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玉座に届いた恩

【ヴィレム・グラナリア公王 37歳視点】


『リベルタス歴18年、フェリカ歴146年 11月17日 昼』


 鈍色の空から降り注ぐ晩秋の光が、グランヴァル城の玉座の間をぼんやりと照らしていた。冷え込む玉座で、我は無意識に肩を揉んでいた。今日はいつもの威圧的な赤熊の毛皮ではなく、オーロラハイドから入ってきたという、肌触りの良い赤い毛糸のセーターを身に着けている。ルクレツィアが「たまにはこういうのも良いでしょう」と持ってきたものだが、確かに見た目よりずっと暖かく、悪くない。


(それにしても、今日の謁見は長引くな……。誰も彼も、リベルタス帝国に取り入ろうと必死な者ばかり。実にだるい……)


 ようやく最後の商人が退出していく。その卑屈な後ろ姿が重い扉の向こうへ消えるのを見届けると、我は隣で静かに控える妻、ルクレツィアに顔を向けた。


「正直、だるいな……。カイル皇帝に取り入るならば、直接オーロラハイドへ行けば良いものを……」


 溜息交じりにそう漏らすと、ルクレツィアは悪戯っぽく微笑んだ。


「うふふ、わたくしはしばらくオーロラハイドにおりましたが、カイル皇帝は大変お忙しい方。なかなかお会いできませんわよ。もし、わたくしが取り入ろうとするならば、裏口を使いますわね」


 その言葉に、我は久しぶりに頭の扉をノックされたような心地がした。鈍っていた思考が、急に動き出すような感覚だ。


「ほう、裏口とな? それは我が知りたいくらいだ」


 上半身ごと妻の方へと向き直り、続きを促す。


「はい。先日、オーロラハイドを追放されたという、レオン教皇猊下を頼るのですわ」


 我は妻の言葉に、ゆっくりと顎に手をやった。


「ほう……? しかし、いくら教皇とは言え、追放された者であろう? そのような者を頼って、意味があるのか?」


「表向きは追放、ということでございましょう。ですが、そこには明らかに何らかの意図があり、レオン教皇とオーロラハイドの縁が完全に切れたわけではございませんわ。……ふふ、次の謁見をお楽しみに。わたくしが呼んだ客人でございますから」


(なるほど、面白い話だ……)


 妻の話が真実だとすれば、これは放置できぬ。


「次の謁見を行う!」


 我が命じると、ほどなくして一人の老婆が玉座の間へと通された。歳の頃は六十を過ぎていようか。顔には深く皺が刻まれているが、その背筋は驚くほどまっすぐに伸びており、足取りもしっかりしている。ただ、やはり慣れぬ場所に緊張しているのか、広い玉座の間を落ち着きなくキョロキョロと見回していた。


(まあ、平民が玉座の間に通されれば、大抵はこうなるものか……)


 老婆は我の前に進み出ると、深々と膝まずいた。


「老婆、顔をあげよ。名を名乗ることを許す。直言も許すぞ」


 我の声に、老婆は震える肩を一度大きく揺らし、おそるおそる顔を上げた。


「は、はひぃぃぃぃっ、リバーフォード村のパウラと申しますー!」


「わたくしが呼び寄せたお客ですもの。私が応対いたしますわね。パウラさん、リバーフォード村について、色々と教えてくださるかしら?」


 ルクレツィアが助け舟を出すように、穏やかな声で尋ねた。


「は、はいぃぃぃぃっ!」


 老婆がいちいちこのような反応のため、会話はなかなか進まなかった。パウラとルクレツィアの話をまとめると、おおよそ次のようになる。


・近頃、リバーフォード村にレオンと名乗る若い男がやって来たこと。

・そのレオンという男に、長年患っていた腰や膝、肩の痛みを治してもらったこと。

・村には、どこからか何千もの兵士がやって来て住み着き、なぜか畑を耕し始めたこと。

・レオンという男が何者なのかは、詳しくは知らないということ。

・その他に、シドという者が新しく大きな店を出したということ。


 老婆がそれ以上は何も知らぬと言うので、褒美として銀貨を十枚与え、下がらせた。


「ふむ、ルクレツィアよ。癒しの力を持つレオン、か。今日の謁見で、これが一番価値のある情報であったな。よくやった」


「はい。おそらく、カイル皇帝の弟君、レオン教皇猊下に相違ございませんわ」


 妻の顔は、してやったり、といった得意げな表情だ。


「兵は、自然に湧いて出るものでも、魔法の壺から現れるものでもない。オーロラハイドから来たと考えるのが自然だろう……」


「はい、あなた。その通りでございますわ」


 我は、再び顎に手をやり、しばし考えを巡らせた。


「ふむ、ここは一つ、贈り物を届ける名目で視察してみるか。……ルーロフ! 北海の狼ルーロフはおるか!」


「はっ、ここに!」


 声と共に、まるで影が実体を持ったかのように、ルーロフが音もなく玉座の間に現れた。俊敏の権能、いつ見ても見事なものよ。


「おぬし、馬百頭に小麦を積み、リバーフォード村へ向かえ。レオン殿への我からの贈り物だ。道中、そして彼の地の様子、ついでに詳しく視察してくるのだ」


「はっ! ただちに!」


 ルーロフの姿が、再び風のように掻き消えた。実際には、常人には目で追えぬほどの高速で走っているだけだというが。


「面白くなってきたではないか!」


 我は思わず、グワハハと高笑いした。


「あなた、くれぐれも、レオン様に対して敵対するようなことはお止めくださいまし。わたくし、あの方には返しても返しきれぬ恩がございますのよ」


「分かっている、分かっているとも、ルクレツィア。返せぬ恩、か。……うむ、贈り物は定期的に続けるとしよう」


 いつの間にか、グランヴァル城の外で降り続いていた秋雨が上がっていた。柔らかい日差しが、玉座の間の窓から差し込んでいる。


 あとは、ルーロフが、そしてルクレツィアが、うまく事を運んでくれるであろう。


 リベルタス帝国との交易のおかげで、グラナリアの経済も上向き、民の暮らしも安定している。何より、このオーロラハイド産のセーターは、実に暖かかった。


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