ステラと皇帝
【ステラちゃん17歳視点】
『リベルタス歴18年、フェリカ歴146年 10月2日 昼』
ゴトゴトと音をたてて、乗り合い馬車がオーロラハイドの南門に到着したのです。長旅でまたお尻が痛くなったのです。
「はうう~大きな城壁なのですぅ~」
生まれて初めて見る、オーロラハイドの巨大な三重の城壁に、私はすっかり圧倒されていました。フェリカ王国の王都ヴェリシアの城壁よりも、ずっと高くて頑丈そうに見えます。
「こうしてはいられないのです! カイル皇帝陛下に、一刻も早く謁見を申し出なくては!」
私は無愛想だけど親切だった乗り合い馬車のおじさんに慌ててお礼を言うと、オーロラハイドの南門へと、小さな荷物を抱えて近寄ったのです。
門のそばの広い練兵場では、屈強そうな重装騎兵隊の方々が、勇ましい掛け声と共に演習をされていました。
馬上で槍を構えた騎兵の方々が、次々とカカシに向かって突撃し、鋭い突きを繰り出しています。
単純な練習に見えましたけれど、きっとこういった日々の積み重ねが、リベルタス帝国の強さの秘密なのかもしれません。
ドキドキしながら入城の順番待ちの列に並び、ようやく私の番が来ると、門番の方にフェリカ王国の通行証と、リバーフォード村でレオン教皇様から預かった大切な紹介状を差し出しました。
「ほう、娘さん。レオン教皇に会われたのか? 失礼、私はリベルタス帝国重装騎兵隊隊長のロイドと言う」
少し日に焼けたお顔の、ガッチリとした体格の隊長様は、優しそうな眼で私を見てくださいました。
「はっ、はいぃ~! レオン教皇様は、リバーフォードという村で、民の治療にあたっておられましたですぅ」
「なるほど、それは良いことを聞いた。よし、私が責任を持って、カイル皇帝陛下の元までご案内しよう」
「へっ! ? 」
(いっ、いいいいい、いきなり皇帝陛下とは……恐れおおい~)
ロイド隊長様は、とても親切な方で、お城へ向かう途中、オーロラハイドの街の様子を色々と案内してくださいました。活気のある市場、立派な建物、そして笑顔で挨拶を交わす人々……フェリカの王都とはまた違う、温かい賑わいにあふれていました。
特に、出店から漂ってくる甘辛い匂いに、思わずお腹が鳴ってしまいます。私は、ヤキトリという串に刺した鶏肉のお料理を物欲しそうに眺めてしまいました。そうしたら、ロイド隊長様が気前よく買ってくださったのです!
「はうう~! とっても美味しいのですぅ~! この甘辛いタレと、香ばしい鶏肉の味がたまりませんのです!」
ヤキトリを夢中で頬張っているうちに、私たちは街の中心にそびえ立つ、立派なお城の前に着きました。
「ここが皇帝陛下のおわす黒の城です」
ロイド隊長様が教えてくれました。
(真っ黒なお城なのです! 物語なら魔王がいそうなのです!)
