ケモ耳少女の決断
【ケモ耳少女ファニルちゃん15歳視点】
『リベルタス歴18年、フェリカ歴146年 11月17日 朝』
部屋のドアが静かに開き、入って来たのは、やっぱり昨日のヘンタイ権能男だったニャ。
「やあ、ファニルさん、おはよう。リノンさん、彼女の今日の様子はどうかな?」
権能男……レオンと呼ばれていたっけ? 彼の声は、優しくて拍子抜けするニャ。
リノンと呼ばれた白衣の女性が、座っていた椅子から立ち上がり、レオンに席を譲ったニャ。
「はい、レオン様。ファニルさんは、今ちょうど朝食を召し上がってもらっているところです。食欲も旺盛で、もうすっかりお元気そうですよ」
わたしは、出された朝食のシャケの塩焼きと白パンを、夢中で食べていたニャ。こんな美味しいもの、あのヘンタイ権能男なんかに、一口だってやるもんかニャ!
その時、レオンの目が、一瞬だけ青白く光ったような気がしたニャ。
(ニャニャッ!? ま、まさか、朝っぱらから『いたす』のかニャ!? いや、昨日のアレは、もしかして治療だったのかニャ……!?)
ドキドキしながら身構えたけど、特に何も起こらなかったニャ。いったい、何をされたんだろう? ただ見られただけかニャ?
「うん、体の状態を診させてもらったけど、特に悪いところはなさそうだね。ちょっと栄養が偏って不足しているみたいだけど、このリバーフォード村で美味しいものをたくさん食べていれば、すぐに良くなるよ! というわけで、ファニルさん、退院おめでとう!」
レオンが、にっこり笑ってそう言ったニャ。
(ニャニャニャッ!? 退院ってことは、やっぱり追い出されるのかニャ! それは困るニャ!)
「ちょっ、ちょっと待ってほしいニャ……! じ、実は……アタシには、帰る場所が……」
わたしは、涙ながらに自分の身の上を説明したニャ。昨日、リノンさんにしたのと同じ話を、もう一度繰り返す。リュミャラ王国が飢饉で大変なこと。食べ物を探しに、一人で山を下りてきたこと……。
「レオン様は、ここの権力者だと思うニャ……。どうか、お願いニャ……。アタシの故郷、リュミャラ王国を助けてほしいニャ……。山の仲間たちは、もう食べるものがなくて、みんな飢え死にしそうなんだニャ……」
消え入りそうな小さな声で、わたしは必死に訴えかけたニャ。
レオンは、腕を組んで、うーんと何かを考え込んでいる。
「うーん、それは大変だね……。そうなると、食料とかの物資援助の話になるなぁ。こういうことは、一度シドさんに相談したほうが良さそうだね。……ファニルさん。申し訳ないんだけど、ちょっと一緒に村のお店までついてきてくれないかな?」
(こ、このヘンタイ権能男と、二人きりで出かけるなんて、絶対に嫌ニャ……! でも、リュミャラのみんなのためなら……アタシ、我慢するニャ!)
「わ、わかったニャ……。ついていくニャ……」
わたしは、しぶしぶベッドから降りると、レオンの後ろを、少し距離を空けてついていった。
村の中は、朝早くから活気があって、家々の煙突からは朝食の準備をする煙がもくもくと上がっていて、焼けたパンや煮物の、とっても良い香りが漂ってくる。
村の外れには、どこまでも広大な畑が広がっていて、作物が実っているのが見える。
(この村は、なんて豊かなんだニャ……。アタシの故郷とは大違いだニャ……うらやましいニャ……)
「あ、あの家は一体何をしてる家かニャ? お店の前に、いろんな物資が山積みになってるニャ!」
村の広場に面した、ひときわ大きな建物を見つけて、思わず声を上げた。
「ああ、あれはシド商店っていう、村で一番大きなお店だよ。今から、あそこへ向かっているんだ。……そうだ! ファニルさん、何か好きなものを買ってあげるよ!」
お店の前では、小さな人間の男の子が、母親らしき人に何かをねだっているのが見えた。
「ママー、飴玉買って~! 昨日もらったの、もう食べちゃったの~!」
「もう、いけませんっ! これから朝ご飯の時間ですよ。今日はパンを買ったら、まっすぐお家に帰りますからね」
「ねえ、レオン。あの、飴玉っていうのは、一体どんな食べ物なのかニャ?」
