ドワーフたちの来訪
【ゼファー視点】
オーロラハイドに、また新たな風が吹き込む予感がした。
西門から入ってきたのは、たくましい体格と長い髭を誇る十人のドワーフたち。彼らの目には、人間とゴブリンが並んで歩く町の光景が映り、驚きと好奇心が浮かんでいた。
「本当にゴブリンと人間が共に暮らしているのか!」
リーダー格らしきドワーフが声を上げると、仲間たちも口々に感嘆の声を上げた。彼らの目はきらきらと輝き、この珍しい光景に魅了されている様子だ。
俺は彼らの様子を見ながら、ため息をついた。
(あのドワーフたち、大人しくしてくれるといいけど……)
噂によれば、ドワーフたちは酒好きで陽気な種族。お祭り騒ぎが始まるかもしれないと警戒しつつも、オーロラハイドの交易を考えると良い機会でもあると思えた。
予想通り、ドワーフたちは料理の香りに誘われるように『輝きのゴブリン亭』へと足を運んだ。店内に入ると、彼らは興味津々な様子で人間の酒を注文し、ゴブリンの料理に舌鼓を打ち始めた。
「これは旨い!」
「人間の酒とゴブリンの料理、こんな組み合わせは初めてだ!」
看板娘のグリータは、小柄で愛らしい顔立ちと緑色の肌、大きな瞳が特徴的なゴブリン娘だ。彼女の明るい笑顔は、ドワーフたちの心をすぐに掴んだようだった。
もう一人のゴブリン娘リーザは、グリータとは対照的に長身で落ち着いた雰囲気を持つ。長い黒髪と切れ長の目は神秘的な印象を与え、物静かな彼女の所作にドワーフたちは時折見惚れていた。
厨房からは、赤いエプロンと白いコック帽を身につけた小柄でふくよかな体型のゴブリン娘、メイベルが顔を出す。そばかすが散る彼女の笑顔は、店の雰囲気をより温かいものにしていた。
三人のゴブリン娘たちは、ドワーフたちと文化や習慣について会話を交わし、彼らの質問に笑顔で答えていた。初めは穏やかだった雰囲気だったが、酒が進むにつれて……
「へへっ、ゴブリンのお嬢ちゃん、なかなか愛らしいじゃないか」
一人のドワーフがグリータの腰に手を伸ばそうとした。
「お客様、それはご遠慮ください」
グリータは丁寧に、しかし毅然とした態度でドワーフの手を避けた。
「おっと、すまない」
一瞬気まずい空気が流れたが、俺がドワーフたちに視線を送ると、リーダー格のドワーフがすぐに部下を制した。
「礼儀を忘れるな。ここは私たちの山とは違うんだ」
それでも酒の勢いは止まらず、ドワーフたちは次第に大きな声で歌い、踊り始める。ゴブリン亭は彼らの笑い声と歌声で賑わった。彼らの陽気さは他の客たちにも伝染し、店内は活気に満ちていた。
やがて深夜になり、ドワーフたちは酔いつぶれて店内で眠りこけてしまった。
「……仕方ない」
俺はため息をつきながら、衛兵に彼らを見守るよう頼んだ。
翌朝、俺は心配でゴブリン亭に顔を出した。ドワーフたちはちょうど目を覚ましたところで、頭を抱えながら周囲を見回していた。
「ううっ……ここは?」
「そうだ、あのゴブリン亭だ」
「昨夜は飲みすぎたな」
彼らの間で会話が交わされる中、グリータが笑顔で近づいてきた。
「おはようございます。昨夜はありがとうございました」
グリータは深々と頭を下げる。
「ああ、おはよう、グリータちゃん。昨夜は楽しませてもらったよ」
「この店、また来るぜ」
ドワーフたちは、二日酔いの頭を抱えながらも、グリータに笑顔で応えた。その態度には昨夜の粗暴さは見られない。
(なるほど……これがプロの看板娘か)
彼女は単なる可愛らしさだけでなく、様々な客を扱う術を心得ているのだろう。
ドワーフたちが店を出る際、リーダー格のドワーフがテーブルに大きな金貨を一枚置いていった。グリータはそれを大事そうに持って私のところへ来た。
「領主様、人間のお金と交換していただけませんか」
「ああ、わかった。あとで両替して持ってくるよ」
ドワーフの金貨は、フェリカ王国の金貨と比べてかなり大きい。表面には精巧な王冠の意匠が刻まれ、縁取りの細工も見事だった。
(フェリカの金貨はエドワード王の横顔が刻まれているけど、作りが雑なせいであまり似てないんだよな...)
私は金貨を持って、急いでシドのもとへ向かった。
「……これはドワーフの金貨だな」
シドは金貨を光に透かして見ながら言った。
「ドワーフの金貨? 特別なものなのか?」
「……ああ。ドワーフ王国では、この大きさの金貨が通貨として使われている。純度も高く、フェリカ金貨の二倍の価値があるだろう」
「二倍?!」
そんな貴重なものを置いていくとはな。一瞬返そうかとも思ったが、昨夜の騒ぎのことを思い出し、このまま受け取ることにした。
俺は領主の館へ戻ると、街を散策していたドワーフたちに使者を出して、来るよう伝えた。
「領主様、ワシはドヴァリンと申します」
ドワーフのリーダーが恭しく頭を下げた。鍛冶仕事をしているのだろうか? 鍛え抜かれた腕が、彼の経験を物語っている。
「領主のゼファー・オーロラハイド男爵だ。ようこそ、我が町へ」
私は彼らと固く握手を交わした。
「昨夜は店で騒いでしまい、申し訳ありませんでした」
ドヴァリンは誠実な面持ちで謝罪した。
「ああ、それについては金貨で十分だ。それより、どうしてここを訪れたのか聞かせてもらえないか?」
「ワシらは鉱山で鉱石を掘るのが得意での。この街には食料を求めて来たんじゃ」
ドヴァリンの言葉に、ある考えが浮かんだ。
「なあ、ドワーフの皆さんとうちの町で交易をしないか?」
「え? それは有難い申し出ですが...」
横を見ると、シドが静かに頷いている。彼も同じことを考えていたようだ。
「わかった。喜んで交易させていただこう。一ヶ月後に仲間を連れて戻ってくるつもりだが、それでよいだろうか?」
「ぜひ待っている。準備をしておくよ」
俺はドワーフたち一人一人と再び握手を交わし、西門まで見送った。彼らの姿が遠ざかると、シドが近づいてきた。
「……ゼファー、良い判断だ。ドワーフたちとの交易はカネになるだろう……」
「ああ。しかし、次に彼らが来たときは、酒場だけでなく宿泊できる場所も必要だな」
俺は宿屋の建設計画を頭に描き始めた。簡素なもので良いから、早急に宿泊施設を用意する必要がある。建築はヒューゴに任せることにして、簡単な指示だけを出しておいた。
オーロラハイドの発展は、まだ始まったばかりだ。人間とゴブリン、そして今度はドワーフも加わる。
(この出会いは発展につながる……次は何が起こるだろうな)
俺は夕焼け空を見上げ、静かに微笑んだ。
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