急襲
【ゼファー視点】
俺は槍を高く掲げたまま、馬を全速力で走らせた。風が頬を打ち、心臓は激しく鼓動する。背後では騎兵隊の馬蹄が大地を揺るがし、響き渡る。
前方に現れた敵は、まさしく馬賊だった。粗末な革鎧を身につけ、様々な武器で武装している。彼らは羊を追い立て、一部はすでに捕まえて処理を始めていた。
「やはり羊を盗んだだけじゃなく、もう食い始めてやがる!」
怒りがこみ上げてくる。羊たちの悲鳴のような鳴き声が、草原に響き渡っていた。
「あれだ……!」
俺は隣を走るロイドに目配せした。彼はまだ若いが、目には確かな決意の色がある。
「今だ! 敵はメシを食うために騎馬を降りている! 襲うなら今しかない!」
「はっ……!」
ロイドは返事と共に、手綱を握り直した。
俺たちの突撃に気づいた馬賊たちが、慌てふためいて立ち上がる。食べかけの肉を放り出し、武器を手に取ろうとする者もいるが、もう遅い。
俺はリーダーらしき男に狙いを定めた。他の連中よりも立派な鎧を身につけ、大きな剣を腰に差している。
(あいつを仕留めれば、勝負は決まる……!)
馬の速度をさらに上げ、一気に距離を詰める。
「……もらった……!」
渾身の力を込めて、槍を構えた。
だがその時、不意に視界の端で何かが動いた。黒い犬が数匹、俺たちの進路を妨害するように走り始めた。
(馬賊にも羊飼いがいるのか!? 牧羊犬め!)
一瞬、判断が遅れた。その隙を突かれ、敵将の剣が、俺の肩をかすめる。
「ぐっ……!」
思わず声が漏れたが、怯んではいられない。
「怯むな……! 突っ込め……!」
俺は再び槍を構え、馬賊たちの中へと突っ込んでいった。
そこからは乱戦となった。槍を失った兵は剣に持ち替え、人馬入り乱れての戦いが始まる。馬の嘶き、男たちの怒号、そして羊たちの悲鳴。すべてが混ざり合う中で、俺は次々と襲い掛かってくる馬賊たちを槍で突き伏せていった。
ロイドも俺の後ろで奮戦している。新兵たちも、最初は戸惑っていたが、徐々に戦いに慣れてきたようだ。
(……よし、このまま押し切れる……!)
そう思った時、背後から鋭い痛みが走った。
「……がっ……!」
振り返ると、弓を持った馬賊が、ニヤリと笑っている。
(……しまった、弓兵がいたのか……!)
体勢を立て直そうとした、その時……
「バウバウ!」
どこからともなく現れた白い影が、弓兵の顔面に飛びかかった。一匹の白い牧羊犬だ。
(俺を助けてくれたのか?)
俺は弓兵が怯んだ隙に間合いを詰め、槍を突き出した。
「終わりだ!」
弓兵は声にならない悲鳴を上げて倒れた。
しかし、敵の数はまだ多い。このままでは兵の疲労も限界だ。
「全軍、一旦退くぞ! 城壁へ戻れ!」
俺の命令に従い、騎兵隊は徐々に後退し始めた。敵はこれを見て勢いづき、追撃してきた。
俺たちは計画通り、城壁に向かって馬を走らせる。後ろからは馬賊たちが追いかけてくる。
やがて城壁が見えてきた。
「今だ! 散開せよ!」
俺の合図で、騎兵隊は左右に分かれて散った。その瞬間、城壁の陰から現れたエルフの弓兵たちが、一斉に矢を放った。
空気を裂く音と共に、矢の雨が馬賊たちを襲う。一人、また一人と馬から落ちていった。
「どうだ! これがリベルタス公国の力だ!」
ヒューゴが叫び、再び弓が引かれる。二度目の矢が放たれ、残った馬賊たちもほとんどが倒れた。
自分の馬を拾うことに成功した者だけが、西へ西へと落ち延びていく。
どれくらい時間が経っただろうか。辺りには静寂が戻っていた。俺たちは馬賊たちを撃退したのだ。数人の敵は捕らえられた。
「ロイド、怪我はないか?」
「はっ、無傷です!」
ロイドは誇らしげに胸を張った。
リベルタスへ帰途につくと、城壁の上にバートルが居るのが見えた。どうやら戦いを見ていたらしい。俺を見つけると、バートルは城壁から降りてきた。
俺は安堵の息を吐き、それからゆっくりとバートルに目配せした。彼の顔には緊張と恐怖が入り混じっていたが、その中には尊敬の色も見えた。
「俺、強くなりたい!」
バートルは真っすぐに俺を見つめて言った。
俺はバートルの肩に、そっと手を置いた。
「もう大丈夫だ。今日はリベルタスに滞在するといい」
夏の太陽はまだ高く、空はどこまでも青く澄み渡っていた。この日、リベルタス公国は初めての戦いに勝利し、新たな仲間を得たのだった。
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