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差し出す資格、受け取る資格

【レオン教皇17歳視点】


『リベルタス歴18年、フェリカ歴146年 10月15日 深夜』


 深夜、僕が借りている寝室で、ステラちゃんが、おずおずと、でも決然とした様子で自分のメイド服のボタンに手をかけ始めた。月明かりが、彼女の震える指先を白く照らしている。


「わわっ! ス、ステラちゃん! だ、だめだよ! そんな、服を脱がなくてもいいんだよっ!」


 僕は慌てて、ベッドの上から声をかけた。隣では、起きだしたファリーナちゃんとカルメラさんが、静かにこちらの様子を見守っている。


「ぐすっ……ひぐっ……。だ、だって……わたくしには、もう、何もありませんから……。レオン様や、皆様に良くしていただいて……今のわたくしには、こうして自分自身を差し出すことくらいしか、お礼のしようがないのですぅ……」


 ステラちゃんは、大きな瞳からぽろぽろと涙をこぼしながら、それでも服の紐を解こうとする。彼女の必死さが、痛いほど伝わってくる。


 メイド服の上着をはだけさせ、白い肩を震わせながら、ステラちゃんは、おぼつかない足取りで僕の寝ているベッドへ近づくと、ためらいながらも、僕の上にそっとまたがってきた。彼女の涙の雫が、僕の胸にぽたりと落ちた。


 僕は、彼女の細い肩にそっと手を置き、それ以上進むのを優しく拒んだ。


「ステラちゃん……君は何も悪くない。君が、そんなことをする必要は、まったくないんだよ……」


「のう、レオンよ。そなたの優しさは分かるが、あまりおなごに恥をかかせるものではないぞ。彼女なりに、必死の覚悟でここへ来たのじゃろうて」


 隣で寝ていたファリーナちゃんが、静かに、でもどこか諭すような口調で言った。


「そうですよ、レオン様。ステラさんも、きっと、とてもよくお悩みになった上での、これが彼女なりの誠意なのでしょう。突き放すのは、かえってお辛いかもしれませんわ」


 カルメラさんも、ファリーナちゃんに同意するように、そっと僕の手を握った。


「えっ! えええええええ~っ!? ふ、二人とも、何を言ってるの!? でも、だって……!」


 僕は、ファリーナちゃんとカルメラさんの言葉に、頭が真っ白になった。


 ステラちゃんの震える体、ファリーナちゃんとカルメラさんの温かい眼差し……。僕は、どうしたらいいのか分からなかった。ただ、目の前で傷つき、追いつめられているステラちゃんを、このままにはしておけない。そう思ったんだ。


 月の淡い光が差し込む部屋の中、ステラちゃんは僕の上で小さく震えていた。その涙は、彼女の悲しみと、絶望と、そしてほんの少しの期待を映しているように見えた。僕は、彼女のその想いを、ただ拒絶することができなかった。


 ファリーナちゃんとカルメラさんが、そっと僕たちの体を包み込むように寄り添ってくる。彼女たちの温かい手のひらが、ステラちゃんの背中を優しく撫で、僕の強張った肩をそっと解きほぐしていくようだった。


 ステラちゃんの細い指が、僕の寝間着の合わせに触れたけれど、僕はその手を優しく握り、彼女の涙で濡れた頬をそっと拭った。


「大丈夫だよ、ステラちゃん。君は一人じゃない」


 暗闇の中で、僕たちは言葉少なだった。ただ、互いの温もりを感じながら、寄り添い合った。それは、慰めであり、誰にも言えない悲しみを分かち合うような、静かで、でもとても大切な時間だった。


 時間はゆっくりと流れ、やがて、ステラちゃんの震えは止まり、僕の胸に顔をうずめたまま、子供のように安心しきった小さな寝息を立て始めた。僕も、ファリーナちゃんも、カルメラさんも、彼女を包み込むようにして、いつの間にか深い眠りに落ちていた……。


 そして翌朝。


 鳥のさえずりで目が覚めると、一つの大きなベッドの上には、シーツやまくらに絡まるようにして、僕とステラちゃん、ファリーナちゃん、カルメラさんの四人が、文字通り寄り添うようにして眠っていた。


 部屋の中には、昨夜の、温かくもどこか切ない空気の残り香が、まだほんの少しだけ漂っているような気がした。


「ううっ……ぼ、僕は……一体、何を……」


 僕は、少しぼんやりとした頭で昨夜のことを思い出そうとした。教皇として、これで良かったのだろうか……。


「あっ……お、おはようございますぅ、レオン様!」


 僕の声で目を覚ましたのか、ステラちゃんが、少し眠そうに目をこすりながらも、昨日とは見違えるように、どこか吹っ切れたような、穏やかな顔で微笑んだ。


 その頬は、涙の跡もなく、よく眠れたからか、ほんのりと健康的につやつやとして見える。


「んん……ふぁぁ……。おはようじゃ、レオン。それに、ステラも。よく眠れたかのう?」


 寝ぼけ眼のファリーナちゃんも、どこかスッキリとした顔をしている。


「ふふっ……おはようございます、レオン様、ステラさん。昨夜は、ゆっくりお休みになれたようで、何よりですわ」


 そして、カルメラさんも、いつもの優しい微笑みを浮かべていた。な、なんなんだ、この朝の空気は……。


『コンコンコンッ』


 その時、遠慮がちに部屋の扉をノックする音がした。まずい!


「……レオン、いるか? シドだ。朝からすまないが、入るぞ」


 シドさんの、いつもと変わらない低い声だ。


「きゃっ!?」とまではいかなかったけど、僕たち四人は、一斉に飛び起きて、大慌てでそれぞれ身なりを整え始めた。僕とステラちゃんはともかく、ファリーナちゃんとカルメラさんはなぜそんなに慌てているんだろう……。


 なんとか格好を整え、扉を開けると、そこにはやっぱりシドさんが立っていた。


「はっ、はははは! こ、これはですね、シドさん! その……昨夜は、ステラちゃんのお悩み相談会というか、その、女子会に僕もちょっとだけ混ぜてもらったというか……! ええと、そういうわけで!」


 僕は、しどろもどろに言い訳をした。


「……フッ、別に構わんさ。ゼファーも似たようなものだったからな。お人好しなところはそっくりだ。……それよりも、オーロラハイドのカイルへ、至急使いを出すぞ。昨日のガウェイン将軍の件を、早く知らせねばなるまい」


 シドさんは、僕たちの様子を特に気にするでもなく、いつも通りの調子で言った。ぜ、ゼファーと同じって、お父さん、一体どんなことをしていたんだ……。


「う、うん! 分かったよ、シドさん! 使いの件、よろしくお願いします!」


 僕は、シドさんの言葉に、なぜかホッと胸を撫でおろした。


 朝食は、いつも僕たちの世話を焼いてくれている、村のパウラおばあさんが、わざわざ作ってくれていた。


 焼きたての香ばしいパンと、野菜たっぷりの温かいスープ、新鮮なサラダ、それに昨日漁師さんがくれたという焼きシャケという、簡素な食事だったけれど、なぜか、今朝の食事はいつもよりずっと美味しく感じられた。


 みんなで食べる朝食は、やっぱりいいものだ。


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