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ドワーフが街に来た理由

【ゼファー視点】


 祝宴の熱気が冷めやらぬ翌朝、俺は執務室でドワーフたちの代表と会合を持った。前夜の酒が少し残っているのか、ドワーフたちの多くは目の下に隈を作りながらも、不思議と元気そうだった。


 代表として名乗り出たのは、赤い髭をたくわえたバルドという名のドワーフだ。彼の肩には年季の入った斧が掛けられている。斧はよく手入れされているようで、刃の部分が輝いていた。


「こんなに大勢でオーロラハイドに来たのは、何か理由があるのか?」


 俺は単刀直入に尋ねた。前回はせいぜい十名程度だったのに、今回は三十名を超える一団がやってきた。単なる交易だけが目的とは思えない。


 バルドは分厚い指で髭をなでながら、腰を下ろした椅子の軋む音も気にせず、どっしりと構えた。


「ズバリ言おう、ゼファー殿。我らの王国は食料が不足しているのだ」


 バルドの声は低く、聞き手を引き込む力があった。


「我らが住むドワーフ王国は山の奥深くにある。鉱石は豊富で、金貨も溢れているが、耕せる土地は少ない。しかも、今年は不作だったんじゃ……」


 バルドは肩をすくめて続けた。


「いくら金貨を持っていても、腹は満たせんのだ」


 なるほど、どんなに金貨があっても食べ物がなければ生きていけない。ドワーフも人間も同じだ。生きるために必要なものは変わらない。


「それで、オーロラハイドに?」


「ああ、噂を聞いたのだ。この街なら、食料も豊富だし、ゴブリンや人間の他の街との交易も盛んだと。冬を越すには、もってこいの場所だろう?」


 バルドはニヤリと笑みを浮かべた。その表情には、計算高さとともに、率直さも感じられた。


「なるほど。つまり、冬の間はオーロラハイドで過ごし、春になったらドワーフの国に戻るということか」


「そういうことだ。王への謁見も、春になってからで構わん。むしろ、その方がありがたい」


 バルドは立ち上がり、窓の外に広がるオーロラハイドの町並みを眺めた。朝日に照らされた屋根には、うっすらと霜が降りている。冬の気配が日に日に強まっていた。


「冬の間、この街でゆっくりさせてもらいたい。春になったら、オーロラハイドで食料品をたくさん持って、かあちゃんの元へ帰るよ」


 バルドはウィンクしながら言った。彼らは単に冬を生き延びるために来たのだ。


「わかった。食料の問題なら協力できる。シドを呼んで対応を指示しよう」


 俺はシドを呼び、ドワーフたちが冬を越すための食料確保と、春に王国へ持ち帰る贈り物の手配を指示した。シドは黙って頷き、すぐに帳簿を広げて計算を始めた。




 数日後、俺は執務室でシルクと二人きりの時間を過ごしていた。彼女のお腹はまだ目に見えて大きくなっていないが、時折、無意識に手で撫でる仕草が微笑ましい。


「あなた、ドワーフたちの専用区画って作れないかしら?」


 シルクは窓から見える広場で働くドワーフたちを眺めながら言った。


「区画?」


「ええ、彼らもオーロラハイドにいる事が増えるでしょうから、住処があった方が良いでしょう? 一時的な滞在でも、きちんとした住まいがあれば、彼らも気持ちよく過ごせるし、街も整然としますわ」


