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褒美

【ゼファー視点】


 ルシエント伯爵領侵攻から数か月が経った。


 季節はそろそろ秋の気配を感じさせ始め、木々の葉は徐々に色づき始めていた。オーロラハイドの街並みは、以前にも増して活気に満ち溢れている。


 人々の顔には笑顔が絶えず、日に日に住民は増えていく。朝市では活気ある掛け声が飛び交い、子供たちは安心して通りを駆け回っていた。


「えーっと、シルク。今、オーロラハイドの人口ってどれくらいなの?」


 俺は執務室の窓から街を眺めながら尋ねた。シルクは几帳面に記録された帳簿を開き、指でなぞりながら答える。


「はい、あなた。オーロラハイドが五千人、塩の村が約五百人ですわ」


「増えたなぁ~。確か前に聞いた時はオーロラハイドが二千人だったもんな」


 俺は感慨深く空を見上げた。ここまで来るのに、様々な困難があった。でもその全てが今の繁栄につながっている。


(警備隊の仕事も増えるだろう。あとで増員してやるか……)


 そんな考えに耽っていた矢先、王都ヴェリシアから急な使者が到着した。エドワード陛下から、直々に褒美を与えたいとのことだった。


「王都への出発準備をしないと」


 俺が慌ただしく動き始めると、シルクとリリーの間で同行の件で言い争いが始まった。


「わたくしがゼファー様のお側に」とシルクが言えば、「いや、わたしが行くわ」とリリーが食い下がる。二人は互いをにらみ合い、気温が下がったかのような冷たい空気が流れた。


「ちょっと、二人とも落ち着いて!」


 俺が間に入ると、最終的にシルクが深いため息をついて折れた。


「分かりました。私は、妻としてこの地を守ります。 妻 と し て !」


 シルクは「妻」という言葉を強く言う。対するリリーは勝ち誇った表情を浮かべていた。


(この二人、俺を取り合うんだよなぁ。そろそろどちらが第一夫人とか決めた方がいいのかなぁ……)


 正直なところ、そんな決断をする勇気はまだ持てずにいる。




 王都への旅路は、シドとリリーを伴っての小さな一行だった。王様へのお土産として、ドワーフの金貨をいくつか大事に持ち、馬車で王都を目指した。


 道中はのんびりとしたもので、思いのほかトラブルはなかった。以前、山賊に襲われた場所でさえ、今は平和に鳥のさえずりだけが聞こえる。


 途中、ルシエントの街にも立ち寄った。かつて暗い影に覆われていたこの街は、今や見違えるほど復興が進んでいた。建物の修繕が進み、市場には活気が戻り、人々の表情も明るい。


「……ふむ、やはり統治者が変わると違うな」


 シドが馬車の窓から街を眺めながら呟いた。


「そうだな、ルシエントは王の直轄地だもんな。繁栄もするさ」


 俺はそう答えながらも、胸に小さな誇りを感じていた。




 王都ヴェリシアは、いつ訪れても圧倒的な壮麗さを放っていた。高い城壁と石畳の通り、立ち並ぶ瀟洒な建物、街のあちこちに設置された噴水と庭園。オーロラハイドとは比べものにならない規模と美しさだ。


 王宮へと案内されると、玉座の間でエドワード陛下が待っていた。陛下は笑顔で俺たちを迎え入れた。背筋を伸ばし威厳に満ちた姿だが、目には優しさも宿している。


「ゼファー卿、よくぞ参られた」


「謁見を賜り、ありがとうございます、陛下」


 俺は膝をつき、国王陛下に向かって、深々と頭を下げた。リリーとシドも同様に礼をとる。


「ゼファー卿、そなたの功績は、誠に偉大であった。ルシエント伯爵を討伐し、領民を救ったそなたは、真の英雄である」


 国王陛下は、俺を称賛した。その声には真摯な感謝の響きがあった。


「ありがとうございます陛下。ですが私は、ただ自分のなすべきことをなしたまでです」


(だって途中で敵軍はみんな降伏したし、ルシエント伯爵の権能を封じたのも陛下だし……)


