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ファリーナの誕生日

【レオン教皇17歳視点】


『リベルタス歴18年、フェリカ歴146年 11月15日 朝 ファリーナちゃんの誕生日』


 夜明け前の静寂を破るように、ベッドの上で何かが僕の腰に『ドスンッ』と落ちてきた。


「うぼっ!」


 思わず変な声が出てしまう。秋も深まり、窓の外から吹き込む風がヒンヤリと感じられる朝だ。それなのに、腰のあたりだけが妙に温かい。

 重いまぶたをこすりながら目を向けると、そこには満面の笑みを浮かべたファリーナちゃんが、僕の上に乗っかっていた。彼女の黒髪が僕の顔にかかり、甘い寝息の香りがする。


「のう~レオン~! 今日は待ちに待った妾の十六歳の誕生日なのじゃ~! だから、うんと妾を可愛がってほしいのじゃ~!」


 そう言うと、ファリーナちゃんは悪戯っぽく笑いながら、小さな手で僕のパジャマの中をまさぐり始めた。


「あははははっ、ちょっと、ファリーナちゃん、そこはダメだってば! くすぐったいよ!」


 僕が笑い転げていると、隣のベッドで寝ていたステラちゃんと、部屋の隅の簡易寝台で身支度を始めていたカルメラさんが、呆れたような、でもどこか微笑ましそうな視線をこちらに向けてきた。


「レオン様ったら、朝から本当にお盛んですぅ~。わ、わたくし、なんだかお邪魔みたいなので、少し出ていくですぅ~」


 ステラちゃんが頬を赤らめながら、そそくさと部屋を出て行こうとする。


「まあ、レオン様もファリーナ様も、ゆうべあれだけ四人で『いたした』というのに、本当に朝からお元気ですこと」


 カルメラさんも、悪戯っぽく片目をつむりながら、くすくすと笑っている。


 僕は慌てて、出て行こうとする二人に向かって手を伸ばした。


「ちょ、ちょっと待ってよ、二人とも助けてよ! そ、そうだ! 今日の朝の往診が終わったら、みんなでファリーナちゃんの誕生日を盛大にお祝いしよう! シドさんの新しいお店から、美味しいケーキとか、珍しい果物とか、色々買ってきてよ!」


 僕の提案に、ステラちゃんとカルメラさんは顔を見合わせると、心得たとばかりに黙って頷き、ファリーナちゃんを僕の上から優しく引き離してくれた。


「そ、そなたたち、いったい何をするのじゃ~! 今日は妾がレオンを独り占めすると決めておったのじゃ~!」


 ファリーナちゃんが、不満そうに頬を膨らませる。


「あのぉ、ファリーナ様。あまり騒がれると、外で待っておられる病人やけが人の方々が、可哀そうなのでございますぅ」


 ステラちゃんが、申し訳なさそうに言った。


「そうですよ、ファリーナ様。そろそろキュアリエ騎士団の方々が、教皇様をお迎えに参りますわ」


 カルメラさんも、優しく諭すように付け加える。


『コンコンコンッ』


 その言葉を裏付けるように、家の質素な木のドアが控えめにノックされた。

 もうキュアリエ騎士団のお迎えがきたのかな? 毎朝、本当に時間通りで感心する。


「はいですぅ~、ただいま参りますですぅ~」


 いつも通り、ステラちゃんがテキパキと玄関へ向かう。その足取りは軽く、僕の家のメイドとして板についている。


 僕も急いで寝間着から普段着へと着替え、リビングへ向かうと、そこにはキュアリエ騎士団の団長を務めてくれているリノンさんが、背筋を伸ばして待っていた。


 リノンさんは、もともとはこのリバーフォード村のただの薬師だったのだけれど、薬草に関する豊富な知識と、持ち前の明るい性格、そして何よりも患者さんを思う優しい心を買われて、僕が騎士団長に任命したんだ。