 シルクの提案は理にかなっていた。確かに現状では、ドワーフたちは軍用テントや宿に分散して暮らしている。彼らのための専用区画があれば、生活も安定するだろう。


「いいアイデアだな。ただ、そうなると…」


「オーロラハイドの城壁を拡張する必要がありますわね」


 シルクは俺の言葉を先取りする。彼女の頭の中ではすでに計画が練られているようだった。


 これはなかなか大規模な工事になりそうだが、計画を聞いたドワーフたちは自ら労働力を買って出てくれた。


「我らの腕の見せ所だな!」


 ドワーフの棟梁、グロインが力強く叫んだ。彼の腕には複雑な文様の刺青が彫られ、その手にはハンマーと定規が握られていた。


「我らが築いた城壁と家は長持ちするぞ。これもお世話になった恩返しだ」


 グロインの言葉に、他のドワーフたちも同意して、さっそく準備を始めた。


 こういう提案ができるあたり、シルクはやはり王族なのだなと思った。彼女の中には、生まれながらの統治者としての資質がある。




 ドワーフたちの区画作りと、城壁の拡張工事は驚くべき速さで進んだ。彼らは持ち前の技術と体力で、みるみるうちに街の景観を変えていく。


 ドワーフ区画は、石造りの頑丈な家々が立ち並び、中央には彼らの集会所も設けられた。冬が近いというのに、石材をドワーフの山から運搬している。


 城壁の拡張も順調に進む。防御施設に回す石材が不足しているため、当面は土の壁ということになった。



 ある夕方、仕事を終えた俺が執務室を出ると、廊下でリリーが待っていた。彼女は緊張した様子で、手をきつく握りしめている。


「ゼファー様、少しお時間よろしいでしょうか」


 リリーの声には、いつもの明るさがなかった。


「もちろん、どうしたんだ?」


 俺たちは庭を散歩しながら話すことにした。紅葉した葉が風に舞い、二人の足元に舞い落ちる。


「シルク様は、もう、ゼファー様の子供を身ごもられたのですね……」


 リリーはそう呟くと、少し俯いた。彼女の表情には、羨望と諦めが混じっている。


「私も、ゼファーの子供を産みたい……!」


 彼女は突然、俺の腕にしがみついた。その手は震えていた。


「リリー…」


「ゼファー……いいからアタシを、抱いて……」


 リリーは懇願するような瞳で、俺を見つめた。その目には決意と不安が交錯している。


 リリーはシルクよりも若く、その情熱は時に激しい。彼女の気持ちを受け止めることで、新たな絆が生まれることを感じながら、俺は彼女を優しく抱きしめた。




 俺は日々の政務もこなさなければならない。そんなこともあって、毎日疲れていた。


 ある肌寒い日、オーロラハイドの南門から見慣れない一団がやってきた。十人ほどの若い女性たちだ。彼女たちは皆、美しいが、その服装はどこか華やかだ。


 俺は好奇心に駆られて、彼女たちに声をかけた。


「君たち旅の人? もしかしてオーロラハイドに仕事を探しに来たのかな?」


 女性たちは互いに顔を見合わせると、一人が前に出てきた。彼女の髪は金色で、瞳は深い緑色をしていた。


「はい、私たちは旅の者です。この街に仕事を探しに参りました」


 女性の声は柔らかいが、どこか緊張している様子だった。


「仕事? どんな仕事を探しているんだい?」


「私たちは……あの……その……」


 女性たちは顔を赤らめ、言葉を濁す。彼女たちの様子から、何か言いづらいことがあるのだろうと察した。


「もし、差し支えなければ、教えていただけませんか?」


 俺はできるだけ優しく尋ねたつもりだが、こういうことには慣れていない。ちょっと固すぎる言い方かもしれない。


「私たちは……夜の店の仕事を……探しています……」


 先ほどの金髪の女性が、声を絞り出すようにして言った。


「夜の店?」


「は、はい……私たちは、以前、ルシエントの街で働いていたのですが……伯爵様が倒されて……仕事が、なくなってしまいました。故郷を離れるのは怖かったけど、ここが発展しているって商人さんから聞いて……」


 女性は言葉に詰まりながらも、必死に説明した。その目には不安と希望が混じり合っている。


 なるほど、彼女たちはルシエント伯爵の支配下で働いていた夜の店の女性たちなのだ。伯爵が倒されて街の秩序が変わり、彼女たちの居場所もなくなってしまったのだろう。


 俺は少し考えた。オーロラハイドにドワーフたちが滞在し、他の商人や旅人も増えている。夜の店があることで、彼らも一定の満足を得るだろうし、これらの女性たちにも新たな生活の場が提供できる。また、そこからの税収も街の財源になる。


「わかった。ドワーフの区画に、夜の店を開くことを許可しよう。ただ、あいつらハメを外すから大変かも知れないぞ?」


「うふふ、大丈夫ですわ。それも仕事ですもの!」


 彼女たちは安堵の表情を浮かべ、深々と頭を下げた。




 予想通り、夜の店「蝶の宿」は開店早々、大繁盛した。ドワーフたちは金を惜しみなく使い、ゴブリンの若者や人間の兵士たちも足繁く通った。店は常に笑い声と活気に満ちていた。


 そして、その店からかなりの額の税金が領主に支払われるようになった。当初の予想をはるかに上回る収益に、俺も驚きを隠せなかった。


「うは~! こんなに儲かるとは思わなかったぞ!」


 俺は財政報告書を見ながら、思わず笑みがこぼれた。


「でも、いいのか? 夜の店でこんなに儲けて……ウチは塩の街のはずなのに……」


 ちょっとだけ不安になった。もちろん、今でもメインの収益は塩の輸出だ。それは変わらない。しかし、こうした「副業」の収入が増えていくことで、街の性格も変わっていくのではないかと懸念があった。


 そんな俺の心配を見透かしたように、シルクが意見を述べた。


「あなた、心配ありませんわ。こういった店は王都にもあります。それにこれは、正当な報酬です」


 シルクはお腹が少し目立ち始めた体を撫でながら、穏やかに微笑んだ。


「このお金は、オーロラハイドの発展のために使われるのでしょう? それに塩にこだわるなら、さらに増産するなり品質を上げればいいじゃないですか?」


 シルクの実務的な考え方は、いつも俺を安心させる。


「ああ、シルクの言う通りだな。これからの発展のために使おう」


 オーロラハイドはまだまだ発展途上だ。春になったら子爵に与えられた平原に牧場を作る計画もある。家畜を仕入れたり、牧夫を雇ったりするのにも資金が必要だ。


 街の収入が増えることは、結果的に住民全体の幸福につながる。そう考えると、俺の心の中の迷いも少しずつ晴れていった。




 冬が深まるにつれ、オーロラハイドの拡張工事とドワーフ区画の整備も、ひと段落した。新しい城壁は街を守る盾となり、ドワーフたちの住居は冬の厳しい寒さを防ぐ。


 街の南側には新たな馬小屋も建設され、春からの牧場経営に備えて準備が進んでいる。塩の村の塩田は今も変わらず街の生命線だが、オーロラハイドの経済は着実に多角化していた。


 窓の外では、粉雪がひらひらと舞い落ちている。北国オーロラハイドの長い冬が始まったのだ。


 暖炉の炎を見つめながら、俺は思った。この冬を越え、春が来れば、さらに新しい挑戦が待っている。ドワーフ王への謁見、牧場の開拓、そしてシルクが出産を迎える。


 生まれてくる子供のために、より良い街を築いていかなければならない。


 俺は白い吐息を漏らしながら、冬の夜空を見上げた。星々が冷たく輝いている。長い冬の間に、次の一歩への準備を整えようと、静かに決意した。


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