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交易路の守護者!~理想の国づくりと貿易で無双したいと思います~  作者: 塩野さち
第一章 勃興

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カイルの権能

【ゼファー視点】


 カイルの小さな体から放たれた黄金色の光は、まるで太陽が部屋の中に昇ったかのように眩く、暖かかった。その光は壁を透過し、窓の隙間からも漏れ出している。


 神官アウローラが儀式の言葉を終え、手を下げると同時に、輝きはゆっくりと収まっていった。部屋に立ち込めていた緊張感が少しずつ和らぐ。


 シルクの顔が蒼白に変わる。両手を口元に当て、身体が小刻みに震え始めた。


「え、まさか、これって……でも、ありえない……」


 妻の様子に焦りを覚え、肩を掴んで尋ねる。


「何か知っているのか、シルク!」


 我が子のことだ。冷静ではいられない。


 シルクは潤んだ瞳で俺を見上げ、震える声で答えた。


「黄金色の輝きを持つ権能はただ一つ……王権神授領域レグヌス・セイント・ドメインよ……」


 その言葉とともに、彼女の身体から力が抜け、ガタガタと震え始めた。思わず彼女を抱きしめる。


「カイルが王の権能を持っていたら、何かまずいのか?」


 耳元で囁くように、なるべく落ち着いた声で尋ねてみる。シルクは突然、両手で俺の胸を突き放した。


「王の権能は私の弟も持っているわ。でも父上の子で持っているのは、その弟だけよ! 普通は王家の子供でも一人しか授からないものなのよ! 弟はフェリカ王家を継ぐ事が決まっているわ!」


 その叫びには、恐怖と焦りが混じっていた。


 アウローラが静かに口を開く。その声は厳粛で、場の空気を引き締めた。


「ゼファー卿、私から説明しましょう」


 彼女は両手を胸の前で組み、ゆっくりと続けた。


「一つの国に王家が二つ存在するようなものです。国家分裂や内乱の危険があります。下手をするとカイル様のお命を狙う者も出てくるでしょう。反対にオーロラハイドを取り込もうとする者もいるでしょう」


 彼女は窓の外に目をやり、溜息をついてから再び俺たちに向き直った。


「時折、権能が子供に継がれないで、孫に出る事があります……カイル様もそうなのでしょう」


(内乱? 国家分裂? そうか……国に王が二人いるというのはマズい事なんだ……カイルを、カイルを守らないといけない!)


 国王エドワード・フェリカ陛下の顔が脳裏に浮かぶ。貴族神授領域ロード・ミスティック・フィールドという力を授けてくれた陛下なら、きっと理解してくれるはず。俺は王を信じようと決めた。


 シルクは顔を両手で覆い、肩を小刻みに震わせながら嗚咽を漏らす。


「わたしのせいだ……わたしのせいだ……」


 彼女の髪を優しく撫でながら、力強く言った。


「シルク、気にするな。エドワード王は君の父上だし、俺にとっても義理の父だ。悪いようにはしないさ」


 シルクの青い瞳が、涙で潤んだまま俺を見上げる。


「ただし、急いで知らせないとな。それも使者に任せるのではなく、俺自身が陛下に報告して、相談しないといけない」


 そう決断すると、すぐに行動に移した。緊急会議の招集だ。


***


 会議室には主要な人物が集まっていた。俺、シルク、リリー、商人シド、軍司令官ヒューゴ、そして各王族――ゴブリン王グリーングラス、エルフ女王エルミーラ、ドワーフ王トーリン。女神官アウローラも同席している。


 他言無用を前置きして、カイルの権能について説明を始めた。会議室は水を打ったように静まり返る。


 事の重大性を理解していないらしいリリーだけは、揚げイモをポリポリと音を立てて食べている。彼女は緊張感の読めない女だ。


 それぞれの反応を見ていると、エルミーラ女王が突然明るい声を上げた。


「あら、それじゃゼファーが王になっちゃえばいいじゃな~い」


 その言葉に、トーリン王が豪快に頷く。


「うむ、同感じゃな」


 グリーングラス王も加わる。


「その通りですぞ、めでたい事ではありませんか!」


 三人の王たちはどこか気楽な様子で、何が問題なのかと言わんばかりの表情だ。各種族の王たちの態度に戸惑い、俺は率直な疑問をぶつけてみた。


「あ、あのさぁ、王と女王のみなさん? もしかして皆さん王権神授領域レグヌス・セイント・ドメインをお持ちで?」


 トーリン王は胸を張り、誇らしげに答える。


「王を名乗るからには、王の権能を持っていて当然じゃろう」


 エルミーラは長い緑の髪をくるくると指で巻きながら、優雅に微笑んだ。


「あら、あたくしも同じでしてよ」


 グリーングラス王は椅子に深く腰掛け、肩をすくめる。


「まあ、当然ですな!」


 俺は必死に事態の深刻さを伝えようと試みた。


「戦争や内紛になるかもしれないんだ!」


 しかし三人の反応は、予想とは大きく異なっていた。


 トーリン王は拳を固め、ドワーフ特有の低い声で言った。


「そんなの返り討ちにすりゃええ。ドワーフの力見せてくれるわ!」


 エルミーラは緑の瞳を輝かせ、優雅に髪をかき上げる。


「あら、エルフの弓兵も負けてませんことよ?」


 グリーングラスは立ち上がり、剣を模して手を振り下ろした。


「ゴブリンは避けられぬ戦いであれば、覚悟を決めるのみ!」


(なんか話がおかしな方向へ流れていってるな……)


 彼らの好戦的な姿勢に不安を覚える。


「とにかく、俺がエドワード陛下に説明してくるから、それまで大人しくしていてくれよ~」


 ため息混じりに頼み込む。


「じゃ、ちょっと騎兵隊で王都へ行ってくる! 留守はヒューゴに任せた!」


 ヒューゴは直立し、敬礼の姿勢を取った。


「ハッ!」


 シドに向かって頼む。


「シド、内政面でヒューゴに協力してやってくれ」


「……心得ている」


 彼はいつもの無表情で頷いた。


 シルクの手を取り、彼女の目をじっと見つめる。


「シルク、父上にはうまく言っておくからな!」


「はい! あなた」


 彼女の表情には心配と希望が混じっていた。


 テーブルに突っ伏して眠っていたリリーの肩を揺すった。


「リリー、起きろ! 騎兵隊を出すぞ!」


「ふにゃっ!?」


 彼女は突然の呼びかけに飛び起き、寝ぼけ眼で周囲を見回した。


 こうして会議は終わり、準備が始まった。俺はリリーを従えて騎兵隊を率い、王都を目指すことになった。


 出発前、トーリン王が長い木箱を手渡してきた。その目には友情と連帯の情が宿っている。


「フェリカ王への土産だ。王の前で開けてくれ」


 俺は深くお辞儀をして、その箱を受け取った。国王エドワード陛下への謁見は、生まれたばかりの息子カイルの運命を左右することになる。


 心の準備をしながら、出立の準備を急いだ。


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