表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
交易路の守護者!~理想の国づくりと貿易で無双したいと思います~  作者: 塩野さち
第一章 勃興

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/171

草原の民

【ゼファー視点】


 果てしない青が広がる。

 空と草原の境目が曖昧になる地平線の彼方へ、俺たちは馬を進める。


 オーロラハイドの街の西は、薄暗い森が広がっていて、さらに西にはドワーフたちの住む青灰色の山脈がある。しかし、今日は少し南下してから西へと向かう。ちなみに東側は漁村などがあり、海だと分かっている。


 南から西へと進路を変えた時、目の前に広がったのは、ただただ草原だった。


「ねえ、ゼファー。地図を作るのはいいんだけどさ。この平原の名前決めたほうが良くない?」


 リリーの声が、風に乗って届く。彼女の赤い髪が風になびいていた。


 馬を駆けていると風が心地良い。まるで時間が止まったかのような錯覚に陥る。


(そういえば、別れ際にシルクと抱き合った時も風が吹いていたっけ……)


「よし、風の平原と呼ぶことにしよう」


 俺の言葉が空に消えるように、どこからともなく風が吹き抜けた。一同から「おー!」と言う声が上がる。声は風に溶け、やがて草原の広がりに飲み込まれていった。


 騎兵隊の士気が上がったところで、さらに西を目指す。馬の蹄の音だけが、静寂を破る音となった。


 そして、西へ進むこと十日が過ぎた。

 空と草原はいつまでも続き、時間の感覚が曖昧になる。日の出と日没だけが、時の流れを教えてくれる。


 昼と夜の繰り返しの中で、俺たちはこの草原の真の広大さを理解し始めていた。それは言葉で表現できないほどの広がりだった。


「ゼファー、あたしもう疲れた~。オーロラハイドへ帰ってヤキトリ食べたい~」


(気持ちはわかる。俺だってそうだ。持ってきた糧食は半分ほどになっている。潮時か?)


 俺の心の中でも、帰還への思いが強くなっていた。土地の広さは確認できた。これ以上西に進む必要はあるのだろうか。


「よーし、引き返すぞー!」


「待って、ゼファー! 遠くに何か見えるよ! なんか動物の群れと、あれはテントかしら?」


 リリーがその場で馬を止めた。彼女の声には、十日ぶりの驚きが含まれていた。


 俺と十名の騎兵隊たちは、リリーの見ている方を見る。夕暮れ時の西日に照らされて、何かが小さく輝いていた。


「本当だ、何かいる!」

「草原に動物がいるのか?」

「テントがあるって事は、人がいるんじゃないか?」


 兵士たちの言葉は、まるで夢から覚めたかのように現実味を帯びていた。


(無人だと思っていた草原に、人が住んでいるかも知れない……これは、お近づきになった方がいいかな?)


 遠くから見える光景は、まるで蜃気楼のように揺らいでいる。本当にそこにあるのか、それとも疲れた目の錯覚なのか、判断しづらかった。


「総員、警戒。何が起こるか分からない。気を引き締めろ。ただし、できるだけ友好的にいくぞ」


「はい!」


 返事の声は、緊張と好奇心が入り混じっていた。


 俺を先頭に、調査隊はテントと動物の群れのほうに馬を歩かせた。夕日を背にして進む騎兵隊の長い影が、草原に伸びていく。


 ある程度近づくと、ハッキリ見えてきた。

 動物の群れは羊のようだ。白い毛が夕日に照らされて、金色に輝いている。

 テントは一つ。そこに一人の人影。


 遠くから、浅黒い肌をした若い男が、こちらに手を振っている。彼の姿は夕日に照らされて、まるで別の世界の存在のように思えた。


「手を振っているわね! おーい!」


 リリーが男に向かって手をふる。彼女の声には、人を見た安堵感が混ざっていた。


「おおーい!」


 俺も声を出して手をふった。


 調査隊は、男の前まで来た。夕日はいよいよ低くなり、空が紫色に染まり始めていた。


 俺が馬を降りると、全員が下馬する。蹄の音が止まり、再び草原の静けさが戻ってきた。


 若い男が何か分からない言葉で挨拶してきた。その声は優しく、友好的に感じる。


 だが、言葉が分からない。


 彼は、なかなか整った顔立ちをしている。笑顔は純粋で、子供のように無邪気だった。


 俺は、もしやと思い、地図作成用の羊皮紙とペンを出すと、紙に字を書く。


『こんにちは、初めまして。私たちは東の国から来ました。名前はゼファーと言います』


 文字を見た男は、ふむふむと頷く。その仕草には、どこか親しみがあった。


(これは、通じていそうだな)


