村の神殿
【レオン教皇17歳視点】
『リベルタス歴18年、フェリカ歴146年 10月15日 昼』
僕とステラちゃん、そして護衛の交易騎兵隊百騎は、失意のままリバーフォード村へと帰ってきた。ヴェリシアの城門で追い返されてから、ステラちゃんは僕にしがみついている。何もできなかった自分が悔しい。
村の広場へ着くと、そこには僕たちの帰りを待ちわびていた村の人々や、噂を聞きつけて遠くから来たらしい人々、そして多くの病人や怪我を負った人たちでごった返していた。その数に、僕は思わず息を呑んだ。
僕たちの姿を見つけると、ファリーナちゃんとカルメラさんが駆け寄ってきた。
「レオン! 待っておったのじゃ! さあ、ぐずぐずしておらんで、さっそく治療を始めるぞ!」
ファリーナちゃんは、いつものように元気いっぱいだ。
「レオン様、お待ちしておりました。みなさん、レオン様のお帰りをずっと待っていたのです」
カルメラさんも、安心したように微笑んでくれた。
広場に集まった人々からは、期待と安堵の声が波のように広がった。
「おお、あれが教皇様か……」
「ありがたや、ありがたや……」
「ああ、これでやっと救われるんじゃ……」
皆の視線が、僕一人に集まっているのを感じる。
(な、なんかすごいことになってるね……これが、教皇としての役目なのかな……)
僕は、少しだけ重圧を感じながらも、背筋を伸ばした。
人混みの中から、シドさんが静かに現れた。その鋭い目が、僕の隣にいるステラちゃんを捉える。
「……レオン。ステラ嬢が一緒にいるということは……ヴェリシアでは芳しくない結果だったようだな」
「うん……シドさん。ヴェリシアの城門で追い返されてしまって、中に入れてもらうことも、話を聞いてもらうこともできなかったんだ……」
僕は俯きながら、力なく答えた。
「わたくし……行くところがなくなってしまいましたのです……ヘンリー様から、追放されてしまいました……」
ステラちゃんは、今にも泣き出しそうな声で言った。彼女の瞳には、大きな涙が浮かんでいる。
「ステラちゃん、心配しないで。僕がいるから大丈夫だよ。そうだ、もし良かったら、しばらく僕のメイドをやってくれないかな?」
僕は、少しでも彼女を元気づけたくて、そう提案してみた。
その言葉を聞いた瞬間、ステラちゃんの目が見開かれる。もしも彼女に耳としっぽが生えていたら、ピコンと跳ね上がって、ブンブンと振られていただろうな、と想像してしまった。
「ほ、本当ですか!? わ、わたくしでよろしければ、一生懸命お仕えさせていただきますですぅ!」
こうして、広場での治療が始まった。カルメラさんがテキパキと患者さんたちの列を整列させ、新しく僕のメイドになったステラちゃんが、村の人たちからの感謝の気持ちである喜捨物(野菜や手作りのパンなど)を丁寧に受け取り、整理していく。
そして、僕の権能が尽きそうになると、ファリーナちゃんが「ほれ、レオン、やるぞ!」と、人目も憚らずに権能を補充してくれる。
(毎回ディープキスだから、正直すごく恥ずかしいんだけど……)
皆の協力のおかげで、治療は順調に進んでいった。
太陽が西の山に傾き、空が茜色に染まる頃になって、ようやく最後の一人の治療が終わった。僕は、どっと疲れてその場に座り込みそうになった。
そこへ、ガウル村長が恐縮した様子でやってきた。
「レオン教皇様、本日は誠にありがとうございました。つきましては、今晩から、ぜひ我が家をお使いください。我々は離れで寝ますので、どうぞお気兼ねなく」
「えっ! い、いえ、そんな! 村長さんのお家をだなんて、滅相もありません! 僕はどこか空いている小屋でもお借りできれば……」
「いえいえ、レオン様。実は、村のみんなで相談いたしましてな。このリバーフォード村に、レオン様をお祀りする神殿を建てようという話になったのです。場所は、ひとまずあのニワトリ小屋の隣あたりを考えておりまして……」
「……フッ、神殿か。いいだろう。その建設予算は、俺が出してやろう。寄付だ。立派なものを作るといい……」
いつの間にか隣にいたシド先生が、静かに言った。
「ええ~っ! シド先生まで! でも、そんな、僕のために神殿だなんて……」
「これ、レオン! いつまでも遠慮しておらんで、ここは素直に皆の厚意を受け取るのじゃ! おぬしは、それだけのことをしたのじゃぞ!」
ファリーナちゃんが、僕の背中をパンと叩いた。
「そうですよ、レオン様。皆さんの温かいお気持ちですもの。変に断る方が、かえって失礼にあたりますわ」
カルメラさんも、優しく諭してくれた。
「わ、わたくしも、そう思いますですぅ……レオン様は、本当に素晴らしいお方ですから……」
ステラちゃんも、頬を赤らめながら言ってくれた。
「……うん、分かったよ。みんな、本当にありがとう。それじゃあ、お言葉に甘えて、今夜は村長さんのお家を使わせていただきますね。神殿のことも、本当にありがとう」
僕は、少し照れくさかったけど、皆の温かい気持ちが嬉しくて、素直に頭を下げた。
その日の晩……
僕たちは村長さんの家で、ファリーナちゃん、カルメラさん、ステラちゃん、そしてシド先生も交えて、ささやかな夕食を囲んでいた。
メニューは焼きシャケにパン、サラダ、塩のスープだ。
今日の出来事や、これからの村のことなどを話していると、突然、交易騎兵隊のアスターさんが部屋に駆け込んできた。
「た、大変です! レオン様! このリバーフォード村へ向かって、一台のチャリオットが猛スピードで接近中です! 街道の見張りからの報告です!」
アスターさんの報告に、食卓を囲んでいた一同が、緊張した面持ちで顔を見合わせた。
「アスターさん、落ち着いて。村の人たちには、絶対に家から出ないように伝えてください! チャリオットと平地で正面から戦うのは危険です! 交易騎兵隊の皆さんは、数名の見張りを残し、残りの部隊は街道から少し離れた森陰に兵を伏せ、様子を窺ってください!」
僕は、できるだけ冷静に指示を出した。
「ハッ! 承知いたしました!」
アスターさんは敬礼すると、すぐに部屋を飛び出していった。
僕たちは食事もそこそこに、緊張した面持ちで窓から外の様子を窺った。やがて、月の光の下、村の中央の広場に、土煙を上げて一台のチャリオットが止まるのが見えた。馬も、御者も、相当な手練れのようだ。
チャリオットの上には、月明かりに照らされて、まるで岩のような、身長二メートルはあろうかという大男が一人、仁王立ちになっていた。
その大男が、腹の底から響くような大声で叫んだ。
「俺はフェリカ王国将軍、ガウェインである! この村に、リベルタス帝国のレオン教皇様はおられるか! 此度は、我が主君の非礼を、心より謝罪申し上げるために参った!」
その言葉を聞いて、僕たちは少しだけ安堵した。どうやら、敵ではないらしい。
「フェリカのガウェイン将軍。レオンは、僕です!」
意を決して窓を開け、チャリオット上の巨漢に向かって声をかけた。
僕とガウェイン将軍は互いを見る。
静まり返った村を、秋の澄んだ夜空に浮かぶ月が、まるで何もかも見通しているかのように、優しく照らしていた。
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