表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
交易路の守護者!~理想の国づくりと貿易で無双したいと思います~  作者: 塩野さち
第一章 勃興

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/171

【ゼファー視点】


 王都からの帰路、馬車の窓から眺める景色が徐々に見慣れたものへと変わっていく。そして遂に、オーロラハイドの城門が見えた瞬間、胸の内に安堵が広がった。


 馬車が城門をくぐると、噂を聞きつけた住民たちが大勢集まって出迎えてくれる。彼らの表情は明るい。


 人間の商人や農民たち、緑の肌を持つゴブリン一家……



 屋敷へ着き、馬車から降りると、シルクが静かに寄ってきた。その表情には、普段の落ち着きとは違う、どこか輝くような何かがあった。


「おかえりなさいませ、ゼファー様!」


 シルクが俺に抱きつく。リリーはどうやら今回は遠慮しているらしい。


「ただいま、シルク。皆も元気そうで何よりだ」


 俺は周囲の住民たちに手を振りながら、シルクの頭を優しく撫でた。シルクはその手の感触に顔を赤らめ、少し俯いた。


「ゼファー様、お話があるのですが……少し人目を避けたところで」


 シルクの声には、照れと同時に何か特別なものを伝えたいという切迫感が混じっていた。


「ああ、わかった。執務室に行こうか」


 執務室に着くと、シルクは扉をそっと閉め、深呼吸をした。


「実は……わたくし、懐妊いたしました……」


 シルクは小さな声でそう告げると、俯き加減に俺の反応を窺った。その瞳には不安と期待が交錯している。


「え?」


 俺は一瞬、何が何だか分からず言葉を失った。しかし、すぐにシルクの言葉の意味を理解し、胸が熱くなるのを感じた。


「本当か、シルク?」


 俺はシルクの肩に手を置き、彼女の目を真っ直ぐに見つめた。シルクは潤んだ瞳で頷き、柔らかな微笑みを浮かべる。


「はい……間違いないと言われました……それに、朝の体調も優れなくて……」


 彼女の言葉に、様々な感情が込み上げてきた。喜び、驚き、そして責任の重さ。父になるという現実に、言葉にならない感動が押し寄せた。


「そうか……そうか……」


 俺はシルクを優しく抱きしめ、彼女の髪に顔を埋めた。シルクも俺の胸にもたれかかり、安堵のため息をついた。


父親か(ちちおや)……。俺が、親父(オヤジ)になるのか……)


 不思議な感覚だった。新しい命が生まれるという奇跡に、畏怖すら感じた。




 シルクの懐妊の話は、まるで風のように早く広がり、すぐにオーロラハイド中に知れ渡った。さらに俺が子爵に昇進し、新たに広大な平原を領地として賜ったことを発表すると、街全体がお祭りムードに包まれた。


「これは祝わねばなりませんな!」


 ヒューゴが大きな声で叫ぶと、周囲から歓声が上がる。


「ゼファー様、おめでとうございます!」

「領主様に乾杯!」

「わーい、お祭りだ!」


 住民たちは口々に喜びの声を上げ、通りは歓声で溢れた。子爵となった領主と、その子を身ごもった妻の祝賀を、皆が心から望んでいた。


「では、今夜は宴会ですな!」


 ヒューゴの提案は満場一致で受け入れられた。普段は節約を説くシドでさえ、今日ばかりは笑顔で頷いている。


「……フッ、宴には宴の儲け方がある。酒や食材が出れば儲かるヤツらも出てくる。悪いことばかりではない」


 シドなりに宴を肯定してくれた。彼もまた、この街の成長を心から喜んでいるのだろう。


 季節はすでに秋の深まりを見せ、夕暮れの空気は冷たさを帯びていた。しかし、広場に集まった人々の熱気は、秋の寒さを払うには十分だった。


 広場には屋台がずらりと並び、この日ばかりは無料の酒や、季節のキノコや山菜の料理が振る舞われた。領主ゼファーのおごりということで、住民の皆は遠慮がなかった。かがり火が広場の四隅に灯され、夜の闇を温かな光で包む。