 試しに羽ペンと羊皮紙を渡してみた。


 すると、男も文字を書く。その文字は、風紋のように流れるような形をしていた。


 だが、読めない。知らない文字だ。


 悩んだ末に、地面に調査隊が進んで来たルートを書いてみた。小さな棒で描いた線でなんとか地図を表現する。


 オーロラハイドの位置は丸。

 進んだルートは矢印で書いてみた。


 男は何度も何度も頷くと、自分が来たルートを書いてくれた。


 どうやら、さらに西のほうから来たらしい。男のルートの出発地点には丸印がついていた。


 それをリリーが地図に書き写していた。


(ナイスだリリー。これで探索の手間が省ける)


 風が強くなり、地面に描いた線が少しずつ消えていく。


 男は火種を持ってくると、俺たちの前で火を起こす。その手つきには長い経験が窺えた。火が点くと、辺りが暖かくなる。夜の冷気から守られる安心感があった。


「ねえ、ゼファー。燃やしているのって、もしかして土?」


 リリーが燃料のようなものをつつく。その表情には好奇心が溢れていた。


「いや、これは乾燥した家畜のフンだな。軍学の本で読んだことがある。何も燃やすものが無いときは、そうしろって書いてあった」


 俺の言葉に、男はにっこりと笑った。まるで俺の言葉を理解したかのように。


「ひえっ、フン!?」


 リリーがあわてて手をひっこめると、生えている草で手を拭おうとする。彼女の慌てぶりに、俺は思わずクスッと笑ってしまう。


「リリー、たぶん大丈夫だぞ。乾燥していれば平気だと本に書いてあった」


 それでも気になるのか、リリーは手をぬぐっていた。その仕草に、男は静かに微笑む。その笑顔には優しさと理解があった。


 火が付いたので、みんなで火を囲んで座る。炎が揺れる影が、夜の(とばり)の中で踊っていた。頭上には、数えきれないほどの星が輝き始めていた。


 俺は懐から、ドワーフ金貨を一枚取り出すと、男に手渡した。金貨が炎の光を受けて輝く。お近づきの印だ。


 男はウンウンと大きく頷くと、テントの裏へ走って行った。


 しばらくすると、羊のものと思われる『メェ~』という断末魔の声がして、血の匂いが漂ってくる。


 血の匂いに一同はギョッとする。生と死の境界を感じさせるような、鋭い緊張が走った。


 腰を浮かせ、剣に手をかける兵士もいた。彼らの目には不安が浮かんでいる。


「まだ早い。こちらの方が人数が多い。恐れる事はない」


 なるべく静かに言うと、兵士たちは落ち着いたようで、地面に座りなおした。炎の明かりが彼らの緊張した表情を照らし出す。


 騎兵隊は全員が新兵だ。

 浮足立つのも分かる。この果てしない草原の中で、異国の人と出会うという状況は、誰にとっても非日常なのだ。


 しばらくすると、男が肉を持ってきた。その手には、まだ生々しい赤みを帯びた塊がある。


 大きな肉に金属の棒をさすと、火であぶり始める。肉から滴り落ちる脂が、炎の中で小さくはじける音が聞こえる。


 肉の焼ける匂いに、俺たちは思わず腹が鳴る。


 男はニカッと笑うと、塊肉の外側の焼けた部分だけ、ナイフでそぎ落とし俺に出した。


「悪いな。先にいただくぜ」


 香ばしい焼いた肉の香りがする。

 口に入れる。

 うまい。


 これは羊の肉だ。草原の味がするような気がした。


(金貨を渡したお礼かな? 律儀だなぁ~)


 こうして、俺たちは、不思議な男と共に飲み食いをした。言葉は通じなくても、食べることで心が通い合うような感覚があった。


 俺たち騎兵隊は、お礼にワインを出す。液体が杯に注がれる音が、静かな夜に響く。


 日持ちが良く、悪くなりにくいから、こういう長期間の行軍に酒があると便利である。男は少しだけ飲むと、その味を噛みしめるように目を閉じた。


 星空の下、炎を囲んで過ごす夜。言葉を交わさなくても、何かが確かに通じ合っていた。時間の流れが、普段とは違って感じられた。


 翌朝。

 草原に、朝もやがたちこめる。

 白い霧が地面を覆う。


 俺たちは男と別れた。言葉は通じないし、文字も通じなかったが、何かが確かに通じたと感じていた。それは言葉以上の何かだ。


 調査隊は、オーロラハイドの方へ向かって馬を走らせる。霧の中を進むと、まるで空中を浮かんでいるような不思議な感覚に陥る。


 少し振り返ると、男がいつまでも手を振っていた。彼の姿は朝霧の中でぼんやりと霞み、まるで幻のようだった。やがて彼の姿は朝もやの中に溶け込み、見えなくなった。


 風の平原を東へと進みながら、俺はふと思った。

 あの男は本当にいたのだろうか。

 それとも草原が見せた幻だったのか。


 答えは風の中。

 草原の風が、やさしく俺たちの頬を撫でていった。


「とても面白い」★五つか四つを押してね!

「普通かなぁ?」★三つを押してね!

「あまりかな?」★二つか一つを押してね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