エドワード・フェリカ
【ゼファー視点】
広大な平原を抜け、鬱蒼とした森を越え、険しい山々を踏破した俺たち騎兵隊は、副隊長リリーの指揮のもと、約一週間の旅路を経て、王都ヴェリシアに到着した。
王宮の門前で衛兵に「火急の用事にて参上。王子カイルに関わる重大事項」と告げると、驚いたことにエドワード国王は予定を調整し、急遽謁見を許可してくださった。
豪奢な装飾が施された玉座の間。中央に鎮座するエドワード国王の横には、気品溢れる王妃エレオノールの姿があった。そして部屋の両側には、冷たい視線を向ける重臣たちが整然と並んでいる。
俺とリリーは深々と頭を下げ、王の前に跪いた。横には、ドワーフ王トーリンから託された箱を恭しく置く。
「おお、ゼファー卿! 久しいな」
エドワード王は温かみのある声で俺に呼びかけた。
「シルクの息子カイルは元気にしておるか?」
「はっ、このたびは急な拝謁をお許しくださり、誠にありがとうございます」
俺は慎重に言葉を選んだ。
「息子カイルのことでご相談があり参上いたしました。ただ……差し支えなければ……」
言葉を濁す俺の意図を悟ったのか、重臣たちの間から不満の声が漏れ始めた。
「またも陛下に取り入ろうというのか」
「元奴隷の分際で」
「今度はエルフの美女でも献上するつもりか」
「けしからん!」
彼らの侮蔑に満ちた囁きが部屋中に響く。
「ウォッホン!」
エドワード国王は意図的であろう咳払い。重臣たちの声は潮が引くように静まり返った。
「まあ、そなたのことだ。何か重要な話があるのだろう」
国王は理解を示すように頷いた。
「皆の者、別室で待機せよ」
不満げな表情を浮かべながらも、重臣たちは静かに退出していった。
「ねえ、孫のカイルのことなのでしょう?」
王妃エレオノールが繊細な眉を寄せて言った。
「私も心配しています。私くらいは席を共にしてもよろしいかしら?」
その優雅さと気品は、三十代後半とは思えぬほどの美しさだ。
「……そ、そうだな。ゼファー卿、構わぬか?」
国王は王妃に優しい眼差しを向けた。
「はっ、王妃様にこそ、ぜひ聞いていただきたい事柄でございます」
緊張が解けたのか、エドワード国王は足を組み、肘掛けに体を預けるようにして姿勢を崩した。
「はぁ、公式の謁見は肩が凝るものだ」
国王は苦笑した。
「さて、カイルのことについて、何か分かったのか?」
「カイルの持つ権能について、調査を終えました」
「ほう、して、どのような権能であった?」
国王は興味を示した。
「シルクには能力がなかったが、そなたの権能を受け継いだのか?」
俺は一呼吸置き、重要性を込めて言葉を紡いだ。
「王権神授領域でございます、陛下」
「まあ!」
エレオノール王妃は驚愕の表情を浮かべ、その場に凍りついたかのように動かなくなった。
エドワード王もまた、言葉を失ったように口を開けたまま。しかし、すぐに表情が変わった。
「くっ、くくくく……王権神授領域だと?」
国王の目が鋭く輝いた。
「そなた、余を欺いているのではあるまいな?」
「王よ、女神官アウローラによれば、祖父の権能が子に受け継がれず、稀に孫の世代に顕現することがあるとのことです」
「あなた、私もその話を耳にしたことがあります!」
王妃が俺の言葉を支持してくれた。
エドワード国王は深く息を吸い込み、天を仰いだ。そして両手を天に向け、突如として歓喜の笑い声を轟かせた。
「ふっ、ふはははは! シルクがやってくれた! シルクが!」
国王は興奮を抑えきれない様子だった。
「ゼファー卿、いや、我が義理の息子よ、そなたもよくやった! カイルには国の一つでもプレゼントせねばなるまい!」
国王の瞳は熱に浮かされたように輝いていた。
「どれ、ここは一つ、隣国グラナリアに攻め込むとしよう! あの地は温暖で麦の収穫も良い。カイルには統治の練習にぴったりだろう!」
国王は立ち上がり、大声で命じた。
「兵を召集せよ! 戦の準備だ! 何と素晴らしい日だ! カイルとグラナリアの麦酒で杯を交わそうぞ!」
(えっ……ええええええ〜!?)
俺は内心で悲鳴を上げていた。その場にいた全員が——国王以外は——茫然自失の表情を浮かべていた。
王の狂喜乱舞の前に、俺たちは言葉を失っていた。
「とても面白い」★五つか四つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★二つか一つを押してね!




