キャラバンからの寄進
【レオン教皇17歳視点】
『リベルタス歴18年、フェリカ歴146年 10月23日 朝』
ここリバーフォード村で、教皇としての活動を始めてから数週間。僕の癒しの権能は、以前よりもずっと強力になり、今ではかなり重い病気や大きな怪我でも治せるようになってきた。
ただ、そういう大掛かりな治療をすると、権能の力を一度に激しく消耗してしまうのが悩みどころだ。ファリーナちゃんに権能を補充してもらっても、一日に行える回数には限りがある。
そこで、村にもともといた薬師のリノンさん……年の頃は僕より少し上くらいの、快活な若い女性なんだけど、彼女に協力をお願いして、比較的症状の軽い患者さんたちの治療や、薬の調合をしてもらうことになったんだ。
今朝は、僕が仮住まいとしてお借りしている村長さんのお宅の、応接間を臨時の診察室にして、リノンさんと今後の打ち合わせをしていた。
「はぁ……。レオン教皇様。正直に申しますと、教皇様がこの村にいらしてからというもの、私、ほとんど仕事がなくなってしまって、ちょっと困っていたところなんですのよ」
リノンさんは、少し困ったように、でもどこか悪戯っぽく笑いながら言った。
「ご、ごめんよ、リノンさん! そんなつもりは、まったくなかったんだ! だから、これからは風邪とか、軽い切り傷とか、そういう患者さんは全部リノンさんに診てほしいんだ。お願いできるかな?」
「それは大変ありがたいお申し出ですけれど……。でも、あの、村の衆と来たら、治療のお礼にって、お野菜やお魚、時には鶏や卵なんかを置いていってくださるばかりで、なかなか治療費としてちゃんとおカネを出してくれないんですよぉ……。これじゃあ、新しい薬草も仕入れられませんし……ううっ」
リノンさんは、本当に困ったという顔で、大きなため息をついた。
部屋の隅で黙って話を聞いていたシドさんが、静かに口を開いた。
「……それなら、リノン嬢。村人たちが置いていく野菜や魚、その他の現物支給品は、全て俺のシド商会が適正な価格で買い取ろう。もちろん、現金でだ。これでどうだ?」
「えっ!? そ、それって、本当ですか、シド様!」
リノンさんの顔が、パッと輝いた。
「……ああ、構わん。このリバーフォード村の産物は、オーロラハイドまで運べば、いくらでも売れるからな。あそこは、今や大都市だ。食料は常に不足している」
「た、大変助かります! シド様、本当にありがとうございます!」
リノンさんは、深々と頭を下げてお礼を言った。これで一つ問題が片付いたな。
こうして、リバーフォード村では、日常的な病気や軽い怪我の治療はリノンさんが担当し、僕の権能でなければ治せないような重篤な患者さんだけを、僕が診るという体制が整ったのだった。
ちょうどその話がまとまった時、部屋の扉が勢いよく開いて、ファリーナちゃんが顔を出した。
「おお、レオン! 話の途中ですまぬが、村の外に、大きなラクダのキャラバンが来ておるぞ? こんな寂れた村に、あんな立派な隊商が来るなんて、なんとも珍しいことじゃのう」
続いて、僕のメイドになったステラちゃんも、慌てた様子で部屋に入ってきた。
「あ、あのっ、レオン様! た、たった今、そのラクダのキャラバンの、サイードと名乗る方が、レオン教皇様にぜひともご面会したいと、そう申し出ておられますですぅ!」
「えっ!? サイードさんだって? メルヴのハッサン総督のご子息のサイードさんかな? わざわざこんな村まで?……うん、分かった。すぐにお通しして! カルメラさん、お客様のための飲み物を用意してくれるかい?」
僕は、少し驚きながらも、カルメラさんに指示を出した。
ほどなくして、応接間に通されてきたのは、見覚えのある顔だった。砂漠の遊牧民風のゆったりとした衣服の上に、上等な毛皮のコートを羽織った、精悍な顔つきの青年……間違いなく、メルヴ総督ハッサン殿のご子息、サイードさんだ。頭にかぶった毛皮の帽子も、とても暖かそうだ。もう秋も深いからね。
「やあ、レオン殿! ご無沙汰しておりました! いやはや、こんなところでお会いできるとは! ……おっと、失礼。今は、教皇猊下と、お呼びした方がよろしいかな?」
サイードさんは、少し悪戯っぽく笑いながら、親しげに挨拶をしてくれた。
「ううん、今まで通り、レオンでいいよ、サイードさん。お久しぶりです。それで、お父上のハッサン総督はお元気ですか?」
「ああ、それが……親父も、実は一緒に来ているんだ。少し、体調を崩していてね……すぐに連れてくるよ」
サイードさんは、少しだけ表情を曇らせてそう言うと、一度部屋を出て行った。
しばらくして、サイードさんに肩を支えられながら、応接間に入ってきたのは、確かにハッサン総督その人だった。だが、その姿は、僕が最後にメルヴでお会いした時の面影とは、少し違っていた。フラフラとおぼつかない足取りで、顔色も悪い。
