二人の姫君とグラッパ
【レオン教皇17歳視点】
『リベルタス歴18年、フェリカ歴146年 11月15日 夕刻 ファリーナちゃんとザイナ姫の誕生日』
ザイナさんの傷を癒し、リビングへ戻ると、ステラちゃんが大きな布製のバッグを抱えて帰ってきたところだった。彼女の頬は夕焼けのようにほんのりと赤く、息も少し弾んでいる。
「はぁ……はぁ……レオン様、ファリーナ様、ザイナ様! シドさんのお店が新しく仕入れたという、ドライフルーツと甘いパンをたくさん買ってきたですぅ~! 今日は、奮発したですぅ!」
ステラちゃんがバッグをテーブルに置くと、中から色とりどりのドライフルーツや、ふっくらと焼きあがったパンが顔を覗かせた。甘い香りが部屋いっぱいに広がる。
「まあ、ステラさん、気が利くのね。わたくしも、とっておきのワインを買ってきましたよ! みんなで乾杯しましょう!」
カルメラさんも、リバーフォード村の酒屋で一番良いと評判の、ずっしりと重そうな赤ワインのボトルを嬉しそうに掲げてみせた。
ファリーナちゃんは、すっかりご機嫌な様子で、ザイナさんの手を引き、リビングの中央にある一番居心地の良さそうな席……いわゆるお誕生日席に彼女を座らせると、自分もその隣にちょこんと腰を下ろした。
「あの……その……奴隷の、いえ、囚われの身のわたくしが、このような席に座ってもよろしいのでしょうか? だって、私は元敵国の姫で……」
ザイナさんが、戸惑ったように小さな声で尋ねる。彼女の瞳には、まだ不安の色が浮かんでいた。
僕は、並べられたグラスにワインを注ぎながら、できるだけ優しい声で彼女に微笑みかけた。
「ザイナさん、そんなこと気にしなくていいんですよ。今日は、あなたとファリーナちゃん、二人のための特別なお祝いの日なんですから。さあ、みんなにドライフルーツを配ってあげてください。美味しい甘いパンも、たくさんありますからね!」
僕の言葉に、ザイナさんは少しだけ表情を和らげ、おそるおそるドライフルーツの皿に手を伸ばした。
ステラちゃんが、カルメラさんから受け取ったワインボトルのコルクを、慣れた手つきでポンッと小気味よい音を立てて開ける。すると、熟成されたブドウの芳醇な香りとは少し違う、ツーンと鼻を突くような強烈なアルコールの匂いが、部屋に立ち込めた。
「はううっ! わ、わわわ、わたくしとしたことが! ワインと間違えて、グラッパを買ってきてしまったみたいですぅ! も、申し訳ございませんですぅ!」
ステラちゃんが、顔を真っ赤にして深々と頭を下げる。グラッパは、ワイン用のブドウの搾りかすから作られる蒸留酒で、度数が非常に高いことで知られている。これは、うっかり飲みすぎると大変なことになりそうだ。
「あっはっは、ステラちゃん、気にすることないよ! それなら、ワイングラスじゃなくて、小さなショットグラスで少しずつ楽しめばいいだけだからね! グラッパは確かに強いけど、食後酒としては最高なんだ。体がポカポカ温まるよ」
僕がそう言うと、カルメラさんが棚から可愛らしい小さなショットグラスをいくつか取り出してきた。
「ふっふーん! ザイナよ、このリバーフォード村ではな、そなたが砂漠では決して食べられないような珍しいものや、飲めないような強い酒がたくさんあるのじゃぞ! ……ところでカルメラよ、妾たちのために、とっておきのパスタはちゃんと用意しておるのじゃろうな?」
ファリーナちゃんが、女王様のように胸を張ってザイナさんに語りかける。
「はい、ファリーナ様! ただいま心を込めて茹でておりますわ! ……あら、少し手が足りないかしら。悪いけれどステラちゃん、パスタを運ぶのを手伝ってくださる?」
台所の方から、カルメラさんの明るい声が聞こえてきた。
「はいですぅ! お任せくださいですぅ!」
ステラちゃんが元気よく返事をすると、すぐに色とりどりのパスタ料理が、次から次へとテーブルに運ばれてきた。中には、僕とファリーナちゃんがリヴァンティアで初めて出会った、あの思い出のペンネもある。
「ふっふーん。このペンネを使ったペペロンチーノは、妾にとってはなつかしい味なのじゃ! どれ、ザイナよ、まずはこれを食べてみるがよい!」
ファリーナちゃんが、得意げにペンネの皿をザイナさんの前に差し出す。
「は……はい……いただきます……」
ザイナさんが、おそるおそるフォークでペンネを巻き取り、小さな口へと運ぶ様子を、僕たちは固唾を飲んで見守った。
「……おいしい……です……」
ザイナさんの小さな呟きに、ファリーナちゃんは満足そうに頷いた。
「はっはっは、そうじゃろう、そうじゃろう! 妾もひとつ……んんっ、これは生パスタで作ったカルボナーラかの? 濃厚で実に美味じゃ!」
ファリーナちゃんが、今度は目を輝かせて、クリームソースのパスタをバクバクと勢いよく食べ始めた。
「はいですぅ。ここリバーフォード村は、グラナリア公国が近いから、最近では生パスタも作ってるみたいですぅ。乾燥パスタとはまた違った、もちもちとした食感が楽しめますぅ」
ステラちゃんが、にこやかに説明してくれた。
僕は、テーブルに並べられたパンの一つを手に取って、一口かじってみる。
「んっ、これは……! ゴブリンたちがよく作っている、アンパンじゃないか! 懐かしいな、甘くておいしいよ!」
思いがけず、オーロラハイドの懐かしい味に出会ってしまった。きっと、シドさんの新しいお店で作っているに違いない。
それから、僕たちはみんなでグラッパを少しずつ飲み、美味しい料理に舌鼓を打った。強いお酒のせいか、いつもより饒舌になり、宴は和やかに、そして賑やかに進んでいく。ザイナさんも、最初は緊張していたけれど、ファリーナちゃんやカルメラさん、ステラちゃんの気さくな雰囲気に助けられてか、少しずつ笑顔を見せるようになっていた。
僕も、久しぶりに飲む強いお酒と、楽しい会話で、ついつい飲みすぎてしまったようだ。寝室のベッドへたどり着いたところまでは覚えているけれど、その後の記憶は、なんだかあやふやだ。
翌朝、最初に感じたのは、頬に触れる柔らかな感触と、甘い香りだった。
「ううぅん……なんか、柔らかくて、いい匂い……」
重い瞼をゆっくりと開けると、目の前には、すやすやと寝息を立てているザイナさんの顔があった。僕は、彼女の豊かな胸に抱かれるような形で眠っていたらしい。
「こ、これって、どう言い訳したらいいんだろう……。べ、別にやましいことは何もしていない、はずだけど……いや、待てよ? もしかして、昨日の酔った勢いで、僕、何か『いたして』しまったのか!?」
慌てて体を起こそうとしたが、ザイナさんの腕が僕の背中にしっかりと回され、力強く抱きしめられていて、身動きが取れない。それどころか、下手に動いたせいで、顔に胸をおしつけられる。
しばらくの間、僕はその温かくて柔らかい感触に包まれたまま、なすすべもなく、ただただ混乱していた。窓の外からは、小鳥のさえずりが聞こえてくる。どうやら、もうすっかり朝のようだ。
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