教皇会議(女神を添えて)
【レオン教皇17歳視点】
『リベルタス歴18年、フェリカ歴146年 11月21日 昼すぎ』
僕たちリバーフォード村こと、教皇領のみんながヤキトリの準備にてんやわんやしていると、南の街道から猛烈な勢いで土煙が近づいてくるのが見えた。
予想通り、フェリカのガウェイン将軍がチャリオットで爆走してきた。そこへ、今度は東の街道から、グラナリアのルーロフ将軍が、これまた予想通りというか、なんというか、絶妙なタイミングではちあわせてしまったのだ。
「キサマッ! このガウェインの老いぼれめっ! 今日こそ冥途へ送ってやるわっ!」
狼の毛皮をまとったルーロフ将軍が、鞘から抜き放った短剣を左右の手に一本ずつ握りしめる。その動きは俊敏で、野生の獣を思わせた。彼は馬から飛び降りる勢いそのままに、ガウェイン将軍へと襲い掛かった。
「おうっ、そのナマっちょろい腕で俺を斬れるのかぁ? ルーロフ!」
ガウェイン将軍の全身の筋肉が、まるで生き物のように怒張し、その巨躯が淡い青白い権能の炎に包まれた。金剛の権能、鉄壁の守りだ。
(そうか、フェリカとグラナリアは国境紛争で長年争っていたんだ! くっ、止めよう……!)
「はいっ、両者そこまでっ!」
僕は、二人の間に割って入るように鋭く声を上げ、アウローラさんの手紙にあった奥の手……治癒の権能の力を『リバース』させた。癒しの力を与えるのではなく、逆に生命力を抜き取る荒業だ。
「はうあっ!?」
ルーロフ将軍の俊敏な動きが、まるでスローモーションのように鈍くなり、その体がしぼんだかのように地面へ落ちると、力なく四つん這いになった。
「ふぬうっ……!」
ガウェイン将軍の鋼のような筋肉も、まるで空気が抜けたようにシナシナとしぼんでいく。あれほど強靭だったはずの権能の炎も、かき消すように消え失せてしまった。やがて、彼はチャリオットの上でぐったりとしてしまった。
「仲良くするなら、ヤキトリをあげるよ。食べれば回復するよ? どうする?」
僕が少し意地悪く尋ねると、二人の将軍は力なく頷いた。
「はい、いただきます……」
「おぅ、分かった……もらうぜぇ……」
毛皮のコートを羽織ったファリーナちゃんが、ずいと前に出て、情けない姿の二人に指をさした。
「おぬしら、レオンをなめすぎじゃぞ! 仮にも教皇じゃ!」
その後、ガウェイン将軍とルーロフ将軍は、兵士たちに肩を借りながら、よろよろと立ち上がると、広場に用意された席に着いた。ニコニコしている村人や猫人たちに囲まれ、差し出されたヤキトリを口にする。
「うんめぇなコレ! 酒もっ! なかなかだ!」
ガウェイン将軍は、先ほどまでの威勢を取り戻したのか、ヤキトリを何本も頬張り、エールを水のように飲み干していく。一体何羽分の鶏を食べるつもりなんだろう……。
「そうです! なかなかイケます!」
ルーロフ将軍もすっかりご機嫌のようだ。ヤキトリがよほど気に入ったのか、彼の前にはあっという間に串の山ができていた。
「うーん、これじゃ会議って感じじゃないね。じゃ結論だけ言うね! ここにいるみんなは仲良し! 異論のある人はいないと思うけど、これでいいかな!」
「「「意義無し!」」」
僕の提案に、なぜかその場にいた全員が、大きな声でそう賛同してくれた。こうして、リバーフォード村で開かれた初の国際会議……後に『リバーフォードのヤキトリ会議』と呼ばれることになるかもしれないそれは、こうして和やかに(?)幕を下ろしたのだった。
あとで、ガウェイン将軍からヘンリー新王の結婚の件について詳しい話を聞き、オーロラ教皇として、その婚礼を祝福することを承諾した。
もちろん、グラナリアのルーロフ将軍が持ってきてくれた、友好の証である大量の小麦も、ありがたく頂戴した。
熱砂の姫君ファリーナちゃん、西方からの旅人カルメラさん、元王宮メイドのステラちゃん、猫耳少女ファニルちゃんも、美味しいヤキトリと賑やかな雰囲気に、ニコニコと満面の笑みを浮かべている。
僕はこの幸せな日々が、一日でも長く続くことをただただ祈った。
しかし、祈るとは言っても、僕はかの女神様の正体を知っている。
(いっつも男の人を追っかけて、お酒ばかり飲んでいるアウローラさんに祈っても、この祈りはちゃんと届くのかなぁ……?)
