森のパワーバランス
【ゼファー視点】
俺たちはオーロラハイドに戻ると、早速会議を開くことにした。
参加者は、俺、シルク、リリー、シド、ヒューゴ、それに最近街へ住み始めたグリーングラスの六名だ。
シルクは妊娠中なので休ませようとしたのだが……
「嫌よ! これはあなたと子爵領の危機です。放ってはおけないわ!」
シルクは丸くなったお腹に手を添えながら、強い眼差しを向けてきた。今はリリーと二人で、揚げたイモのおやつを食べている。
「やぁ、グリーングラス王、オーロラハイドでの暮らしはどうだい?」
俺は、手にしたイモを頬張りながら尋ねる。
「人間の料理も悪くないですな。それに我々が飼育しているニワトリの売れ行きが良くてな、おかげで森に帰る理由もなくなりました」
グリーングラスは赤い派手なシャツを着ている。ゴブリンの肌が緑なので、赤と緑の組み合わせはとても目立つ。
ゴブリン族はもともとニワトリを飼っていて、どんどんその数を増やしているようだった。
「……まあな、ニワトリのエサは、俺が卸している。順調なようで何よりだ」
シドは口元に笑みを浮かべながら、グリーングラスに視線を送る。この取引で儲けているようで、ニワトリの飼育に投資していると聞いた。
「じゃ、会議を始めるぞ……」
全員が円卓を囲んで椅子に着席する。円卓と椅子は、冬の間にドワーフたちが作ってくれたものだった。
俺はドワーフとオーロラハイドの森の国境付近で、エルフ軍に襲われた事。そして戦闘を、貴族の権能で強制的に停止させた事を告げた。
貴族の権能にもいろいろ種類があると、冬の間に読んだ本に書いてあった。魅了や思考誘導などの権能は、基本はどの貴族も持っているようだったが、俺のはそれに特化したものらしい。
最後にエルフの隊長エイルと副隊長のリーリア、ドワーフのバルドから聞いた話を伝えた。
「……と、まあ、こんな感じだ。俺はドワーフもエルフも悪いと考えるが、皆はどう思う? 何でも意見を言ってほしい。できれば平和的な意見だとありがたい」
「よろしいかな、ゼファー殿」
グリーングラスが手を挙げた。
「どうぞ、グリーングラス殿」
俺は頷きながら促す。
「オーロラハイドの人間たちは、この森で起こっている事をどこまでご存知ですかな?」
グリーングラスは片眉を上げ、尋ねるように視線を巡らせる。
「えっと、いまドワーフとエルフが仲悪いって事ぐらい……かな?」
首を傾げながら答える。
「もともとこの森には、ゴブリン、エルフ、ドワーフの三つの種族が暮らしていたのです。互いに牽制し合いながらも、この種族間でパワーバランスが取れていたのですよ」
シルクがおやつを食べる手を止めると、手を挙げる。
「なるほどですわ。私たちフェリカ王国の人間が入ってきて、ゼファーがゴブリン族と同盟を組んだことで、パワーバランスが崩れたのですね」
話が難しくなってきたからか、リリーは机に突っ伏して寝ていた。その寝顔は穏やかで、まるで赤ん坊のようだ。
「そうです、シルク夫人。ドワーフもエルフも焦ったでしょう。何せ、森に強大な勢力が生まれたのですから」
話し終えると、グリーングラスは昼食酒でのどを潤す。琥珀色の液体が小さなグラスに注がれていく。
「な~るほどねぇ、ドワーフもエルフも生き残るために必死だったって事か。先にドワーフが俺たちに接触してきたことで、エルフはさらに追い詰められたと感じた。ってところかな?」
俺はここまで話して全員を見まわした。会議室には緊張感が漂っている。
「そこで、ドワーフとオーロラハイドが同盟を組むのを阻止しようとエルフが襲ってきたと……」
ヒューゴは眉間にしわを寄せ、状況を整理している。
「はい、ゼファー殿とヒューゴ殿の推理で、間違いないかと」
グリーングラス王が頷く。
(うーん、ドワーフもエルフも生き残ることが第一目的だとすると、交渉の余地は十分あるわけか……)
「あのさぁ、それならドワーフとエルフが同盟を組めばよかったんじゃないのか? なんでそうしなかったんだ?」
俺は腕を組み、疑問をぶつける。強大な勢力ができれば、対抗すればいいはずだ。
「元々、この森の支配権は、我らゴブリンもエルフもドワーフも主張していました。その建前が、柔軟な発想の邪魔をしたのでしょうな」
タンッ、グリーングラスが昼食酒を円卓に置いた。
「エルフとドワーフを交えた会議まで、まだ一か月の猶予があるわ。それなら、エルフたちもオーロラハイドに招待しちゃえばいいんじゃない? エルフの王も呼んでみたら?」
シルクが明るい声で提案する。その瞳には機知に富んだ光が宿っている。
「……なるほど」
シドが腕組をしながら静かに呟いた。
「それでしたら、軍は警備と訓練を強化しましょう!」
ヒューゴが胸を叩く。その音は部屋に響き渡った。
「では、エルフを招待する使者は、このグリーングラスにお任せを」
ゴブリン王は誇らしげに胸を張る。
「ええっ、ゴブリン王自らがエルフへの使者になっていいの?」
俺は思わず立ち上がる。椅子が軋む音がした。
「ええ、私が根回しをしましょう。ついでにドワーフ王にも会ってきます。では、早速向かうとしましょう」
グリーングラスは既に腰を上げ、出発の準備を始めている。
「分かった。今回の会議はここまで。みんなおつかれ様~」
グリーングラス王は旅支度をするために屋敷を出る。それ以外のみんなは日常業務へ戻っていった。
みんなが会議室を去った後、俺はリリーを優しく揺り起こした。
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