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スモークドライ

【レオン教皇17歳視点】


『リベルタス歴18年、フェリカ歴146年 11月3日 昼』


 リバーフォード村の穏やかな昼下がり。僕は村長さんからお借りしている家の、暖炉のそばでアウローラさんからの手紙を読んでいた。外は木枯らしが吹き始めており、窓ガラスをカタカタと揺らしている。


 アウローラさんの美しい文字で綴られた手紙には、僕が新しく得た治癒の権能をより効果的に使うためのコツや、病の本質についての彼女の考察が記されていた。


「なになに、えーっと……『この世には目に見えないほど小さな生き物がいて、それらが体内で悪さをすることで病が引き起こされるの。だから、癒しの光で、その小さな悪者たちを追い出してあげなさい』……ふむふむ……」


 手紙の内容は、これまでの僕の直感的な治癒方法に、確かな理論を与えてくれるものだった。感覚で掴んでいたものが、こうして文字として具体的に示されると、より深く理解できる。本当にありがたい。


 部屋の中は、パチパチと音を立てて燃える暖炉の火のおかげで、心地よい暖かさに満ちている。その暖炉の前に陣取って、まるで猫のように丸くなっているのはファリーナちゃんだ。砂漠育ちの彼女は、オーロラハイドの冬はもちろん、このリバーフォード村の秋の冷え込みにも弱いらしい。


「ほれ、レオン。チーズが上手く焼けたのじゃ。体が温まるぞ」


 ファリーナちゃんが、火で炙ってとろりと溶けたチーズを木の串に絡め、僕の口元へ運んできた。香ばしい匂いが鼻をくすぐる。


「うん、ありがとう。いただくよ」


 僕がそのチーズを頬張ろうと口を開けた、その時だった。控えめなノックの音が、静かな部屋に響いた。


「はーい、ただいま出るです~」


 僕のメイドとして甲斐甲斐しく働いてくれているステラちゃんが、パタパタと軽い足取りで玄関へ向かう。どうやら来客のようだ。


 すぐに、ずっしりとした足音が近づいてきて、リビングのドアが開かれた。


「……入るぞレオン。ドワーフの建築士集団が、オーロラハイドから到着している。オマエも顔を出せ」


 そこに立っていたのは、いつものように黒いマントを羽織った、シドさんだった。その表情は相変わらず読みにくいが、今日はどこか期待感をにじませているようにも見える。


「あっ、シドさん! 頼んでおいたドワーフの職人さんたち、ついに来てくれたんだね!」


 僕はファリーナちゃんに焼いてもらったチーズを急いで口に放り込み、シドさんと共に村の広間へと向かった。


 広場は、数日前までの静けさが嘘のように、活気に満ち溢れていた。屈強なドワーフたちが大勢集まり、馬が引いてきたであろう荷車から、次々と資材を降ろしている。その主なものは大量の木材で、独特の燻された良い香りが漂っていた。


(この香りは……スモークドライした木材だな? 学校の授業で習ったことがあるぞ)


 木材は、伐採したそのままの状態では、建築に使うには水分が多すぎる。自然に乾燥させるには長い時間が必要だが、ここオーロラハイドでは、燻煙乾燥……つまりスモークドライという技法で、短時間で質の高い乾燥木材を作り出していた。この技術がオーロラハイドの建築を支えている。


「あっ、どうも、ドワーフの職人の皆さん。このリバーフォード村の代表を務めさせていただいております、レオンと申します。本日は遠路はるばる、ようこそお越しくださいました」


 僕は集まったドワーフたちに向かって、丁寧に頭を下げた。


「……商会長のシドだ。セリウスが手配してくれた、ドワーフの建築集団『アイアンフィスト組』だ」


 シドさんが、相変わらずの仏頂面で、しかしどこか誇らしげに紹介してくれた。


 すると、ドワーフたちの中から、特に体格のいい二人が前に進み出てきた。


「俺はアイアンフィスト組の頭領、ボルガンと言う。ドワーフ王トーリン様のご子息、バーリンくんから、リバーフォード村で大きな仕事があると聞いてやって来た」


「同じくアイアンフィスト組のドルムだ。ボルガンの弟で、副頭領を務めている」


 ボルガンと名乗ったドワーフは、がっしりとした体躯に、見事な茶色い髭をたくわえている。弟のドルムも、兄に負けず劣らず頑強な体つきで、その瞳には職人としての自信がみなぎっていた。確かに、よく似た兄弟だ。


「立ち話もなんですし、よろしければ、僕が今お借りしている家でお話しませんか? ファリーナ……僕の彼女が焼いた、とろとろのチーズでも召し上がりながら、今後の計画についてご相談できればと思うのですが」


 僕がそう提案すると、ボルガンさんとドルムさんは、一瞬顔を見合わせ、それから少しだけ口元を緩めた。その目が、心なしか優しくなったように見えた。


「なるほど、教皇猊下は、なかなか話の分かるお方のようだ。よろしい。では早速、建設の打ち合わせといこうか」


 ボルガンさんがそう言うと、僕たちは村長さんの家へと場所を移した。


 リビングの大きなテーブルを囲み、早速、建設プランの打ち合わせが始まった。まずは、リバーフォード村の発展に不可欠な建物を優先的に建てる必要がある。


レオンの屋敷(教皇公邸を兼ねる質素なもの)

・旅人や商人たちが安心して泊まれる、大きな宿屋

・シド商会の事務所兼、番頭や若い衆のための住宅と、商品を保管する大きな倉庫

・アイアンフィスト組をはじめとする、ドワーフの職人たちが住むための長屋

・キュアリエ騎士団や、オーロラハイドから派遣された兵士たちのための宿舎


「とりあえず、オーロラハイドから運んできてくださった資材で、これくらいの建物は作れないでしょうか?」


 僕がそう尋ねると、ボルガンさんとドルムさんは、設計図らしき羊皮紙の束を取り出し、二人で何やら真剣に話し合いを始めた。


「兄貴、ここにこれだけの資材があるなら、最初の数棟を建てている間に、オーロラハイドの製材所に新しい木材を発注すれば、なんとか間に合うんじゃねえか?」


「そうだな、ドルム。その手筈で進めよう。製材所の方へ話を通しておかねばなるまい」


 兄弟が熱心に議論を交わしている間にも、カルメラさんが手際よく人数分のお茶を淹れ、ステラちゃんが先ほどファリーナちゃんが焼いていたチーズの残りや、干しブドウなどのおつまみをテーブルに運んできてくれた。


 こうして、一通り最初の建設プランについての話を終え、ボルガンさんたちドワーフ衆が、ひとまず自分たちの野営テントを張るために外へ出て行った。窓から広場を覗くと、屈強なドワーフたちが、あっという間に拠点となるテント群を設営していくのが見えた。その手際の良さは、さすがだ。


 今度は、そのドワーフたちと入れ替わるように、交易騎兵隊のアスターさんが、少し慌てた様子で部屋に入ってきた。ステラちゃんも、来客の応対にすっかり慣れたようだ。


「レオン教皇猊下。また南の街道より、チャリオットが一台、こちらへ向かってきているとの報告が入りました。おそらく、先日お見えになった、あの方かと……」


「うん、アスターさん、ありがとう。きっと、フェリカ王国のガウェイン将軍だね……」


 僕たちは、思わず顔を見合わせる。先日、ガウェイン将軍が「三ヶ月だけ待ってほしい」と言い残して帰っていったが、まだそれほど日も経っていない。


(きっと、ルシエント領が降伏した件だろうな……)


 部屋には、先ほどまでファリーナちゃんが焼いていた、香ばしいチーズの残り香が漂っていた。


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