「ああ、ファニルさんは、まだ食べたことないかな? 甘くて美味しいお菓子だよ。口の中でゆっくり溶かして食べるんだ。良かったら、買ってあげるよ」
「あ、甘いのかニャ!? 食べてみたいニャ!」
シド商店の店番をしていたのは、黒いマントの男だったニャ。
「あれ、シドさん。今日はご自分で店番をされているんですか?」
レオンが声をかけると、シドは帳簿から顔を上げた。
「……ああ、レオンか。こうしてたまに店に立って、客の顔を見て、売れ筋商品のチェックをする。……ふむ、この飴玉の種類をもう少し増やしたら、子供たちにもっと売れるかもしれんな……」
シドは、ぶっきらぼうにそう言うと、顎に手を当てて何かを考え始めたニャ。
「シドさん、その飴玉を、銅貨一つぶんだけください」
レオンが言うと、シドはちらりと顔をあげた。
「……フッ、お前がか。銅貨一つなら、今なら十個だ。好きな色を選ぶといい」
「えっ、そんなにたくさんいいのかニャ?」
わたしは、ガラス瓶に入った色とりどりの綺麗な飴玉の中から、なるべく色がバラバラになるように、十個選んでみたニャ。
シドと呼ばれた、この店の主らしい男は、小さな紙袋を差し出してくれたニャ。
「……その飴玉を、これに入れるといい。持ち運びに便利だ……」
この男、まるで鋭い目つきの肉食獣か、空を飛ぶ大きな猛禽類みたいで、ちょっと怖いけど、根はやさしいのかもしれないニャ。これは、アタシたちケモノだけが持つ、特別なカンなのニャ。
わたしは、おそるおそる、一番綺麗な赤い色の飴玉を一つ選んで、口の中に入れてみたニャ。
途端に、甘酸っぱいリンゴの風味が、口いっぱいに広がったニャ。それから、強烈な甘さが追いかけてくる。まるで、上等なハチミツをそのまま舐めているみたいに、すごい甘さニャ!
「ニャニャニャッ! こ、これは、すごく甘いニャ! この強烈な甘さは、一体何なんだニャ?」
「ああ、それは砂糖っていう調味料の甘さだね。主に、南のフェリカ王国で作られているんだ。それから、その赤い飴玉には、干したリンゴの欠片が入っているんだ。僕も、この飴が一番好きなんだ」
「へえぇ、砂糖にリンゴ。すごいニャー、ニンゲンの作るものは、美味しいニャ~!」
「ところでシドさん、実はちょっと相談がありまして……。このファニルさんの故郷、リュミャラ王国では、今、食べ物がなくて、みんな困っているそうなんです! どうか、食料支援をお願いできませんでしょうか!」
レオンが真剣な顔で言うと、シドはレオンとわたしを交互に見た。
「……支援すること自体は、別に構わん。だが、リュミャラの民とやらは、代わりに、何をこちらに差し出すことができる? 商いは交換が基本だ……」
このシドという男の言うことは、もっともだニャ。タダで物を恵んでもらうなんて、そんな虫の良い話があるわけないニャ。でも、今のリュミャラ王国には、何かと交換できるような、価値のあるものなんて、何も……何も無いニャ!
「アタシが働くニャ! この村のために、一生懸命働くから、だから、どうかリュミャラのみんなを助けてほしいニャ!」
わたしが必死にそう言うと、シドは小さく、本当に小さくだけど、頷いたように見えたニャ。
「……いいだろう。そこまで言うなら、食料支援の件、引き受けてやろう。……レオンも、それでいいな? これは、お前の治める教皇領での出来事だ」
「うん、もちろんだよ。シドさん、本当にありがとう! 今ここにある物資だけでいいから、できるだけ早く準備してほしいんだ! もし、餓死者が出てしまったら、いくら僕の癒しの権能でも、生き返らせることはできないからね!」
「……分かっている。時間は命だ。……おい、そこのネコ耳娘。お前が、そのリュミャラとやらへの道案内をしろ。行くぞ……」
「ファニルと呼んでほしいニャ!」
こうして、リュミャラ王国へ食料を届けるための、緊急支援部隊の第一陣が、急遽結成されることになった。
アタシを先頭に、たくさんの食料を積み込んだ馬たちが、故郷の山へと向かっていった。
山の木々は、赤や黄色、様々な色に美しく染まっており、空はどこまでも高く、青く晴れ渡っていた。
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