朝の目覚め
【ゼファー視点】
『チュン、チュン……』
朝が来て、小鳥が鳴き始めた。薄いピンク色の朝日がカーテンを照らし、窓ガラスには朝露がついている。東の空は少しずつ明るくなり、金色に輝き始めていた。
『コケコッコー……』
鶏が大きな声で鳴き、その声は鶏小屋から広がっていく。遠くからは牛車の音、薪を割る音、井戸から水をくむ音が聞こえてきた。これらの音が混ざり合って、オーロラハイドの朝を告げている。
(う、朝か……)
庭からは雪解け水を吸った草の匂いがして、窓の隙間から入ってくる風は、昨夜食べたヤキトリの香りとも混じっていた。炭の焼ける甘い匂いと、庭で育てた香草の香りが、まだかすかに残っている。
(……ん? いい香り、それに柔らかい……? これは……女か?)
何かいい香りがして、ぼんやりした頭のまま手を伸ばしてみた。触れたのは、冷たくて温かい肌。目を開けると、薄紫色の寝間着を着たエルフの女王エルミーラが、長い緑色の髪を枕に広げて寝ていた。
(キレイだな……)
昨晩、みんなで決めた当番で、公王の寝室に誰かが付き添うことになっていた。シルクは息子カイルの夜泣きに備えて、リリーはお腹の子どものことを考えて断った。だから、最後に残ったのは気品のあるエルフの女王だった。
(使いを送ったら、顔を赤らめながらやってきたっけ)
指で彼女の頬に触れると、まつげが震えて、青い瞳が朝の光を映した。
「……おはよう、ゼファー……って呼び捨てでもいいかしら?」
「おはよう、エル。もちろんいいよ。でも、初めての相手が俺で良かったの?」
誇り高いエルフの女王は、純潔を守ってきたのだ。
「し、仕方ないでしょ! エルフの男は怠け者で昼間から酒を飲んでばかり。ヒモ……人間の言葉でそう言うのよね?」
彼女は溜まっていた不満を一気に話し始めた。
「わたしたちエルフは女が多いの。だから男は大事にされすぎて、気がついたら『女が働いて男を養う』種族になっていたわ……」
彼女はため息をついて、肩を落とし、尖った耳も少し下がった。
「その点、人間の男は良いわ。働き者で責任感がある。ああ……この街に来て本当に良かった」
「それは光栄だよ」
優しく抱き合った後、朝の冷たさに背中を押されるように寝室を出た。
城の南側にある訓練場では、朝日が赤い土や砂利を金色に照らし、兵士たちが歩くと埃が霧のように舞い上がっていた。遠くの山に反射した光が武器の刃を照らし、まぶしい光が飛び散る。
訓練場の中央では、商人のシドと軍司令官のヒューゴが向かい合っていた。二人の足跡は地面に深く刻まれ、汗で槍の柄がぬれていた。
シドは、計算に慣れた頭で相手を読んだ動きをしている。風を切る槍の軌道を見極め、ぎりぎりで避けていた。だが最後には、ヒューゴの強い槍がシドの手甲を弾き飛ばし、高い金属音が空に響いた。
「そこまで! ヒューゴ様の手甲あり!」
見ていた兵士たちから拍手が湧き、俺も近づいていった。
「シド、すごいな。ヒューゴ相手によく頑張ったじゃないか」
「これは我が王、朝早くから視察とは恐れ入ります」
ヒューゴが膝をついて頭を下げ、シドも同じようにした。
(固いなあ……肩書きは鎧より重いぜ)
「あ~いいよ、気楽にしてくれ。俺にとってお前たちは戦友だから」
「承知! では閣下とお呼びしましょう」
「……フッ、分かった。オマエのことは、これからもオマエと呼ぶ」
(うん、それがしっくり来る)
ヒューゴの目が俺のお腹を上から下まで見た。
「閣下、筋肉が落ちていますな。王都で太りましたか?」
「ぐっ……その通りだ。稽古をつけてくれ」
合図とともに激しい稽古が始まった。ヒューゴの槍は雷のように速く、俺の防御は柔らかい木の枝のようだった。同じ訓練用の槍でも、持ち主が違うと全く別物に感じる。地面に倒されるたび砂利が背中に刺さり、息をするのも苦しかった。
「はっはっは! 閣下、以前は互角でしたが、もう終わりですかな?」
「コノヤロウ! もう一本!」
朝食の鐘が鳴るまで、俺たちは強がりの笑顔を交わしながら、槍で戦い続けた。
「伝令です! 南門からの報告です! ゼファー陛下にお会いしたいという方が到着しました!」
「どんな人だ?」
兵士は息を整えて、胸を叩いた。
「浅黒い肌の若い羊飼いです。南門の外にテントを張り、百頭以上の羊を連れて待っています!」
「分かった。朝食を食べてから時間をとろう」
浅黒い羊飼い……あの純粋な笑顔と、乾いた草原の風を思い出す。
(あの草原で会った不思議な青年だな……)
雲一つない空には、もう陽の光が明るく輝き、城壁の向こうでは「メエェ」という羊の鳴き声が波のように重なっていた。
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