「レオン教皇猊下、おはようございます。本日もお迎えにあがりました」


 リノンさんが、にこやかに一礼する。


「うん、リノンさん、おはよう。朝ご飯を食べたらすぐに行くから、良かったら一緒に食べようか」


 こうして僕は、朝の往診へと出かけていった。村の集会場を改造した臨時の治療院は、今日も朝早くから多くの患者さんでごった返していた。僕の癒しの権能のおかげで、患者さんたちは日に日に回復していき、中には今日、元気に退院していく人もいた。


 この瞬間が、僕にとって何よりも嬉しい。苦しんでいた人が笑顔を取り戻し、家族の元へと帰っていく。その姿を見るたびに、アウローラさんからこの癒しの権能を授かって本当に良かったと、心の底から思えるんだ。


 そして、予定よりも少し早くその日の診察が終わり、治療院の外へ出ると、そこにはファリーナちゃんが僕を待っていた。


 彼女は、いつもの踊り子の衣装ではさすがに寒いらしく、以前僕がプレゼントした、シルバーウルフの毛皮で作られた上等なコートを羽織っていた。裏地には柔らかいウサギの毛皮が使われていて、とても暖かいんだ。あと、これはここだけの秘密なんだけど、ファリーナちゃんは最近、毛糸の下着がお気に入りで、いつも身に着けている。


「のうレオン、ちょうど良いところに来たのじゃ。オーロラハイドの都の方から、大きなキャラバンがこちらへ向かって来ておるぞ。何やら、荷車には檻のようなものが多く積まれておるようじゃが……」


 檻? いったい何を運んでいるんだろう。珍しい動物か、それとも……まさか、奴隷商人とかかな?


 僕とファリーナちゃんは、とりあえずキャラバンの到着を待つために、村の広場へと向かった。吹き抜ける風はもうすっかり冷たく、冬の訪れが近いことを感じさせる。


 やがて、街道の向こうから土煙を上げて、馬に引かれた荷車の列が見えてきた。ラクダの隊商であればメルヴ方面からだが、馬が中心となると、やはりオーロラハイドからのキャラバンだろう。


 キャラバンの先頭で馬を巧みに操っているのは、見慣れた黒いマント姿……シドさんだ。


「シドさん、お帰りなさい! 今回の隊商は、なんだかいつもより規模が大きいですね」


 僕が声をかけると、シドさんは馬からひらりと飛び降りた。


「……フッ、ただいま戻った、レオン。今回はな、運んでいる積み荷が、貴重品でな。万が一のことを考えて、俺が運んだ……」


 シドさんの言葉と共に、彼が率いてきた商人や若い衆たちが、手際よく荷車から荷物を降ろし始める。

 しかし、その荷のほとんどは、ファリーナちゃんが言っていた通り、頑丈な鉄格子がはめられた檻ばかりだった。そして、その檻一つ一つに、人影が見える。


 その中から、ひときわ立派な装飾が施された檻が、僕たちの目の前に運び出された。中にいたのは、捕らわれの身でありながらも、毅然とした態度を崩さない、高貴な雰囲気を漂わせた褐色の肌の女性だった。


 その手には手かせがはめられ、首には屈辱的な鉄の首輪がつけられている。だが、その瞳の奥には、まだ決して折れていない強い光が宿っていた。


「……アークディオンの、ザイナ元姫だ。……レオン、そしてファリーナ。これは、お前たち二人への、俺からのプレゼントだ……」


 シドさんが、いつもの無表情のまま、しかしどこか冷徹な響きを帯びた声で言い放った。


 ザイナ元姫は、僕たちを鋭い目つきで睨みつけると、絞り出すような声で吐き捨てた。


「くっ……こ、殺せ! これ以上、生き恥をさらすつもりはない!」


 僕は、思わず頭を抱えた。


 そういえば、昔、ゼファーお父さんが苦笑いしながら話してくれたことがあったのを思い出した。


 そう、元奴隷だった僕の実のママ、リリーママをお父さんが買ったときの話だ。


 まさか、僕も同じような場面に出くわすことになるなんて。


 木枯らしが吹き、ザイナ元姫が一瞬身をすくめた。


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