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交易路の守護者!~理想の国づくりと貿易で無双したいと思います~  作者: 塩野さち
第五章 フェリカ王国動乱

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ガウェイン将軍の焦り

【レオン教皇17歳視点】


『リベルタス歴18年、フェリカ歴146年 11月3日 昼過ぎ』


 昼下がりのリバーフォード村の静寂を破り、一台のチャリオットが土煙を上げて広場に到着した。その周囲を、先ほどシドさんから新調してもらったばかりの鉄製鎖帷子と剣を身につけたキュアリエ騎士団の面々と、歴戦の勇士である交易騎兵隊の者たちが、油断なく取り囲む。村人たちは、何事かと家の中から息を潜めて様子を窺っているようだった。


「俺はフェリカ王国のガウェイン将軍である! レオン教皇殿に話がしたい! 敵意はない!」


 チャリオットの上に立つ、岩のような巨躯の老将軍が、腹の底から響くような声で呼びかけた。その声には、切迫した何かが感じられる。


「僕ならここですよ、ガウェイン将軍」


 僕は集まった兵士たちの間から、ゆっくりと前に進み出た。鎧をまとった兵士たちが、僕を守るように緊張した面持ちで将軍を睨んでいる。


「危険ですっ! 教皇猊下!」

「ここは我らが前に出ます!」

「いけませんっ、猊下! お下がりください!」


 キュアリエ騎士団の若い兵士たちが、口々に僕を引き留めようとする。彼らの忠誠心は嬉しいが、この老将軍からは敵意のようなものは感じられない。


「大丈夫。この将軍は、決して悪い人じゃないですよ」


(あまり大きな声では言えないけれど、僕の権能は、相手の感情の機微をなんとなく感じ取ることができるんだ……以前から持っている、人の心を少しだけ誘導する権能も、失われたわけじゃない……)


 ガウェイン将軍から伝わってくる感情。それは、強い焦り、そして何かに対する深い憂慮の念だった。


「おお、レオン教皇殿! お久しぶり……と言うほどでも、ねぇか?」


 ガウェイン将軍は、軽々とチャリオットから飛び降りると、土埃をものともせず、僕の前に進み出て軽く頭を下げた。その巨躯から発せられる威圧感は相変わらずだが、どこか疲れたような影も見える。


