花の祭り
【ゼファー視点】
朝焼けに染まるオーロラハイドの広場は、すでに多くの住民で溢れかえっていた。花と緑に彩られた装飾が建物を飾り、空気は興奮と期待で震えている。
「ゼファー・オーロラハイド卿のご入来!」
ヒューゴの声が広場に響き渡る。彼は演壇の上で堂々と立ち、その口髭を得意げに撫でていた。シドと共に壇上へ上がる間、胸の内で軽く息を整えた。
(昨日帰ってきたばかりなのに、いきなりこんな大きな式典。緊張するな……)
壇上から群衆を見渡し、大きな声で呼びかける。
「みんな集まってくれてありがとう! これからオーロラハイドの焼き印が入った木札が配られる。この木札と交換に、飲み物も食べ物も好きなだけ楽しんでくれ!」
「わあぁぁぁ!」
「ゼファー様のおごりだーっ!」
「カイル様万歳!」
「シルク様万歳!」
歓声が広場全体を包み込み、まるで大きな波のように揺れ動いた。人々の顔には喜びが満ち溢れ、子供たちは跳ねるように喜んでいる。オーロラハイドが一つになる瞬間だった。
続けて次の発表をする。
「さらに、エルフの伝統『花の祭り』も同時に開催する! この祭りでは、女性から心を寄せる男性へ花束を贈るんだ!」
「おおっ!」
広場の片隅に目をやると、エルフの娘たちが色とりどりの花束を手に、恥ずかしそうにソワソワしている姿が見えた。彼女たちの緑の髪と長い耳が、朝日に照らされて美しく輝いていた。
背筋を伸ばし、祝祭の開始を宣言する。
「それでは、俺とシルクの息子カイルの誕生祭を始めよう!」
再び沸き起こる歓声。人々の間で酒と料理が配られ始め、祝祭の雰囲気が高まっていく。そんな中、静かな足音が演壇に近づいてきた。
エルフの女王エルミーラが優雅に階段を上り、堂々とした佇まいで目の前に立つ。彼女の緑の瞳がじっと見つめてくる。手には純白の花束……スミレの花だ。
「これを、ゼファー卿に……」
彼女の声は、かすかに震えていた。花束を差し出すと、彼女はすぐに広場へと駆け去った。長い緑の髪が風になびく姿に、広場の女性たちから黄色い歓声が上がる。
「キャアアアア! 女王様が先陣を切ったわ!」
「私たちも続くのよ!」
「あ~ん、ゼファー様にあげようと思ってたのに~!」
呆然としながら、花束に添えられた小さなカードを開く。
『ゼファー卿へ
白スミレを贈ります。
花言葉は
・謙虚
・誠実
・小さな幸せ
・あどけない恋
エルミーラより』
「……新しい側室にするのか? 俺は反対しないぞ」
横からシドが、珍しく笑みを浮かべながら耳打ちしてきた。その横では、ヒューゴが大きく笑っている。
「がっはっは! さすが閣下はモテますな。まさか女王を落とすとは!」
頬が熱くなるのを感じながら答える。
「冗談言うな。それより、木札の配布を手伝ってくれ」
演壇から降りると、今度はエイルとリーリアがやってきた。彼女たちは一言も発せず、それぞれシドとヒューゴに花束を手渡すと、赤い顔で走り去った。
二人を冷やかすように声をかける。
「おいおい、お前らも人のこと言えないじゃないか。それで、この申し出を受けるのか?」
「……俺は、受けようと思う」
シドは努めて冷静を装ったが、耳が赤くなっていた。彼は目をそらし、さっさと人混みの中へ消えていった。
一方のヒューゴは、両目から涙を流して喜んでいた。
「こ、これは男の涙ですぞ! 感動の涙ですぞ!」
(そっとしておいてやろう……)
ヒューゴの肩を軽く叩くと、屋敷へと向かった。
「おーい、入るぞ~」
シルクの部屋のドアを開けると、ベビーベッドで眠るカイルと、窓際の椅子に座るシルクの姿があった。彼女は満面の笑みを浮かべている。
「あら、おかえり、色男さん」
肩をすくめながら返す。
「さっそく嫌味か。見ていたのか?」
「ふふっ、私、窓から全部見てましたわ。エルミーラさんの事は嫌いではありませんよ。あそこまでやる覚悟があるのですもの。三番目の妻として迎えるなら許してあげます」
「え? でもリリーが……」
「リリーさんも同じことを言っていましたわ。あの女王様の勢いには勝てないと」
そこへ、部屋の扉が再び開き、若い女性が入ってきた。彼女は白い司祭服を身につけ、頭には小さな冠のような飾りをつけている。
「ま~ったく、どいつもこいつも祭りに浮かれて……あたしは男いないんだよ!」
思わず声をかける。
「あの~、神官さん?」
彼女は我に返ったように、慌てて一礼した。
「どうも、名乗りがまだでしたね。わたくし、神官のアウローラと申します。王都の神殿より派遣されて参りました」
「これはご丁寧にどうも。領主のゼファーだ。以後お見知りおきを」
アウローラは眠るカイルを見つめ、柔らかな表情を浮かべる。
「ちょっと、カイル様が権能を持っているか調べても良いですか?」
「権能?」思わず声が上ずった。「おっ、おう、お願いするぜ」
アウローラは部屋のドアに鍵をかけると、カーテンを閉めた。部屋の中は薄暗くなり、静寂が流れる。
彼女はベッドに近づき、右手をカイルの上に翳す。その指先が微かに震えている。
「古の盟約に従い、星影の導きを請う。天なる父、地なる母、精霊たちの許しを得て、幼き御子に宿りし力、その片鱗を示せ! 封印されし真の名、今こそ解き放たん! ──顕現せよ、汝が内に秘めし光!」
彼女の身体から淡い光が放たれ、まるでオーロラのように色を変えながら揺らめいた。その光がカイルに触れた瞬間……
カイルの小さな体から放たれた黄金色の光は、まるで太陽のように明るく、部屋全体を包み込んだ。
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