探検
【ゼファー視点】
第二次オーロラハイド拡張計画の契約書にサインした晩のこと。
俺とリリーは同じベッドに横たわり、互いの体温を感じながら夜を過ごした。月明かりが窓から差し込み、彼女の赤い髪が銀色に輝いていた。
早く子を授かりたいというリリーの願いに応えるように、俺たちは互いを求め合った。彼女の情熱は、まるで戦場での剣さばきのように激しく、熱かった。
そして翌朝、リリーが起きだしたので、俺も起きることにした。春の陽射しが部屋を明るく照らし、新たな一日の始まりを告げていた。
「オーロラハイドの拡張もいいけど、新しくもらった平原はどうするの? 最近、あたし出番なくて寂しいんですけど~」
服を着ながら、リリーが何気なく問いかけてきた。彼女の金色の瞳は、冒険への渇望を隠しきれずに輝いている。
「そうだな、平原は地図も無いし、道が通っている所しか調べられてないからな」
俺は窓から見える朝の景色を眺めながら答えた。リリーが近づいてきて、優しく俺の髪を整えてくれる。
「じゃあさ、軍を連れて行って調べれば? あたしもついていく~!」
彼女の声には抑えきれない期待が含まれていた。
(まあ、危険があるかも知れないけど、戦争に行くわけじゃないしいいか)
「分かった。一緒に行こう」
「やった~」
リリーは小さく跳ねると準備を始めた。彼女の動きには、久しぶりの冒険を前にした喜びがあふれていた。
軽い食事のあと、俺たちは軍司令官のヒューゴと商人のシドを呼び、軽く打ち合わせをした。四人で囲む朝食のテーブルには、地図や書類が広げられていた。
「閣下、それは良いですな! 草原の地図や、どんな生き物が居るのかも調査せねばなりませんな」
ヒューゴは髭をなでながら、目を輝かせて言った。彼の顔には、新たな領地への好奇心が溢れていた。
「……糧食はどれぐらいいる?」
シドはいつものように冷静に質問する。彼の手元には、常に帳簿が用意されていた。
俺とヒューゴは「うーん」と軽くうなる。
「よく分からないけど、一か月分くらいあればいいんじゃないか?」
「そうですな閣下。何も今回で全部調査しなくても良いですしな」
ヒューゴは大きく頷いた。彼の肩の筋肉が、鎧の隙間から動くのが見える。
「……分かった、三十日分、調達してくる」
シドは静かに立ち上がり、仕事に取り掛かる。彼の効率的な動きには、長年の商人としての経験が窺えた。
俺たちが軍の出立の準備をしていると、心配そうなシルクがやってきた。彼女の姿は、朝の陽射しを浴びて柔らかく輝いていた。
お腹は大きく、歩くのも大変そうである。臨月を迎えた彼女の表情には、不安と愛情が混ざっていた。
「あなた、平原の調査にいくのですって?」
その時、俺はハッと気づいた。
「そうか……俺たちの子供、予定日なんだっけか?」
「ふふっ、あなたが居ないのはさみしいけど、元王族としては内政も大事だって分かりますよ」
シルクの微笑みには優しさと強さが同居していた。彼女の青い目は、かつての王宮での生活を思い起こさせる高貴さを持っていた。
「そうか、すまない」
しばらくの間、二人は抱き合う。シルクの柔らかな体からは、命の温もりが伝わってきた。
春の風が、日光に照らされて優しく吹いていた。木々の若葉が光を受けて揺れ、新しい生命の季節を告げていた。
俺は平原へ通じる道のある、南門へ来た。街の喧騒を背に、開かれた門の向こうには広大な世界が広がっていた。
軍の準備は整っており、皮鎧姿のリリーが手を振っている。彼女の姿は朝の光の中で生き生きとしていて、まるで別人のようだった。
同行する十名の兵士は、槍を持って整列していた。彼らの顔には、初めての調査任務への緊張と期待が混ざっていた。
どうやら俺が一番最後に来たらしい。門の周りには見送りの人々が集まり、小さな旗を振っていた。
「すまんな、待たせてしまったか」
俺は少し恥ずかしそうに言った。
「ううん、いいの。さすがにシルクと抱き合っているのを邪魔する気にはなれなかったわ」
リリーの表情には、からかいの色と同時に理解の色もあった。彼女の目は、シルク方向へ一瞬だけ優しく向けられる。
今回の調査隊は、俺を司令官、副司令官をリリーとした。若い指揮官の下、兵士たちは緊張した面持ちで準備を整えていた。
もしも問題が発生した場合は、速やかにオーロラハイドへ撤退することになっている。それぞれの兵士には、緊急連絡用の笛が支給されていた。
「まあ、なんだ。今回は戦争に行くわけじゃない。気楽にいこう!」
俺は皆の緊張をほぐそうと声をかけた。
「ハイ!」
兵士たちの返事には、少し安心した色が混ざっていた。
調査隊は平原へ向けて出発した。土の道を馬の蹄が力強く踏みしめる。
今回の調査は全員が軽装の騎兵である。各自の背には必要最低限の装備と、調査用の道具が括り付けられていた。
機動力が問われる任務にはうってつけだ。馬たちはオーロラハイドで選りすぐられた優秀な個体で、その足取りは軽やかだった。
とは言ったものの、実戦経験の無い騎兵隊。彼らの背中には緊張が窺えた。
どこまで運用できるかの訓練とテストも兼ねている。風が隊列の中を抜けていき、旗がはためいた。
(前は騎兵なんてなかったけどな。領地が豊かになって軍馬を買えた)
嬉しい誇りと共に、俺はふと思った。この領地がどれほど変わったことか。今では大きな街になり、軍も整い始めている。
俺を先頭に、騎兵隊はゆっくりと駆けだした。背後のオーロラハイドが小さくなっていく中、前方には未知の冒険が広がっていた。
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