 シルクは俺の隣にいて、少し羨ましそうに酒を飲む人々を眺めていた。


「私は妊娠してるから飲めないのよね~」


 シルクはそう言いながらも、その表情は晴れやかで幸せに満ちていた。彼女の手は自然と腹に添えられ、まだ見えない膨らみを愛おしむように撫でている。


「代わりに美味しいものをいっぱい食べるといい。体が丈夫じゃないと、子供も育たないと思うぞ?」


 俺がそう言うと、シルクは嬉しそうに頷いた。




 心配していた宿屋は、すでにあらかた完成していた。木造二階建ての簡素ながらも頑丈な建物で、「旅人の憩い亭」と名付けられていた。


「なかなか良い名前だろう? 俺が考えたんだ」


 ヒューゴが自慢げに胸を張ると、シドが小さくため息をついた。


「……建築費は予算内に収まったか?」


「もちろんですとも! 多少の予備費は残してあります」


 宿屋はすでに行商人たちに利用されており、彼らも今夜の祝宴に加わっていた。異国の酒や珍しい食材を提供する者もいて、宴はさらに賑わいを増した。


 せっかくの祭りなので、ゴブリン王のグリーングラスも招くことにした。街に住み着いていた元ゴブリン司令官のゴファーが、グリーングラス王のいる森へ使者として走っていった。


 日が傾き始めた頃、グリーングラスが護衛を連れてオーロラハイドに到着した。彼は立派な体格のイノシシを肩に背負っていた。


「ほら、土産だぞ。宴だと聞いたからな。手ぶらというわけにもいくまい」


 グリーングラスが地面にドサッとイノシシを下ろすと、周囲から歓声が上がった。


「ありがとう、グリーングラス王。このイノシシで祭りの料理がさらに豪華になるな」


 俺は笑顔でゴブリン王に感謝を伝えた。グリーングラスも満足げに頷くと、側近たちと共に宴の席へと向かった。


 イノシシはすぐさま解体され、水にさらして血を抜く。炭火でじっくりと焼かれる香ばしい匂いが広場を包み始めた。




 宴の開始を宣言しようとした矢先、西門から一人の衛兵が駆け寄ってきた。


「領主様! 大勢のドワーフたちが西門に到着しました!」


「ドワーフ? 何人くらいだ?」


「三十名ほどです。前回の交易の約束だと言っています」


 俺は額に手を当てて考え込んだ。前回来たドワーフは十名ほどで、その規模に合わせて宿屋を建てたはずだった。三十名ものドワーフが来るとは想定外だった。


「わかった。すぐに迎えに行こう」


 宿泊施設の問題は一旦置いて、俺は西門へと急いだ。そこには確かに、三十名ほどのドワーフたちが立っていた。彼らは人力で荷車を引き、様々な品物を積んでいる。


 先頭に立つドワーフは、前回来訪したドヴァリンだった。彼は俺を見つけると、大きく手を振った。


「ゼファー殿! 約束通り来たぞ! 今回は大勢で来た。我らの鉱石や鍛冶製品を、たっぷり持ってきたからな!」


 ドヴァリンは愉快そうに笑い、後ろの仲間たちを紹介し始めた。確かに彼らの荷車には、鉱石や武具、装飾品など様々な品物が積まれていた。


「ああ、ドヴァリン。こんなに大勢で来るとは思わなかった。実は宿泊施設に少し問題が……」


 俺が困った表情で説明すると、ドヴァリンは豪快に笑った。


「心配するな! 我らドワーフは石の上でも眠れるぞ! それに酒があれば、どこでも宿になる!」


 彼の明るさに救われつつも、やはり対応を考えなければならない。


「広場の一角に軍用テントを張ろう。今夜は街を挙げての祝宴だ。皆も参加してくれ」


「祝宴だと? ますます良し! 何を祝うのだ?」


「俺が子爵に昇進したことと、妻のシルクが子供を身ごもったことだ」


「おお! おめでたい! それは祝わねばならん!」


 ドヴァリンは大声で仲間たちに伝えると、ドワーフたち全員が歓声を上げた。




 祭りの開始前に、俺はドワーフたちを集めて一席設けた。


「お前ら、今日は楽しんでくれて構わないが、セクハラだけはするなよ。もしも女の子たちに何かしたら、街への出入りを禁止するからな」


 俺はできるだけ厳しい表情で言った。前回の来訪時、酔ったドワーフたちがゴブリン娘たちに絡んだ事件を思い出していた。


 ドワーフたちは少し不満そうな表情を浮かべたが、俺の真剣な眼差しに渋々頷いた。その時、グリーングラスがゆっくりと彼らに近づいた。


 ゴブリン王の威厳ある姿に、ドワーフたちの表情が一変する。がっしりとした体格と鋭い目つきのグリーングラスは、軽く見られる存在ではなかった。さすがにゴブリン王の前で、ゴブリン娘たちにセクハラする勇気は湧かないようだ。


