交易騎兵隊とキュアリエ騎士団
【レオン教皇17歳視点】
『リベルタス歴18年、フェリカ歴146年 10月30日 昼』
あのガウェイン将軍が慌ただしく帰っていってから、まだ連絡がない。ちょっとだけ心配だ。
僕は今日も、リバーフォード村の中で往診に出かけていた。
寝たきりのお年寄りや、まだ動かせないような重傷の患者さんの家を一件一件回り、僕の癒しの権能で、少しずつ治療を進めていくためだ。
本当は一気に治してあげたいんだけど、そうすると僕の方が権能を使い果たして倒れちゃうから、少しずつ、というのが今の僕にできる精一杯なんだ。
村の大きな集会場は、いつの間にか簡易ベッドがたくさん運び込まれ、臨時の野戦病院、いや、教皇様の巡回診療所、みたいな感じになっていた。
そして、僕はここで献身的に患者さんたちの看護や、薬の準備を手伝ってくれている兵士さんたちに、感謝の気持ちを込めて『キュアリエ騎士団』と名付けたんだ。
ただ名前をつけただけなんだけど、兵士さんたちは「おおっ!我らが騎士団!」「教皇様直属だ!」なんて、すごく喜んでくれて、なんだか僕まで嬉しくなっちゃった。
キュアリエっていうのは、キュア『癒し』と、騎士団『キャヴァリエ』をくっつけて僕が考えた造語なんだけど、みんな気に入ってくれたみたいで良かった!
その様子を見ていたシドさんが、珍しく感心したように頷いていた。
「……ふむ、キュアリエ騎士団、か。なかなか良い名だ。……よし、騎士団にふさわしい装備を、俺の商会で手配してやろう……」
「シドさん、ありがとう! きっと、キュアリエ騎士団のみんなも、すごく喜ぶと思うよ!」
シドさんは、僕の言葉に「フッ」とだけ鼻を鳴らすと、いつものように片手をひらひらと振りながら、リバーフォード村に急遽設けられたシド商会の出張所へ颯爽と向かっていった……(といっても、ただの大きな物置小屋なんだけど)。
一通りの往診を終え、僕が借りている村長さんの家へと戻る途中、村はずれの畑のそばで、パウラおばあさんが、交易騎兵隊のアスターさんに、泥付きの大きな大根をたくさん渡しているのを見かけた。
「パウラのおばちゃん。この見事なダイコン、今日はどこで売ってこようか?」
「そうさねぇ、アスターさん。今の時期なら、やっぱり南のルシエントの方が、少しは高く売れるんじゃないかねぇ。まあ、その辺はあんたたちプロに任せるよ」
「わかった。それで、売れた時の取り分は、いつも通りでいいかい?」
「ああ、いつも通り、アタシが七で、あんたたちが三、ってことで頼むよ」
「了解だ! 任せときな! ……ただ、万が一、一つも売れなかった時は、勘弁してくれよな、おばちゃん」
「分かってるよ、そんなこと。頼んだよ、アスターさん」
二人は、なんだか慣れた様子で商談をまとめていた。
僕は、二人の邪魔をしないように、会話が終わるのを待ってから、大きなダイコンを何本も背負い籠に詰め込んでいるアスターさんに近づいて、声をかけた。
「こんにちは、アスターさん。今のは、何をしていたの?」
「おお、これはレオン教皇様! これは、我々交易騎兵隊の、ささやかな『副業』でございますよ」
アスターさんは、少し照れくさそうに笑った。
「副業、ですか?」
「はい。我々、交易騎兵隊の本業は、帝国内の交易路の安全を守ることですが、こうして警備の合間や、比較的平穏な時期には、村々を回って産物を買い付けたり、行商や販売代行なんかをしたりして、儲けを出させていただいているのです」
「へえぇ、なるほどねぇ……。確かに、騎兵隊を維持するには、馬の餌代や武具の手入れなんかで、すごくお金がかかるもんね。その費用を、自分たちで稼いでいるんだ。……もしかして、この仕組みを考えたのは、シドさんなのかな?」
「いえ、それがですね……我々、交易騎兵隊に古くから伝わっている話によりますと、この仕組みを最初に考え出したのは、ゼファー公であらせられると……。そして、その素晴らしい仕組みを、シド様がさらに発展させて、今の形に整えられたのだとか……」
その言葉を聞いて、僕は思わず目頭が熱くなるのを感じた。
(そうか……お父さんの考えたことが、こんな形でも、ちゃんとこのリベルタス帝国に生きているんだね……。ただ強いだけじゃなくて、こういう、みんなが助け合って豊かになれる仕組みを考えるのが、お父さんの本当の強さだったのかもしれないな……)
「そうだったんだね……。教えてくれてありがとう、アスターさん。そのダイコン、ルシエントで高く売れるといいね!」
僕は、なんだかとても温かい気持ちになって、アスターさんに手を振る。少しだけ軽くなった足取りで、村長さんのお宅へと戻った。
そこで、ステラちゃんが用意してくれた簡素だけど心のこもった昼食をいただき、その後は、いつものように静かな部屋で瞑想して、消耗した権能の力を少しでも回復させるように努めた。
いつ、どんな急患の患者さんが運び込まれてくるか分からないから、権能の力は、なるべくこまめに回復させて、常に万全の状態を保っておかないといけないんだ。
今日の午後、ファリーナちゃんやカルメラさん、そしてステラちゃんたち女性陣は、村の女の人たちと一緒に、新しく開墾された畑の手伝いに出かけていた。
僕が往診に出ている間、兵士さんたちの農作業の指揮も、彼女たちが代わりにとってくれていたらしい。本当に助かる。
特にファリーナちゃんは、自分の国でラクダを使った輸送部隊を率いていたことがあるらしく、集団を動かすことにはすごく詳しかったので、農作業の段取りなどは、ほとんど彼女に任せきりにしていた。
(まあ、ここにいるのはラクダ騎兵じゃなくて、歩兵さんと、馬だけどね。でも、実際に兵を指揮した経験がある人がやったほうが、絶対に効率がいいよね。ファリーナちゃん、頼りになるなぁ)
「よし、権能も少し回復したし、ちょっと僕も畑の様子を見に行ってみようかな……」
僕がそう思って家から外へ出たまさにその時だった。さっきの交易騎兵隊のアスターさんが、今度は息を切らせて、こちらに猛然と走ってくるのが見えた。
その背中には、まださっきの大きなダイコンを何本も背負ったままだった。売るんじゃなかったのかな?
「レ、レオン教皇様! た、大変でございます! 南の街道より、ルシエント領の代官カシウス・ヴァレン殿が、白旗を掲げた使者を先頭に、リバーフォード村へ向かってきているとの第一報が! も、目的は……降伏、とのことです!」
「へっ……? こ、降伏……? ルシエント領が、僕たちに……?」
あまりにも突然の報告に、僕は思わず間の抜けた声を出してしまった。
見上げた空は、さっきまでの青空が嘘のように、いつの間にかどんよりとした厚い雲に覆われていた。それなのに、吹いてくる風は、秋にしてはどこか妙に生暖かくて、なんだか胸騒ぎがした。
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