お城の中は、外見とは違って明るくて、とても綺麗でした。白い石と黒い石が交互に並んだ床です。そして、私は皇帝陛下の執務室へと通されたのです。
「はうう~、玉座の間ではなく、こちらで謁見なのでしょうか?」
フェリカの王宮とは少し違うみたいで、素直に思った事を口に出してしまいました。
「おっ、さすがはフェリカ国からのお客人だな。城の作法にも詳しいようだ。だがよぉ、俺はどうにもあの玉座の間ってヤツが好きになれなくてな。堅苦しいのは性に合わん。だから、だいたいの客人とは、もっぱらここで会っているんだ」
「こちらの方が、リベルタス帝国皇帝、カイル陛下でございます」
ロイド隊長様が紹介してくださいました。
「はうっ、はうううう~! しっ、失礼いたしましたのです! わたくし、フェリカ王国のメイド、ステラと申しますぅ! あの、本日はエドワード王の……その、ご遺言についてお伝えしに参りましたのです……」
カイル皇帝陛下は、私の言葉を聞くと、目を見開いてお尋ねになりました。
「遺書だぁ~? ってことは、まさかエドワードおじいちゃんは……」
「はい……エドワード陛下は、先日、お亡くなりになられましたのです……」
私は震える声でお伝えしました。
カイル皇帝陛下は、その言葉を聞くと、しばし黙り込み、やがてポツリと呟かれました。
「そうか……もう、おじいちゃんから、お菓子もらえないんだな……」
そのお姿は、リベルタス帝国の皇帝というより、大好きなおじい様を亡くした、一人の悲しむ少年のように見えました。
私は、エドワード陛下から託された二通の遺書の内容について、カイル皇帝陛下にお伝えいたしました。
もしもフェリカ王国が乱れ、民が苦しむような事態になった場合には、カイル皇帝陛下がフェリカ王国を併呑しても構わないということ。
ただ、ヘンリー王子の命だけは助けて差し上げてほしいということ。
そして、この手紙をお読みになる頃には、ご自身はもうこの世にはいらっしゃらないだろうということ……。
カイル皇帝陛下は、静かに涙を流しておられました。そのお姿に、私も思わずもらい泣きしそうになりました。
「そうか、分かった。おじいちゃんの遺言、確かに受け取った」
しばらくして、カイル皇帝陛下は涙を拭うと、力強く仰いました。
「あの、カイル皇帝陛下。わたくし、道中リバーフォード村にて、レオン教皇様にお会いしたのです」
「そうか、レオンにも会ったのか。弟は、何か言っていたか?」
私は、レオン教皇様がおっしゃっていたことを、なるべくそのままお伝えしました。
フェリカ王国を助ける用意があること。
シド商会が交易騎兵隊を集めてくださること。
そして、いざという時には、リベルタス帝国から歩兵の動員許可を頂きたい、と。
私の報告を聞き終えると、カイル皇帝陛下はうなずきました。
「なるほど、お前はなかなか優秀なメイドのようだな」
と仰って、部屋の隅に控えていた宰相らしき方に声をかけられました。
「おい、バートル。財政がどうのこうのと言うんじゃねえぞ? エドワードおじいちゃんの遺言だ。いつでもレオンに兵を貸せるように、手筈を整えておいてくれ」
「ハッ!」
バートルと呼ばれた方は、低い声で応じられました。その眼光は鋭く、切れ者といったご様子です。
カイル皇帝陛下は、バートル様に問いかけました。
「バートル、何も言わないんだな。いつもなら、もっと色々と言うくせに」
「私とて、そこまで血も涙もない人間ではございません。エドワード陛下とは、以前オーロラハイドにお越しになられた際、酒席をご一緒させていただきました。財政のことは、なんとかいたしましょう」
バートル様は、少しだけ表情を和らげると、静かに答えられました。
「頼む」
カイル皇帝陛下は、私に向き直られました。
「と、言うことだ。ステラさん。レオンには、『好きにしていい』と伝えてくれ。もし必要とあらば、俺自身がリベルタス軍の指揮を執っても構わない。だが、最終的な判断はレオンに任せる、と」
「はっ、はいぃぃぃ~っ! 」
「まあ、なんだ。せっかく遠いところから来てくれたんだ。メシでも食っていけや。ちょうど昼時だ」
と、カイル皇帝陛下は、少しくだけた口調で仰ってくださいました。
そして、カイル皇帝陛下と、奥様でいらっしゃるユリア様、それからバートル宰相様とご一緒に、オーロラハイド風海鮮お好み焼きという、とっても美味しいお料理をご馳走になったのです。ユリア様は天使のように美しい方で、私のような者にも優しく接してくださいました。
その夜は、お城のそれはもうフカフカなベッドで休ませていただき、翌朝、カイル皇帝陛下とユリア様、バートル宰相様に見送られながら、私は再びレオン教皇様のいらっしゃるリバーフォード村へと向かったのでした。
なんだか、夢のような一日でした。
「とても面白い」★五つか四つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★二つか一つを押してね!




