カイルの権能
【ゼファー視点】
カイルの小さな体から放たれた黄金色の光は、まるで太陽が部屋の中に昇ったかのように眩く、暖かかった。その光は壁を透過し、窓の隙間からも漏れ出している。
神官アウローラが儀式の言葉を終え、手を下げると同時に、輝きはゆっくりと収まっていった。部屋に立ち込めていた緊張感が少しずつ和らぐ。
シルクの顔が蒼白に変わる。両手を口元に当て、身体が小刻みに震え始めた。
「え、まさか、これって……でも、ありえない……」
妻の様子に焦りを覚え、肩を掴んで尋ねる。
「何か知っているのか、シルク!」
我が子のことだ。冷静ではいられない。
シルクは潤んだ瞳で俺を見上げ、震える声で答えた。
「黄金色の輝きを持つ権能はただ一つ……王権神授領域よ……」
その言葉とともに、彼女の身体から力が抜け、ガタガタと震え始めた。思わず彼女を抱きしめる。
「カイルが王の権能を持っていたら、何かまずいのか?」
耳元で囁くように、なるべく落ち着いた声で尋ねてみる。シルクは突然、両手で俺の胸を突き放した。
「王の権能は私の弟も持っているわ。でも父上の子で持っているのは、その弟だけよ! 普通は王家の子供でも一人しか授からないものなのよ! 弟はフェリカ王家を継ぐ事が決まっているわ!」
その叫びには、恐怖と焦りが混じっていた。
アウローラが静かに口を開く。その声は厳粛で、場の空気を引き締めた。
「ゼファー卿、私から説明しましょう」
彼女は両手を胸の前で組み、ゆっくりと続けた。
「一つの国に王家が二つ存在するようなものです。国家分裂や内乱の危険があります。下手をするとカイル様のお命を狙う者も出てくるでしょう。反対にオーロラハイドを取り込もうとする者もいるでしょう」
彼女は窓の外に目をやり、溜息をついてから再び俺たちに向き直った。
「時折、権能が子供に継がれないで、孫に出る事があります……カイル様もそうなのでしょう」
(内乱? 国家分裂? そうか……国に王が二人いるというのはマズい事なんだ……カイルを、カイルを守らないといけない!)
国王エドワード・フェリカ陛下の顔が脳裏に浮かぶ。貴族神授領域という力を授けてくれた陛下なら、きっと理解してくれるはず。俺は王を信じようと決めた。
シルクは顔を両手で覆い、肩を小刻みに震わせながら嗚咽を漏らす。
「わたしのせいだ……わたしのせいだ……」
彼女の髪を優しく撫でながら、力強く言った。
「シルク、気にするな。エドワード王は君の父上だし、俺にとっても義理の父だ。悪いようにはしないさ」
シルクの青い瞳が、涙で潤んだまま俺を見上げる。
「ただし、急いで知らせないとな。それも使者に任せるのではなく、俺自身が陛下に報告して、相談しないといけない」
そう決断すると、すぐに行動に移した。緊急会議の招集だ。
***
会議室には主要な人物が集まっていた。俺、シルク、リリー、商人シド、軍司令官ヒューゴ、そして各王族――ゴブリン王グリーングラス、エルフ女王エルミーラ、ドワーフ王トーリン。女神官アウローラも同席している。
他言無用を前置きして、カイルの権能について説明を始めた。会議室は水を打ったように静まり返る。
事の重大性を理解していないらしいリリーだけは、揚げイモをポリポリと音を立てて食べている。彼女は緊張感の読めない女だ。
それぞれの反応を見ていると、エルミーラ女王が突然明るい声を上げた。
「あら、それじゃゼファーが王になっちゃえばいいじゃな~い」
その言葉に、トーリン王が豪快に頷く。
「うむ、同感じゃな」
グリーングラス王も加わる。
「その通りですぞ、めでたい事ではありませんか!」
三人の王たちはどこか気楽な様子で、何が問題なのかと言わんばかりの表情だ。各種族の王たちの態度に戸惑い、俺は率直な疑問をぶつけてみた。
「あ、あのさぁ、王と女王のみなさん? もしかして皆さん王権神授領域をお持ちで?」
トーリン王は胸を張り、誇らしげに答える。
「王を名乗るからには、王の権能を持っていて当然じゃろう」
エルミーラは長い緑の髪をくるくると指で巻きながら、優雅に微笑んだ。
「あら、あたくしも同じでしてよ」
グリーングラス王は椅子に深く腰掛け、肩をすくめる。
「まあ、当然ですな!」
俺は必死に事態の深刻さを伝えようと試みた。
「戦争や内紛になるかもしれないんだ!」
しかし三人の反応は、予想とは大きく異なっていた。
トーリン王は拳を固め、ドワーフ特有の低い声で言った。
「そんなの返り討ちにすりゃええ。ドワーフの力見せてくれるわ!」
エルミーラは緑の瞳を輝かせ、優雅に髪をかき上げる。
「あら、エルフの弓兵も負けてませんことよ?」
グリーングラスは立ち上がり、剣を模して手を振り下ろした。
「ゴブリンは避けられぬ戦いであれば、覚悟を決めるのみ!」
(なんか話がおかしな方向へ流れていってるな……)
彼らの好戦的な姿勢に不安を覚える。
「とにかく、俺がエドワード陛下に説明してくるから、それまで大人しくしていてくれよ~」
ため息混じりに頼み込む。
「じゃ、ちょっと騎兵隊で王都へ行ってくる! 留守はヒューゴに任せた!」
ヒューゴは直立し、敬礼の姿勢を取った。
「ハッ!」
シドに向かって頼む。
「シド、内政面でヒューゴに協力してやってくれ」
「……心得ている」
彼はいつもの無表情で頷いた。
シルクの手を取り、彼女の目をじっと見つめる。
「シルク、父上にはうまく言っておくからな!」
「はい! あなた」
彼女の表情には心配と希望が混じっていた。
テーブルに突っ伏して眠っていたリリーの肩を揺すった。
「リリー、起きろ! 騎兵隊を出すぞ!」
「ふにゃっ!?」
彼女は突然の呼びかけに飛び起き、寝ぼけ眼で周囲を見回した。
こうして会議は終わり、準備が始まった。俺はリリーを従えて騎兵隊を率い、王都を目指すことになった。
出発前、トーリン王が長い木箱を手渡してきた。その目には友情と連帯の情が宿っている。
「フェリカ王への土産だ。王の前で開けてくれ」
俺は深くお辞儀をして、その箱を受け取った。国王エドワード陛下への謁見は、生まれたばかりの息子カイルの運命を左右することになる。
心の準備をしながら、出立の準備を急いだ。
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