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交易路の守護者!~理想の国づくりと貿易で無双したいと思います~  作者: 塩野さち
第一章 勃興

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輝きのゴブリン亭

【ゼファー視点】


 オーロラハイドの朝は、いつもより賑やかだった。


 王都からシルクを迎えて一月。領主の館には新しい風が吹いていた。朝食の席に向かうと、シルクはすでに厨房で料理人たちと何やら談笑している。


「おはよう、シルク」


 声をかけると、彼女は振り返って微笑んだ。皇族の衣装ではなく、地味な麻の服に袖を通し、髪も簡素に結い上げていた。


「ゼファー、おはよう。この街の料理について教えてもらっていたの」


 王都育ちの彼女に不足はないだろうかと心配したが、彼女は驚くほど順応力があった。慣れない環境に投げ込まれても、常に笑顔を絶やさず、領民と積極的に交流している。


 朝食はリリーも加わり、三人で取ることが多かった。最初はぎこちない空気もあったが、シルクの気さくな人柄のおかげで、リリーも徐々に打ち解けていた。


「ゼファー様、リリーさん、昨日グリーングラス王の使者が来ていたんですって?」


 シルクは好奇心に満ちた瞳で尋ねてきた。目の前のパンに蜂蜜を垂らしながら、彼女は子供のように目を輝かせる。


「ああ。虹の滝での儀式に招待された」


 ゴブリンとの国境で行われる季節の儀式だ。友好を深める貴重な機会だろう。


「それで、その……」


 シルクは遠慮がちに言葉を継いだ。


「……考えていることがあります」


 彼女の表情に、どこか期待と不安が入り混じっていた。


「オーロラハイドに、ゴブリン料理の店を開いてみてはいかがでしょう?」


 意外な提案に、俺とリリーは顔を見合わせた。


「ゴブリン料理?」


「はい。オーロラハイドに来てから知ったのですけど、それがとても美味しくて……」


 シルクの熱心さに、思わず興味を抱く。


「例えば、どんな料理だ?」


「焼きウニや鳥の内臓の煮込み、浜蟹の唐揚げ、様々なキノコの炊き合わせ……」


 彼女は一つ一つ細かく説明していった。正直なところ、耳慣れない料理名に少し躊躇した。この保守的な街で受け入れられるだろうか。


「ゼファー様、思い出してください。虹の滝で振る舞われた料理」


 リリーがふと口を挟んだ。


「確かにあの時は……意外に美味しかった」


 ゴブリン王の村での晩餐。最初は不思議だと思ったが、素材の旨味を活かした料理の数々は確かに驚くほど美味だった。


「ただ……」


 躊躇する俺にシルクは期待を込めて見つめてくる。彼女には王都での退屈な日々からの解放という意味もあるのだろう。


「オーロラハイドは保守的な住民が多い。すんなり受け入れられるかどうか……」


 ヒューゴとシドを呼んで相談することにした。


***


「ゴブリン料理店だと?」


 ヒューゴは眉をひそめた。軍司令官として領民の反応は読めるらしい。


「正直、難しいと思う。多くの住民はゴブリンを敵と見なしている。国境線を定めたとはいえ、古い記憶は消えていない」


 シドは黙して数字を書き連ねていた。やがて、顔を上げる。


「……しかし、経済的には悪くない。独自性のある特産品は交易の柱になる。他に類を見ない珍しい料理は、旅人を呼び込む材料になる」


 シドの見解は前向きだった。商人としての感は鋭い。


「リスクを承知で進めるなら……オーロラハイドの北市場、虹の滝への道の入口がいい」


 彼は具体的な場所まで示してきた。


「そこなら、ゴブリンの村からも近いし、必要なら食材の調達も容易だ」


 提案は具体的になっていく。シルクは目を輝かせていた。


「店の名前は、『輝きのゴブリン亭』はいかがでしょう? ゴブリンとの友好の象徴です!」


 そのアイデアに、全員が頷いた。


 準備は急ピッチで進んだ。旧倉庫を改装し、内装にはゴブリンの伝統的な装飾を取り入れた。七色の羽を模した飾りや、滝の音を表現した風鈴など、異国情緒あふれる雰囲気に仕上がった。


 シルクは王都から運んできた食器や調度品を提供し、リリーは装飾の手配を買って出た。オーロラハイドの木工職人たちの協力も得て、店は着々と形になっていった。


 そして、一つの問題が持ち上がる。


「シェフは?」


 ゴブリン料理を作れる料理人はいない。


「グリーングラス王に掛け合ってみよう。彼らの国からシェフを招こう」


 俺の提案に、全員が同意した。


***


 虹の滝での会談はスムーズに進んだ。

 

 グリーングラス王は俺の提案に大いに関心を示した。


「人間の街にゴブリンの食文化を広めるとは……素晴らしい考えだ」


 王は感慨深げに頷き、最高のシェフとその一族を派遣することを約束してくれた。


「彼の名はゴルゴンという。我が国で最も優れた料理人の一人だ。彼の娘グリータは給仕の名手。きっと役に立つだろう」


 王の約束通り、数日後にはゴルゴンと家族がオーロラハイドに到着した。彼らを見た住民たちの反応は様々だった。


「ゴブリンが町に住むだと?」

「まさか料理を作るなんて……」

「領主様も変わったことを」


 噂は瞬く間に広がり、批判的な声も多く聞こえてきた。


 特に反対派の筆頭、元兵士のバークランド一家は、店の前で抗議活動まで始めた。


「ゴブリンは敵だ! 奴らの料理など怪しからん!」

「この街を穢すな!」

「異種族反対! 出ていけ!」


 バークランドの怒声が響く横で、工事は進んでいた。


 ゴルゴンとその家族は、そんな抗議に動じることなく、黙々と準備を進めていく。ゴルゴンは意外にも気さくな性格で、彼の娘グリータは特に愛嬌があり、周囲の子供たちと親しくなっていった。