以前よりもずっと痩せてしまわれたようで、あの恰幅の良い、トレードマークだった太鼓腹も、すっかりしぼんでスッキリとしてしまっている。
「おお……これはこれは、レオン様……。いや、レオン教皇猊下。はるばるメルヴの地より、まかり越しましたワイ……。猊下が、万病を癒す奇跡の力をお持ちになったと、風の噂で聞きましてな……。実は、このところ、どうにもこの腹のあたりがシクシクと痛んで、難儀しておりましてのう……」
ハッサン総督は、苦しそうに自分の腹部を押さえながら、か細い声で言った。
「ハッサンさん、大変でしたね……。すぐに診てみましょう。どうぞ、そちらの暖炉の前の寝台に横になってください。お辛いでしょうが、上着を少しだけ、失礼しますね……」
僕は、ハッサン総督を寝台へと促し、彼の服をゆっくりとめくった。
そして、僕は両手をハッサン総督の腹部にかざし、集中して癒しの権能を発動させた。僕の体から、以前とは比べ物にならないほど強大で、そして温かい、澄んだ青い光が溢れ出し、ハッサン総督の体を包み込んでいく。
権能を通して、彼の体の中の様子が、手に取るように伝わってくる。
「……分かりました、ハッサンさん。これは……お酒の飲み過ぎですね。肝臓などの内臓が、かなり痛んでいます。……今すぐ治すことはできますけど、これからは、お酒はお祝い事の時だけにしてくださいね。約束できますか?」
「おおっ! 左様でしたか! い、いかんなぁ、酒は……。わ、分かったワイ! このハッサン、オーロラ教の神に誓って、これからは祝い酒以外は一滴も飲まぬと、固く誓うゾイ!」
ハッサン総督は、顔を真っ青にしながらも、力強く頷いた。
僕は、彼の言葉を信じて、権能の力をさらに強めた。僕の両手から、より一層強い青白い光が、ハッサン総督の腹部へと集中的に注がれていく。
すると、ハッサン総督の腹部が、まるで内側から照らされたかのように、ぼんやりと赤黒い光を放ち始めた。
どうやら、あの赤黒い光が、彼の内臓の悪い部分を示しているようだ。
僕の青い光が、その赤黒い光を包み込み、まるで浄化するように、それはみるみるうちに薄れ、やがて、すうっと完全に消えていった。
「おっ! おおおおおっ!? な、なんじゃこれは! 痛みが……痛みが、まるで嘘のように、すっかり消えてしもうたぞ! 体も、なんだかポカポカして、軽くなったようだ! さすがはレオン様! いや、レオン教皇猊下! 奇跡じゃ、奇跡じゃあ!」
ハッサン総督は、驚きと喜びで目を丸くしながら、自分の腹を何度もさすっている。
「よかったですね、ハッサンさん。もう大丈夫ですよ。……だから、もう猊下なんて呼ばないで、今まで通りレオンでいいですよ。僕とハッサンさんの仲じゃないですか」
僕は、心からの笑顔を向ける。
「いやいや、これは、とんでもないご恩をいただいてしもうた! こうしてはおれん! おい、サイード! 今すぐ、このキャラバンで運んできた積荷を、毛皮も、香辛料も、絹織物も、何もかも全て、レオン教皇猊下と、このリバーフォード村に寄進するのじゃ! もちろん、有り金も全部じゃ!」
ハッサン総督は、寝台から飛び起きると、息子のサイードさんにそう命じた。
「えええっ!? お、親父、本気かよ! そんなことしたら、今回の隊商は、大赤字になっちまうぜ!」
サイードさんは、さすがに慌てた様子だ。
「ええい、赤字なんぞ構うもんか! この命に比べれば、はした金じゃ! メルヴ中の名医という名医に診てもろうても、皆が皆さじを投げ、『もう先は長くない』とまで言われておったこのワシの病が、今、目の前で完全に治ったのじゃぞ!」
「親父、それはそうだけどよぉ~」
「レオン教皇猊下! このご恩返しには、とても足りませぬが、他にも、メルヴからもっと色々な品を取り寄せ、寄進させていただきますぞ! そして、このハッサン、今日よりオーロラ教に改宗し、猊下の熱心な信徒となることを、ここにお誓い申し上げますゾイ!」
ハッサン総督は、僕の前にひざまずかんばかりの勢いだ。
「えええええ~っ!? そ、そんな、寄進とか、改宗とか、そこまでしていただかなくても、僕はただ……!」
僕は、あまりの展開に、ただただ驚いて言葉も出なかった。
「……フッ、大したもんだな、レオン。お前の癒しの力も、そしてその徳も、磨きがかかってきたようだな。……やるじゃないか」
いつの間にか部屋に入ってきていたシドさんが、壁に寄りかかりながら、珍しく少しだけ口の端を上げて、僕にそう言った。
こうして、なんだかよく分からないうちに、僕の教皇としての威光(?)が、また一段と高まってしまったような気がする、今日この頃なのであった。
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