「謙遜するでない。そなたの功績は、この国にとって計り知れないものがある。そこで、余はそなたに、褒美を与えたいと思う」


 国王陛下はそう言うと、側近から受け取った巻物を俺に差し出した。それは金の紐で結ばれた爵位証書だった。


「ゼファー卿、そなたを子爵に陞爵する」


「俺を、子爵に?」


 正直、驚きを隠せなかった。男爵から子爵への昇進は、決して簡単なことではない。通常であれば数世代かけて徐々に上がっていくものだ。


「うむ。さらに、ルシエント伯爵領の一部を与えよう。ついてまいれ」


 俺たちは、陛下を先頭に廊下を進んだ。窓からは宮殿の美しい中庭が見える。




 会議室へ着くと、エドワード陛下は大きな地図を広げた。それからゆっくりと首を回し、肩を叩きながら緊張をほぐすような仕草をした。


「ふぅ~、謁見は堅苦しいな。ここには他の者はおらん、気楽にせよ」


 陛下の人間味のある一面に、場の空気が少し和らいだ。


「さて、どこが欲しいか? 好きなところをやるぞ。さすがにルシエントの街はやれんがな」


 国王は豪快に『ガッハッハ』と笑った。その笑い声は部屋中に響き、どこか親しみを感じさせる。


 俺とシドとリリーは地図を囲んで見つめた。広がる地図には、フェリカ王国の詳細な地形と領地が記されている。


「シド、遠くに領地をもらっても管理に困るよな」


「……はい、左様です閣下。そうなると、あまり選択肢は多くありません」


 シドは王国地図を熟知しているようで、目を細めて細部まで見入っていた。


「ねえ、ここがいいんじゃない?」


 リリーが指さしたのは、ルシエントの街とオーロラハイドの中間に位置する広大な平原だった。


「ほう、そこは確か平原じゃな」


 陛下も地図を凝視して頷いた。


「しかし陛下、この平原は、何もありません。こんな土地をいただいて、どうすれば……」


 俺は戸惑いを隠せなかった。平原といえば確かに広いが、特に目立った資源もなく、町もない。


(リリーちゃん、適当に指さしちゃダメッ!)


 内心で焦りながらも、表情を取り繕う。そんな俺の様子を見て、シドが静かに口を開いた。


「……ほう。確かに、この平原は一見何もないように見えるかもしれん」


 シドの口調に、何か重要なことを言いたげな雰囲気を感じた。


(シドが何か語りたいようだな)


「……ゼファー閣下、草も立派な資源だ。ここに、牧場や農場を作れば、食料の自給自足が可能になる……」


 シドの言葉に、俺は手をポンと打った。確かにその通りだ。この平原は牧場や農場を作るのに最適な場所だ。そろそろ塩以外の物にも力を入れなければならない。


「……なるほど。シド殿の言う通りだな」


 エドワード陛下は満足げに頷いた。その表情には、シドの見識の深さに対する評価も混じっているようだった。


「ゼファー卿、この平原を有効活用してくれ。王国の北部における食料供給と交易の要となれば、さらなる繁栄をもたらすだろう」


「はい、陛下。必ずやこの平原を、オーロラハイドの繁栄と王国の発展のために活用させていただきます」


 俺は国王陛下に、改めて深々と頭を下げた。胸の内には、新たな挑戦への期待と不安が入り混じっていた。




「ところで陛下、ささやかなお礼ですがお土産がございます」


 形式的な話が一段落したところで、俺は持参したものを差し出した。


「ほう? 土産とな?」


 陛下の目が好奇心で輝いた。


 俺は懐から取り出したドワーフの金貨を、恭しく献上した。以前オーロラハイドに来たドワーフたちからもらった物だ。


「陛下、これは感謝の気持ちです。どうか、お受け取りください」


「……これは?」


 陛下はドワーフの金貨を手に取り、目を丸くした。その重みと輝きに、明らかに驚いている様子だった。


「これはドワーフの金貨です。先日オーロラハイドに、ドワーフの使者がやってまいりまして……」


 俺は陛下に、ドワーフたちとの出会いや交流の様子を詳しく説明した。彼らの文化や技術力の高さ、そして交易の可能性について語った。


「……なるほど。お主、ドワーフとも国交を開いたのか?」


 国王陛下の表情には、驚きと共に深い関心が浮かんでいた。


「いえ、まだ個別の交易ですが……」


 俺は少し言葉を濁した。正式な国交というには、まだ始まったばかりの関係だからだ。


(しまった、国の外交ってのは外務大臣だかナンだかを通さないといけないんたっけ? は~しんどい)


 国政のルールについては、まだ十分に把握していない部分が多い。失礼があったかと内心焦る。


「ゼファー卿、そなたはいずれ、ドワーフとも正式な国交を結ぶことになるだろう。貴殿は、この国にとってさらに重要な存在となる」


 エドワード陛下は真剣な表情で、俺の肩に手を置いた。その言葉には、単なる称賛を超えた、国の将来を見据えた重みがあった。


「……はい、陛下」


 俺は国王陛下の言葉に、身が引き締まる思いだった。単なる一領主ではなく、王国の外交にも関わる立場になるということだ。責任の重さを感じると同時に、新たな可能性にも心が躍る。




 オーロラハイドへの帰路につく頃には、既に日が暮れ始めていた。馬車の中で、リリーは王都での出来事に興奮して話し続けていたが、やがて揺られるうちに眠りについた。シドもまた、目を閉じて休息を取っている。


 窓の外に広がる夕暮れの風景を眺めながら、俺は様々な思いを巡らせていた。子爵への昇進、新たな領地、そしてドワーフとの関係。全てが新しい責任と可能性を意味している。


(オーロラハイドに戻る頃には、ドワーフたちも来ているはずだ。宿泊施設も完成する頃だろう)


 前回はドワーフたちの陽気な騒ぎに多少手を焼いたが、今回はきちんと受け入れる準備がある。立派な宿屋でなくてもいい。簡素なもので構わないと、ヒューゴには指示を出してある。


(オーロラハイド、塩の村、そしてこの新しい平原……)


 広がる領地を思い描きながら、俺は静かに微笑んだ。これからの道のりは険しいかもしれないが、これまでの経験を活かして、必ずや成功させてみせる。


 そんな決意を胸に、俺たちの馬車はオーロラハイドへと走り続けた。落ち始めた夕日が、前方の道を黄金色に染めていた。


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