 開店までの数日、リリーが一計を案じてきた。


「ゼファー様、反対派の説得は、言葉では難しいでしょう」


 彼女の静かな声に耳を傾ける。


「味で勝負しませんか? 一日限りの無料試食会を」


 リリーの提案は実に的を射ていた。この街では実利主義という側面もある。美味しい食事が無料とあれば、反対派でも足を運ぶかもしれない。


「いい考えだな。やってみよう」


 開店前日、我々は特別招待状を用意した。バークランド一家を含む反対派のリーダーたちに、正式な形で届けさせる。


「試食会? ふん、断る!」


 バークランドは最初こそ拒否したが、結局「敵を知るため」という名目で訪れることを承諾した。


 当日、「輝きのゴブリン亭」の扉が開かれる。


 周到に準備された内装に、訪れた反対派も思わず目を見張った。七色の照明が店内を明るく照らし、壁一面に描かれた虹の滝の壁画が圧巻だった。席に案内されると、少しずつ表情が和らいでいく。


 ゴルゴンが腕によりをかけて用意した料理が、次々と運ばれてきた。


 焼きウニ、海老の串焼き、鶏のモツ煮込み、カニの唐揚げ、キノコの詰め物焼き……

 

 どれも見た目は異国情緒あふれるが、香りは食欲をそそる。


 バークランドは怪訝な顔で料理を見つめていたが、周囲が美味そうに食べる姿に、恐る恐る一口。


 その瞬間──。


「これは……!」


 彼の表情が一変した。


「うまい……いや、こんなに……」


 言葉に詰まり、バークランドは信じられないという顔でゴルゴンを見つめる。


「どうして、こんなに……俺の故郷の味に近いんだ?」


 彼の故郷は海辺の村。山の幸と海の幸をふんだんに使ったゴブリン料理は、彼が幼い頃に食べた料理を思い出させたようだ。


「料理に国境はありません」


 ゴルゴンは静かに答えた。


「太陽の下、雨の下、同じ大地で育つ食材。それを慈しみ、感謝して調理すれば、誰の心にも響く味になるのです」


 バークランドの目に涙が浮かんだ。


「わかった。俺は反対を取り下げる。この店の味は確かだ」


 反対派の中心人物が心を開いた瞬間だった。他の反対派も次々と料理に舌鼓を打ち、味に感嘆の声を上げる。


 鳥のモモやムネだけでなく、レバーやハツ、砂肝や皮まで、丸ごと使い切る調理法の合理性。海の生き物の様々な食べ方。山のキノコや野草を活かした料理の数々。そのどれもが新鮮な驚きだった。


「トリカワってこんなに美味いのか!」

「こんなトゲトゲした生き物が食えるとは!」

「ニワトリ一羽、何も無駄にしないんだな……」


 来店者の表情は徐々に和らぎ、やがて笑顔に変わっていった。


 彼らがそれぞれに料理を堪能する中、グリータが籠を持って現れた。中には小さなパンが入っている。


「こちらは幸せを運ぶ『やわらかパン』です。ご家族にもお持ち帰りください」


 彼女の笑顔とサービス精神に、硬かった心も溶けていく。


***


「乾杯!」


 翌日の正式開店。店内は大盛況だった。


 試食会の参加者が口コミで広めたこともあり、オーロラハイドの住民たちが続々と訪れる。中には他の街から足を運んだ客人の姿もあった。


 ゴルゴンと家族は休む間もなく働き、グリータは愛嬌たっぷりに給仕を務める。テラス席では木の串に刺した「ヤキトリ」が特に人気で、若者たちが手に持って食べ歩く姿が目立った。


 俺はシルクとリリーを伴い、満員の店内を見回す。


「見事な成功ね」


 シルクの顔には達成感が浮かんでいた。王都での退屈な日々とは異なり、彼女自身の力で何かを成し遂げた喜びだろう。


「リリーのおかげだ」


 試食会のアイデアは、事態を一変させた。リリーは少し照れながらも誇らしげな表情を浮かべる。


「いいえ、シルク様のアイデアがなければ……」


 彼女は正直に認めた。二人の間に、僅かながらも絆が生まれつつあるのを感じる。


 グリーングラス王からの使者も祝いに訪れ、「輝きのゴブリン亭」は人間とゴブリンの交流の場として公式に認められた。


 店の人気と共に、ゴブリンに対する偏見も薄れていった。ゴルゴンの料理を目当てに王都からの旅人も増え、オーロラハイドの名が広がっていく。


 シルクは嬉しそうに言った。


「ゼファー、次は王都にオーロラハイドの塩専門店を出しましょう!」


 俺は彼女のアイデアに思わず笑みがこぼれた。王女としての知恵と感性は、この小さな街の発展に大きく寄与するだろう。


 店の屋根の上には、虹を模した七色の旗がはためいていた。それはまるで、オーロラハイドの新たな未来を予感させるかのように、風に揺れていた。

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