「ええ、そうですね。先日ここでお会いしたばかりですから。それより、今日はウチでゆっくり話をしましょうよ。ファリーナが焼いた美味しいチーズでも食べながら」


「ああ、それはありがたい。実は、少々込み入った相談もあってな……」


 僕とガウェイン将軍は、村長さんからお借りしている家へと並んで入った。リビングのテーブルに腰掛けると、将軍は重いため息をついた。


「まあ、今日はお客さんが多いですね。ようこそいらっしゃいました」


 カルメラさんが、にこやかに微笑みながら、手際よく人数分のお茶を淹れてくれた。彼女の淹れるお茶は、いつも心が落ち着く香りがする。


「あっ、ガウェイン将軍なのですぅ~! わたくし、ここで元気にやっておりますですぅ!」


 僕のメイドのステラちゃんが、将軍の姿を見つけて、パタパタと駆け寄り、小さな手を振った。その表情は以前よりもずっと明るい。


「おお、ステラか! すっかり明るい顔つきになったじゃねぇか!」


 ガウェイン将軍は、ステラちゃんの元気そうな姿を見て、心底ほっとしたような、優しい顔つきになった。


「ほれ、レオンとお客人、チーズじゃ! 焼きたては美味いのじゃぞ!」


 暖炉の前でチーズを焼いていたファリーナちゃんが、木の串に刺した熱々のチーズを運んできてくれた。とろりと溶けたチーズの香ばしい匂いが部屋に広がる。


「そういやぁ、立ち寄ったルシエント領の代官、カシウスのヤツが、頭がフッサフサになったとか言って、えらく喜んでいたぜ! レオンの御業か?」


 ガウェイン将軍が、大きな手でチーズを受け取りながら、からかうように言った。


「あっははは、あれは、僕もちょっと酔った勢いで、毛を生やす権能をかけすぎたというか、なんというか……」


 二人で熱々のチーズを頬張る。外は冷たい風が吹いているが、部屋の中は暖炉と、人の温かさで満たされていた。


「うんまいな! このチーズは! ……なあ、レオン教皇殿。もう、ヴェリシアで、美味いチーズをのんびり食うことも、出来なくなっちまったぜぇ……」


 ガウェイン将軍の声が、ふと低くなった。その表情には、深い憂いが浮かんでいる。


「えっ、どうしてですか? フェリカ王国の首都ヴェリシアなのに?」


「……フッ、それは俺が説明してやろう」


 いつの間にか、黒いマント姿のシドさんが、リビングの隅の椅子に腰掛け、静かにこちらを見ていた。その存在に今まで気づかなかった。


「どうしてなんです、シドさん?」


「……簡単なことだ、レオン。ヴェリシアの税金、特に輸入品に対する関税が、法外なほどに高くなった。これでは、いくら良い品を運んでも、商人にはほとんど利益が出ん。結果、物資は滞り、物価は上がり、民は苦しむことになる」


 シドさんの言葉に、ガウェイン将軍が「はあ~っ」と、心の底から深いため息をついた。


「その通りだ。……なあ、レオン教皇殿。これは、国を預かる将軍として、あるまじき願いかもしれん。だが、もう我慢ならねぇ。いっそのこと、このフェリカの首都ヴェリシアを、占領してはくれねぇだろうか? 今なら、俺が内側から城門を開けて、手引きしてやる……」


 ガウェイン将軍は、テーブルの上で固く拳を握りしめ、歯を食いしばり、肩に力が入っている。その姿は、まるで出口のない苦しみにもがいているかのようだ。今、彼が口にした言葉が、どれほどの覚悟を持って発せられたものか、僕にも痛いほど伝わってきた。


「うーん……。それは、悪い話じゃないのかもしれませんが……本当にいいんですか? それだと、おじいちゃん……エドワード先王陛下が残されたご遺言に、背くことになってしまいませんか?」


 僕とガウェイン将軍は、真っ直ぐに見つめ合った。彼の瞳の奥には、深い絶望と、それでも国を救いたいという悲痛な願いが揺らめいている。


「そうなんだよなぁ……そこが、一番引っかかるところなんだよ、レオン教皇殿……。くっ、一体どうすりゃあいいんだ……」


 しばしの沈黙が部屋を支配する。暖炉の薪がパチパチと燃える音だけが、やけに大きく響いていた。


「分かりました、ガウェイン将軍。では、春まで……具体的には来年の四月一日になっても、フェリカ王国の状況が好転しないようでしたら……その時は、我がリベルタス帝国も、兵を進めることを検討しましょう。ですが、もうすぐ本格的な冬が到来します。軍を動かすには、今は少々時期が悪すぎます」


 僕は、熱いチーズの最後のひとかけらを口に入れながら、そう提案した。


「そうだな……。無理を言って、本当に悪かった。確かに、冬の進軍は無謀だ。……分かった。それにしても、まさかヘンリーの奴が、ルシエント領にあのような無茶な命令を出すとはな……。ルシエント代官のカシウス殿は、こちらに降伏してからというもの、まるで憑き物が落ちたように生き生きとしていた。……ヘンリーはもうダメだ……。さすがの俺も、もうあいつの面倒は見れねぇ……」


 ガウェイン将軍は、どこか吹っ切れたような、それでいて寂しそうな表情で言った。


 やがて、話が一段落し、ガウェイン将軍を見送る時間となった。日は既に西の山へ大きく傾き、空は燃えるような赤に染まっている。


 ガウェイン将軍は、僕たちに何も言わず、ただ黙って力強く手を一度だけ振ると、チャリオットを駆って南のヴェリシア方面へと走り去っていった。その大きな背中が、夕闇に溶けていく。


 心配になった僕は、将軍のチャリオットが見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていた。


 リバーフォード村の夕焼けは、なぜか今日はやけに赤く、僕の胸に言いようのない不安を残した。


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