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無能

【ゼファー視点】


 王都ヴェリシアの朝は、いつもより明るく感じられた。窓から差し込む光が、部屋の隅々まで金色に染め上げている。


 俺たちはすでに数日間、王都に滞在していた。この間に、多くの重要な政治的転換があった。


 オーロラハイドの独立がフェリカ国によって正式に承認され、新たな名を「リベルタス公国」と定めた。自由を意味するその名は、元奴隷の俺を含め、人間、エルフ、ドワーフ、ゴブリンが共存するこの地にふさわしい響きを持っていた。


 そして俺は、ゼファー・リベルタスという名で、初代公王の地位に就いたのだ。


 正式な独立承認、両国の同盟締結式、そして俺の即位式と、慌ただしい日々が続く。思えば、塩を焚いていた日々から、随分と遠くに来てしまったものだ。



 宮殿の豪華な客間で、リリーと二人、静かな朝を過ごしていた。彼女はソファに深く腰かけ、大皿に盛られたクッキーを無関心そうに見つめている。


 最初の数日は喜々として王宮の豪華な料理を平らげていたリリーだが、今日は珍しく食欲がないようだ。


「な~んか、ここの食事も飽きちゃったね~」


 リリーはため息まじりに呟いた。その声には、どこか郷愁の響きが含まれていた。


「そうだな。そろそろオーロラハイドのヤキトリが食べたいな」


 俺も同感だった。豪華な宮廷料理よりも、あの庶民的な味わいが懐かしい。


「じゃあ帰るか! エドワード王に挨拶しないとな」


「うん!」


 リリーの瞳が輝きを取り戻した。いつもの彼女に戻ったようで、俺も心が軽くなる。帰国の準備をするために、まずはエドワード王への挨拶が必要だ。



 エドワード王の執務室に向かうと、衛兵たちは俺の姿を認めるなり、深々と一礼して扉を開けてくれた。


「ゼファー・リベルタス王の入室です」


 衛兵の声が響き渡る。


 執務室に足を踏み入れると、そこにエドワード王の姿はなく、代わりに小さな男の子が立っていた。


 五歳ほどの男の子は、どこかエドワード王に似ている。恐らく王子に違いない。爽やかな青色の礼服に身を包んでいる姿は、将来の君主を思わせた。


「初めまして、王子様。俺はゼファー・リベルタスと申します。以後、お見知りおきを」


 丁寧に挨拶をすると、王子は腕を組み、口をへの字に曲げた。その小さな瞳が鋭く、俺を値踏みするように観察している。


「なぜ、お前は跪かぬ!」


 王子は俺に向かって、小さな指を厳しく突きつけた。その声には、年齢不相応の威厳が含まれていた。


「えっ、だって俺も公王だよ。リベルタス王だよ」


 思わず言い訳めいた言葉が出る。その瞬間、王子の表情が一層険しくなった。


「嘘だ! 僕にはわかる! お前、王の権能が無い! ただの貴族だ!」


 その言葉に、俺の背筋に冷たいものが走った。確かに、俺の持つ権能は王のものではなく、貴族のものだった。しかし、それをどうして?


「あのね、王子様、これには事情があって…」


「うるさい! お前のような嘘つきの権能は奪ってやる!」


 王子の体から突如として金色の光が放たれた。その輝きは眩しく、部屋全体を覆い尽くす。


 王権神授領域レグヌス・セイント・ドメインの発動だ。


 俺の全身が金縛りにあったように固まり、動けなくなった。内側から何かが引き抜かれていくような、奇妙な感覚が全身を包む。


「くっ……権能が……力が……抜ける……」


 声を振り絞るように呟く。視界がぐらつき始め、冷や汗が額から流れ落ちた。


「ゼファー! ゼファー、大丈夫!?」


 リリーが慌てて俺の体を支える。彼女の声は遠くから聞こえるようで、かすかに届くだけだった。


「何だ? 騒がしい。何をしているヘンリー!」


 執務室のドアが勢いよく開かれ、エドワード王の声が響いた。


「ゼファー王、大丈夫か!」


「あ、エドワード……王……」


 言葉を紡ぐ力さえ失われていく。視界が暗転し、俺は深い闇の中へと落ちていった。



「草原の匂い……」


 目を覚ますと、鼻をくすぐる懐かしい香りがした。清々しい草の匂いだ。


「あっ、ゼファー良かった! ようやく目が覚めたんだね!」


 視界がはっきりしてくると、リリーの安堵の表情が見えた。俺は彼女の膝の上に横たわっていた。


 揺れる感覚から、馬車の中だと理解する。隣で窓から見える景色は、王都からはるか離れた場所を示していた。


「リリー、喉が渇いた……あと腹も減った……」


 声を絞り出すように言うと、リリーは手早く干し果物を取り出し、水で柔らかくしてから俺の口元へと運んでくれた。甘酸っぱい味が喉を潤し、少しずつ力が戻ってくるようだった。


「ここは……」


「もう、リベルタスの領内よ! 馬車を全力で走らせたの。もうすぐオーロラハイドの街に着くわ!」


 リリーは満面の笑みを浮かべながら答えた。その表情には、王都を離れた安堵感が溢れていた。


 徐々に記憶が戻ってくる。王子の放った金色の光、そして体から抜け落ちていった感覚……


「なあ、俺の権能、無くなっちゃったな」


 思わず言葉が漏れた。剣を持たずに戦場に立つような、不安な感覚が胸を満たしていた。


「大丈夫よ! みんながいるじゃない! 権能ならカイルからもらえばいいって、エドワード王が言ってたわ!」


 リリーは力強く言った。彼女の言葉には、暗い気持ちを払拭するような明るさがあった。


「エドワード王は、俺に権能をくれないのか?」


「一度あげたから二回はあげられないみたい……」


 リリーが申し訳なさそうに言った。


「そうか、王の権能も万能じゃないんだな……」


 かつて俺を守り、力を与えてくれた権能がなくなると、こんなにも心細く感じるものなのか。それでも、リリーの存在が、この不安を少しずつ和らげてくれる。


「でも、他の王からは貰えるって!」


「なるほど、それでカイルか……」


 我が子から力を得る父親。何とも皮肉な話だが、今はありがたく思う。


「あと、エドワード王が絶対に同盟は守るって。今度リベルタスに謝りに来るって言ってたわよ」


「そうか……」


 窓から差し込む陽光が、馬車の中を明るく照らしていた。初夏の日差しは、新しい季節の始まりを告げているようだった。


 満腹感と安心感で、少しずつまぶたが重くなる。リリーの膝の上で、俺は再び静かな眠りに落ちていった。


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