介入
【ゼファー視点】
待ち焦がれていた春が訪れた。雪解け水がせせらぎとなってオーロラハイドの街を潤す。草木は芽吹き花々が開き生命が目覚める季節。
オーロラハイドの住民たちも冬の寒さから解放され活気に満ち溢れていた。そして俺にとっても新たな門出の時が来た。ドワーフ王への謁見だ。
俺はドワーフの隊長バルド率いる使節団と共に彼らの王国へと出発することになった。当初の予定では十名ほどのドワーフたちが同行するはずだった。しかしなぜか新たに百名ものドワーフたちが『護衛』として加わることになったのだ。
「……バルド殿これはどういうことだい?」
俺はいぶかしげに尋ねた。
「うむ、ゼファー殿、心配には及ばん、これはあくまで形式的なものだ、ドワーフ王はあなたを歓迎するために精鋭の護衛をつけたのだ」
バルドは胸を張り、豪快な笑い声を響かせる。
しかし、俺はどこか腑に落ちないものを感じていた。百名もの護衛が必要なほど危険な道のりなのか? それとも他に何か理由があるのだろうか?
俺は一抹の不安を抱えながらも、ドワーフたちと共に旅立つことにした。同行するのはシドとヒューゴだ。リリーとお腹の大きくなったシルクはオーロラハイドに残ることになった。
「ゼファーどうか気を付けて!」
リリーは心配そうに眉を寄せ、俺を見送る。
「あなた、必ず無事に戻ってきてくださいね」
シルクは両手を胸の前で重ね、優しい笑顔を浮かべている。
「ああ、心配いらんぞ、必ず無事に帰る」
俺は二人に力強く約束した。
使節団一行はドワーフたちと共にオーロラハイドを出発した。お土産として酒や食料を積んだ荷車をドワーフたちが引いていく。荷車を見たドワーフたちは目を輝かせ喜びの声を上げた。
「これは素晴らしい!」
「酒も食料もたっぷりだな!」
「しばらくは贅沢ができるぞ!」
ドワーフたちは荷車を引く足取りも軽やかだ。数日後一行は深い森の中へと入っていった。
「……あと少しでドワーフ王国ですぞ」
バルドが鼻歌まじりに言う。ドワーフの一団は任務が終わりに近いためか完全に気が抜けていた。
『ガサガサッ!』
『バサバサッ!』
木々の間から複数の影が飛び出してきた。かなり多い。これだけの数がいっさい気配も感じさせず隠れていたと言うのか?
彼女らは耳が長く緑色の民族衣装をまとっている。
「エルフだ! 応戦せよー!」
バルドがとっさに号令をかけるがやや遅かった。エルフたちは弓矢や槍を構えドワーフたちに向かって襲いかかってきた。
「……なな、何だ!?」
「ドワーフの国の近くでエルフだと? ありえない!」
ドワーフたちは不意を突かれ混乱している。
「エルフめ! くそっこんな所まで出張ってくるとは!」
バルドが叫んだ。
鋭い矢がドワーフの肩口を貫き鮮血が飛び散る。ドワーフの盾はエルフの矢の雨を浴びて蜂の巣のように穴だらけになる。
激しい戦闘が始まった。
ドワーフたちは屈強な体格と優れた武具でエルフたちに立ち向かう。しかしエルフたちは数が多く敏捷性にも優れている。その動きは機敏で剣術の心得もあるようだ。
ドワーフたちは次第に追い詰められていく。ドワーフの戦士の一人が渾身の力で斧を振り下ろす。エルフの女戦士の鎧は音を立てて裂け深々と傷が刻まれる。
「ギャー!」
エルフは悲鳴を上げそのに場に崩れ落ちる。別のドワーフがウォーハンマーを振り回しエルフの槍をへし折る。エルフは武器を失い後退を余儀なくされる。
しかしエルフの女弓兵がドワーフの隙を突いて矢を放つ。
「グワッ!」
矢はドワーフの太ももに深々と突き刺さり膝から崩れ落ちる。ドワーフとエルフ両軍の戦士たちが入り乱れて戦う。
森の中は怒号と悲鳴そして武器がぶつかり合う音で混沌と化していた。
「ぐああああ!」
ドワーフの悲鳴が森に響き渡る。エルフもまたドワーフの斧を受けて倒れた。
「きゃああああ!」
エルフの悲鳴が森に木霊する。それでも戦闘は終わらない。
「さっさと消えろ、森の化け物どもぉ!」
「死ね! 山の怪物どもー!」
ドワーフとエルフは互いに憎しみをぶつけ合い殺し合いを続ける。森の地面は両軍の血で赤く染まっていく。
俺はこれ以上見ていられなかった。
「もうやめろ! 両軍ともに武器を下せ! 俺はオーロラハイドの領主ゼファーだ!」
しかし俺の声は戦闘の音にかき消され届かない。いやもしかすると聞こえているのかも知れないが、双方共に完全に頭に血が登っていた。
「使うか!?」
(迷っている場面じゃない!)
俺は決断した。
「貴族神授領域!」
貴族の権能を解放する。青白い光が森全体を包み込む。
「なな、何? かか、体が言うことを聞かないわ!」
女性のエルフが苦しそうにあえぐ。
ドサッ、カランカラン……
ドワーフエルフ双方が武器を落とした。
「……これで終わりだ、両軍戦いを止めろ、エルフの隊長と副隊長、あとバルドは残れ、あとは家に帰るんだ……荷車は持っていっていいぞ」
俺は静かに言った。
動けるシドとヒューゴがエルフの隊長と副隊長を縄で縛る。
「俺はオーロラハイド子爵のゼファーだ、女二人とも名を名乗れ」
「わわ、私はエルフの隊長エイルだ」
「同じく副隊長のリーリアです……」
「なぜこんなことをした?」
俺は二人に尋ねた。
「なぜって? ドワーフどもが、我々の森を荒らしているからだ!」
エイルの瞳に怒りの炎が宿り、声は低く抑えられている。
「森を荒らしている?」
「ああ! やつらは木を伐採し、森の恵みを奪い、我々の聖地を汚しているのだ!」
リーリアの声も高まり、エイルに同調して拳を握りしめている。
「なるほど」
俺はドワーフたちに視線を向けた。
「バルド殿これはどういうことだ?」
「申し訳ありません、ゼファー殿、我々は森の果物や木々が欲しくて……」
バルドは見る影もなく肩を落とし、深々と頭を垂れる。
「ドワーフさえ居なくなれば山の恵みも我々の物になるのだ!」
エイルが震える声を絞り出した。
なるほど。ドワーフはエルフの豊かな森を……エルフはドワーフの持つ鉱物資源をそれぞれ狙っていたというわけか。
(これはもう、どっちもどっちだな……だが、このままって訳には……いかないよなぁ……)
思わずため息をついた。
「お前たちはどちらも悪い、これ以上争うのはやめろ、いいか、エルフの隊長と副隊長、エルフの王に告げろ、オーロラハイドで停戦と和平の会談を行う、期日は今から一か月後だ」
俺は有無を言わさず言った。
「わかった」
エイルは渋々と唇を噛みながら頷く。
「我々も承知した」
バルドもまた重い表情で同意の意を示した。
こうしてオーロラハイドはエルフとドワーフの争いに強制的に介入することになった。
ただし平和的に……だ。
「とても面白い」★五つか四つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★二つか一つを押してね!