「ドワーフの皆、私の民を敬うようお願いする」


 グリーングラスは低い声でそう言うと、ドワーフたちは一様に頷いた。


「今度、何かあったら、グリーングラス王に言いつけるからな」


 俺は念を押すように言った。グリーングラス王も真剣な表情で頷く。ドワーフたちは少しションボリしていたが、宴が始まり酒が入るとたちまち元気を取り戻した。


 セクハラさえしなければ、彼らは本当に気の良い連中だった。歌や踊りが得意で、独特の山の歌を披露すると、オーロラハイドの住民たちも手拍子で応えた。




 宴も盛り上がりを見せる中、リリーはハイペースで飲んでいた。通常なら仕事熱心で、飲んでも程々にするリリーが、今日は何杯も杯を重ねていた。


「ねえ、ゼファー。もう一杯……くれる?」


 リリーの頬は紅潮し、目はうっすらと潤んでいた。彼女の様子に何か違和感を覚えた俺は、隣に座って話を聞くことにした。


「リリー、飲みすぎじゃないか? どうしたんだ?」


 リリーは俺の顔をじっと見つめると、急に涙ぐんだ。


「だって……シルクが先に……」


 彼女の言葉は不完全だったが、意味は理解できた。シルクの妊娠を知り、リリーは事実上、正妻戦争に負けてしまったと感じているのだ。


 その時、シルクが優雅に歩み寄ってきた。彼女の表情には、今日だけは特別という余裕が感じられる。


「側室で良ければ、ゼファー様の側に居ても良いのよ、リリー」


 シルクの言葉は優しかったが、その裏には揺るぎない自信があった。リリーは勢いよく杯をあおり、小さく咳き込む。


「ゼファーと先にくっついたのはアタシなのに……」


 リリーがションボリとうなだれ、俺は彼女の肩を優しく抱いた。慰めの言葉が思い浮かばず、しばらくそっとしておくことにした。


「……うぅ……アタシ、ゼファー様の子供をたくさん産んで、絶対にシルクには負けないんだから……」


 リリーはそう宣言すると、寂しそうに微笑んだ。しかし次の瞬間、顔色が急変し、「うっ」と小さな声を上げるとゲロゲロと酒を吐き出した。


「オイオイ、さすがに飲みすぎだ!」


 俺はすぐにリリーを支え、館へと連れて行った。彼女を自室のベッドに寝かせると、うるんだ瞳で俺を見上げてきた。


「ゼファー……」


 リリーの吐息が近づいてくる。酒の匂いが混じる吐息と、涙に濡れた頬。いい雰囲気とも言えるが、さすがに今のリリーに口づけをする気にはなれなかった。


「ゆっくり休め、リリー。明日また話そう」


 俺はそっと彼女の額に触れ、部屋を後にした。




 広場に戻ると、宴は最高潮に達していた。焚火を囲んで人々が踊り、ドワーフたちの太鼓の音が夜空に響く。ゴブリンと人間が肩を組み、ドワーフの歌に合わせて踊る。


 グリーングラスはいつの間にか丸太の上に座り、若いゴブリンたちに戦の話をしていた。彼らは目を輝かせて王の話に聞き入っている。


 シルクは少し離れた場所で、数人のゴブリン女性たちと赤ちゃんの話をしていた。彼女の表情は穏やかで、時折腹に手を当てる仕草が柔らかい。


 酒と料理が尽きると、宴は自然と解散となった。名残惜しそうに別れを告げる住民たち、軍用テントに向かうドワーフたちを見送りながら、俺は充実感に満たされていた。


 そんな時、一人の年配のドワーフが俺に近づいてきた。彼は白い長い髭を蓄え、目元には深いしわがあった。


「そういえば、ゼファー殿。ドワーフ王が、あなたに会いたがっているそうだ。ほら、招待状だ」


 ドワーフの長老は、金色の封蝋で封じられた手紙を俺に手渡した。俺はその重みに、次の冒険の予感を覚えた。


「ドワーフ王からの招待……」


 俺は手紙を眺めながら、深いため息をついた。これから生まれてくる子供のことも考えなければならないというのに、また旅に出るのか。だが同時に、ドワーフとの関係強化は、オーロラハイドにとって大きな意味を持つだろう。


 静かに星を見上げると、一筋の流れ星が夜空を横切った。新しい命の誕生と、新たな冒険への予感。この夜の祝宴は、俺の人生の大きな節目を象徴していた。


 こうして、俺の次の行先が決まってしまった。


「とても面白い」★五つか四つを押してね!

「普通かなぁ?」★三つを押してね!

「あまりかな?」★二つか一つを押してね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