それでも僕は、秋晴れの空に向かって、一応、真摯に祈ったのだった。
【アウローラ????歳視点】
『リベルタス歴18年、フェリカ歴146年 11月21日 昼すぎ』
私はゾクゾクしていた。
ああ、愛しいレオンくんからの純粋な祈りが、今、確かにこのわたくしに流れ込んでくる……。
思わず背中の翼が疼き、バサバサと大きく動いてしまう。この感覚、たまらない。純粋な信仰、純粋な祈り……なんて甘美な響き……。ああ、気持ちいい……まさに快感ッ……。
オーロラハイドの神殿奥深く、わたくし専用の薄暗い部屋の中。目の前に置かれた大きな水晶球には、リバーフォード村でヤキトリを頬張るレオンくんの姿が鮮明に映し出されていた。
(もう、たまらないわ、レオンくん。熟した果実のように瑞々しくて……ああ、いますぐにでも食べちゃいたい……)
思わず股間へと手を伸ばそうとした、その時。静かに部屋のドアが開かれた。
「アウローラお姉さま。何をされているの? あら、また水晶球でノゾキですか? 本当に悪趣味ですね」
呆れたような声と共に、ユリアが姿を現した。彼女の背中にも、清らかな天使の羽が淡く輝いている。
「ふふっ、ユリアこそ、カイルくんとはうまくいっているのぉ?」
「アタシたちは純粋に愛し合っているんです。お姉さまのような不純な動機とは違います! あと、わたくしたちの初夜をのぞいていたでしょう! あれ、本当にやめてください!」
「も~、それはこの前謝ったじゃな~い!」
「それで、歴史はどう動いたのです? レオン様の力で、何か大きな変化が?」
ユリアが真面目な顔で尋ねてくる。
「ふふっ、すごいわよ、ユリア! リバーフォード村で、なんと国際会議が開かれたの! 参加した本人たちは、それがどれほど重要なことか、まったく自覚はないみたいだけど、これは間違いなく歴史に残る出来事よ!」
「ねえ、アウローラお姉さま。ゼファー様が亡くなられてから、ずっとオカシいんじゃないかしら? もう、そろそろふっきれたらどうです?」
ユリアの言葉に、わたくしは少しだけ遠い目をする。
「そうねぇ~~~。でも、せめて、カイルとレオンの代くらいは見届けさせてほしいわぁ。あの子たちの成長を見守るのが、今のわたくしのささやかな楽しみなんですもの」
「……分かりました。では、わたくしは、これからカイル皇帝のところへ行ってまいりますねっ♪」
ユリアが天使の羽を優雅に揺らしながら退出していくと、部屋には再びわたくし一人が残った。
水晶球の柔らかな光が、レオンくんや、その隣で無邪気に笑う熱砂の姫君の姿を映し出している。
「そうね……次は、いつの時代に生まれようかしら……」
せめて、カイルとレオン、あの愛すべき兄弟の行く末だけは、この目で見届けるつもりよ。
それが、今は亡きゼファー……彼との、最後の約束なのだから……。
私は静かに目を閉じると、そっと女神の羽をしまった。
【第五章 フェリカ王国動乱編 完 ・ 次章はアウローラの気分次第……】
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