれる。夜のキャンプファイヤーを囲む時間は、異文化を学ぶ貴重な機会となった。


「バートル、メルヴではどんな食べ物が人気なんだ?」


「ヨーグルト! 羊の乳から作る。甘いものを入れて食べる。今夜、作る!」


 彼は目を輝かせながら、荷物から小さな容器を取り出した。中には白い塊が入っている。それに乾燥した果物と蜂蜜を混ぜ始める。


「この白いのはミルクから作っているのか? 美味いな」


「……そうだな、悪くない」


 シドもめったに見せない満足そうな表情を一瞬だけ浮かべた。



 十五日後……地平線まで広がる草原の向こうに、土壁に囲まれた街が見えてきた。入り口には立派な城門があり、商人や旅人たちが行き交っている。


「……あれがメルヴか」


 思わず感嘆の声が漏れる。遠くから見ても、その規模の大きさが分かる。


 城門の前には、通行税を取る役人たちが立っていた。税金を支払い、メルヴの中へ入った。


(なんか、かなり税をとられた気がする)


 街は活気に満ちていた。様々な衣装を着た人々が行き交い、言葉も見たことのない食べ物の香りも新鮮だった。バザールは街の中心にあるようだ。


「最初、果物食べる! みなそうする!」


 バートルの案内で、果物屋へ向かった。山積みにされた果物の中には、見たこともないものばかりだった。


 イチジクやザクロなど、初めて口にする果物は、乾いた体に生気を与えてくれた。


「……さっそく塩を売ろう」


 シドが短く言った。持参した塩を売るために、バザールの中を進んだ。まず役人のところで税金を払い、露店の許可を得る。


「……海の塩だ。オーロラハイド産だ」


 シドの声は静かすぎる。呼び込み方も下手で、バザールの喧騒にかき消された。


(うーん、ちょっと俺が声掛けするか!)


「みんな~! 海から取れた塩だぞ~! オーロラハイド産だ! 白い、白い塩はいらんかね~!」


 俺の客引きで、少しずつ人が集まる。


「海ってなんだ?」

「水がいっぱいあるらしいぞ」

「しょっぱい水らしい」

「ちょっと見てみるか」


 興味を持った人々が集まってきた。


「これ、一袋くれ!」

「俺もだ!」

「俺が先だ!」

「こっちは二袋だ!」



 オーロラハイドの塩は、飛ぶように売れていった。その白さと細かさが、現地の岩塩とは一線を画していたのだろう。


「旦那、いい塩を持ってるのう。ワシにも見せてくれんかのぉ?」


 ひげもじゃの恰幅のいい男が、声をかけてきた。その鋭い目は商売人特有の計算高さを感じさせる。


「俺の国の特産品だ」

「ほう、どこの国の者かのぉ?」


 俺と太った男め目が合い、お互い探りを入れるような緊張感が生まれる。ここは正直に話すことにした。


「オーロラハイドという街から来た。馬の並足で東に十五日ほど行ったところにある。徒歩なら二十五日はかかるだろう」


「聞いたことが無いワイ。まあ良い。ところで、旦那、残りの塩を売ってくれんか? もちろんタダでとは言んぞ?」


「……ほう、その話聞こう」


 シドが俺たちを代表して一歩前へ出る。


 昼下がりの太陽が露店の屋根に影を落とし、砂埃の舞う市場に夏の熱気が満ちている。


 遠くから、ラクダの鳴き声と商人たちの賑やかな掛け声が、風に乗って届いていた。


「とても面白い」★五つか四つを押してね!

「普通かなぁ?」★三つを押してね!

「あまりかな?」★二つか一つを押してね!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