借金のカタ
【シド48歳視点】
『リベルタス歴18年、フェリカ歴146年 11月17日 昼すぎ』
乾いた風が砂埃を巻き上げ、遠ざかるファニルとかいう、ネコ耳少女の一団を霞ませる。晩秋の日差しは弱々しく、空は高く澄み渡っているが、どこか物寂しい。俺は腕を組み、その小さな背中が見えなくなるまで、黙って見送った。
交易騎兵隊には、主にグラナリアから仕入れた小麦を持たせた。まあ、あとどれぐらい物資が必要になるかは、まだ見当もつかん。そこだけが、気がかりではあった。
(自分で言うのもなんだが、俺はフェリカ王国も含めたリベルタス帝国で、おそらく一番の金持ちだろうな。だが、それが金を無駄に使っていい理由にはならん。……所詮、金なぞ墓場まで持っていけるものでもない。ならば、生きているうちに意味のある使い方をするまでだ。死に金にするよりは、よほど建設的だろう)
今は、レオンに投資している。カイルにも投資しようかと考えた時期もあったが、アイツの周りにはオーロラハイドとリベルタスという巨大な後ろ盾があり、何よりあの堅実なバートルがついている。バートルは慎重派ではあるが、金の使い方を誤る男ではないし、勝負所と見れば大胆に使うことも厭わない。だから、心配は要らん。
むしろ気がかりなのはレオンの方だ。一見すれば、剛胆で物怖じしないカイルの方がゼファーの面影を色濃く受け継いでいるように見える。
(……しかし……)
(あの底なしの優しさ、人の良さという点では、レオンの方がゼファーの血を継いでいるように思えてならん)
俺は、ゼファーのあの甘さが美徳であったと、今でも思う。だが、それが時として命取りになりかねない弱点であったことも、また事実だ。実際、ゼファーはカイルをかばって死んだようなものだ。カイルにはバートルがおり、ヒューゴのあの馬鹿力も健在、さらには各種族の王たちも彼を支えている。
(だから……)
(俺だけでも、レオンの側にいてやらねばなるまい……)
そうなれば、あいつに教えておかねばならんことが山ほどある。
(少しばかり、厳しくいくとするか……)
ファニルたちを見送り終え、隣で同じように彼らの旅路を見守っていたレオンに、俺は静かに向き直った。
「分かっているな、レオン。これは貸しだ。もし返せない時、オマエは一体何を差し出す?」
これは、ただの脅しだ。今のレオンの手元にあるのは、このリバーフォード村くらいなもの。大した金も持っておらん。差し出せるものなど、たかが知れている。だが、万が一にも、アイツが自分の女たちをカタに差し出すなどと言い出したら……その時は、本気で怒らねばなるまい。それが、ゼファーから預かった息子の教育というものだ。
「うーん、そうだね、シドさん。猫人への支援は、シドさんにとっては、あまりうまみのある話じゃないかもしれないね。貸し借りはハッキリさせておいた方がいいかもね」
「ふむ、そこまで分かっているというなら、改めて聞こう。何を賭ける?」
俺は、半分本気で、あえて口の端を吊り上げてみせた。自分でも、性根の悪い笑みだと自覚している。
「そうだね。このリバーフォード村だけじゃ、担保としては少し心許ないかな。それなら、ルシエント領はどうかな? シドさんが、地位や名誉、土地そのものには興味がないってことは知っているよ。だから、もし僕が返せなかったら、あの土地はシドさんが好きに転売すればいい!」
その突拍子もない発想に、俺は思わず息を呑んだ。
これだ。この、常識の枠に収まらないスケールの大きさ。ゼファーも、時折こういう底知れなさを見せることがあった。
面白い。実に面白い。
俺は、自分でも珍しく、こらえきれずに「くつくつ」と喉の奥で笑い声を漏らしていた。
「……俺が地位や土地に興味がないと見抜いた上で、転売しろ、ときたか……。いいだろう、その話、乗ってやる。ただし、約束通り、返せなかった時は、ルシエント領を頂くぞ……」
「だけど、この賭け、きっと僕が勝つよ。猫人族たちが真面目に働いてくれれば、いくらでも返せるはずだからね」
その屈託のない自信に満ちた言葉に、俺は不意に顔が熱くなるのを感じた。それを悟られぬよう、ことさらゆっくりと空を仰ぐ。
「……その通りだ。ただ、言ってみただけだ……」
俺とレオンは、並んで村へと続く道を歩き始めた。
見上げた空はどこまでも高く、まるでそこにいるはずのないゼファーに語りかける。
(……お前の息子たちは、揃いも揃って大物になりそうだぞ、ゼファー……)
吹き抜ける風が、まるでゼファーの照れ笑いのように、俺の頬を撫でていった気がした。
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