ボルガン&ドルム兄弟
【ボルガン・アイアンフィスト25歳視点】
『リベルタス歴18年、フェリカ歴146年 10月31日 朝』
分厚い扉を遠慮なく叩く音が、まだ薄暗い部屋に響き渡った。
『ドンドンドンッ、ドンドンドンッ』
その音に混じって、聞き慣れた若いドワーフの声が怒鳴るように聞こえてくる。
「おいっ、ボルガン、ドルム、いるんだろっ? 仕事だ!」
オーロラハイドのドワーフ地区に構えた自宅の寝室で、俺ことボルガン・アイアンフィストは重い頭を抱えながら目を覚ました。ズキズキと痛むこめかみは、昨夜の宴で飲みすぎたエールのせいだろう。壁際にある簡素なソファーから、鍛え上げた体躯をゆっくりと起こす。床に転がった空のジョッキが、昨夜の盛況ぶりを物語っていた。
リビングの隅では、弟のドルムが大きなイビキをかいてまだ寝こけてやがる。まったく、こいつは昔から朝に弱い。
「お~す、今出るぜ~」
寝ぼけ眼をこすりながら、俺は玄関の重たい木製のドアを開けた。そこには、ドワーフ王トーリン様のご子息、バーリンくんが腕を組んで立っていた。朝日を浴びて、その顔つきはいつになく真剣だ。
「ボルガン&ドルム兄弟にやってほしい仕事がある」
バーリンくんは、俺の顔を見るなり単刀直入に切り出した。その「仕事」という言葉を聞いた途端、まだ残っていた酒の酔いが一気に吹き飛んだ。
「おうっ、バーリンくん、仕事か! それなら任せろ!」
俺は、思わず身を乗り出した。ここ最近、オーロラハイドでの大きな工事は一段落し、俺たちアイアンフィスト組のような腕利きのドワーフ職人衆は、少々仕事を持て余していたのだ。あるのは、城壁の定期補修工事や、自慢の温泉施設の配管のメンテナンスといった、日々の修理維持の仕事ばかり。どれも重要な仕事ではあるが、新しいものを造り出す喜びには代えがたい。
「ほらっ、ドルム起きろ! 仕事の話だ!」
俺はリビングに戻り、ソファーで毛布にくるまって眠る弟のドルムを、遠慮なく揺り起こした。
「んがっ……んん……兄貴……なんだよ、朝っぱらから……仕事? おお、仕事か! やるやる! どんなデカい仕事なんだ!?」
仕事と聞いて、ドルムも勢いよく跳ね起きた。寝癖だらけの髪を無造作にかき上げながら、その目はもう職人のそれに変わっている。
俺たち兄弟は、バーリンくんをリビングのテーブルへと招き入れると、詳しい話を聞くことにした。テーブルの上には、昨夜の宴の名残である干し肉の欠片や、チーズの包み紙が散らかっている。いかん、客人を迎えるには少々見苦しいな。
「実はな、レオンっていう俺の同級生がいるんだがな? そいつがリバーフォード村ってところで仕事を発注したいらしいんだ」
バーリンくんは、俺たち兄弟の顔を真っ直ぐに見据えながら、落ち着いた口調で説明を始めた。その表情からは、今回の仕事がただ事ではないことが窺える。
「へえ、バーリンくんの同級生のレオンって言ったら、このリベルタス帝国の教皇猊下じゃありませんか。あの方が、どうしてまたリバーフォード村で工事を?」
俺はテーブルの上の水差しから冷たい水を一杯飲むと、首をかしげた。リバーフォード村は、ここオーロラハイドの南に位置する、街道沿いの小さな村のはずだ。
「おそらくだけどな、リバーフォード村の土地を、カイル先輩……つまり皇帝陛下から、レオンが拝領したらしいんだ」
「へー! それじゃ、あのリバーフォード村一帯が、まるっと教皇領になるってわけですかい! そりゃあ、これからどんどん発展しそうですね!」
俺は、思わず感嘆の声を上げた。教皇猊下直轄の領地となれば、人や物資の流れも活発になるだろう。ドワーフの腕の見せ所だ。
「だろ? しかも、その開発資金の出資者は、大商会長のシドさんらしいんだ」
「そりゃあいい! カネ回りもよさそうだ! 腕が鳴るぜ!」
ドルムが興奮したように身を乗り出した。シド会長の名が出れば、資金面での心配はまずない。俺たちドワーフは、仕事に関しては最高のものを造る自負があるが、そのためには相応の資材と費用が必要なのだ。
「そういうわけだ。だから、オヤジ……トーリン王としても、今回の工事にはドワーフの職人を派遣することを決めた。お前たちアイアンフィスト組には、その第一陣として、リバーフォード村へ向かってほしい」
「「わっかりました!」」
俺とドルムは、力強く声をそろえて返事をした。久しぶりの大きな仕事に、血が騒ぐ。
こうして、俺たちボルガンとドルムが率いるドワーフ建築集団『アイアンフィスト組』は、選りすぐりのドワーフ百人を引き連れて、その日のうちに必要な道具や食料を整えると、意気揚々とオーロラハイドの南門を後にした。
目指すはリバーフォード村。まずは現地を視察し、教皇猊下やシド会長のご意向を伺い、詳細な設計図を引く必要がある。そして、必要な建築資材のリストアップと発注も急がねばならない。幸い、オーロラハイドを出る前に、シド商会の若い衆に資材調達の手配は頼んできた。
街道を南へと進む。秋晴れの空はどこまでも高く澄み渡り、乾いた風が心地よかった。新しい街を造る。その壮大な仕事への期待に、俺の胸は高鳴っていた。
「とても面白い」★五つか四つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★二つか一つを押してね!




