ステラと教皇
第144話 ステラと教皇
【ステラちゃん17歳視点】
『リベルタス歴18年、フェリカ歴146年 9月29日 昼』
ゴトゴトと揺れる乗り合い馬車が、ようやくリバーフォードという村に着いたのですぅ。お尻が痛くて、体も砂埃でザラザラですぅ。
「へい、お嬢ちゃん、この村で一晩泊まっていくよ。明日にはまた出発するからね」
無愛想な御者のおじさんが、ぶっきらぼうにそう言いました。はわわ、早く休みたいのですぅ。馬車を降りると、何やら村の広間が賑わっているのが見えました。たくさんの人が集まって、何かを見ているみたいですぅ。
「何やら村の広間に行列ができているのです!」
好奇心には勝てず、私は人だかりの方へ近づいてみました。すると、そこでは若い貴族様のような方が、不思議な青い光る手で、村の人たちの治療をしているではありませんか!
ちょうど、腰をさすっていたおばあさんが治療を受け終わったところみたいで、お礼に大きなダイコンと立派な干しシャケを貴族様に渡していました。
(はわわわわっ! あの青い光は、間違いなく貴族の権能なのです! リベルタス帝国では、貴族様がこんな風に民衆の治療をなさるのでしょうか? あっ、でも、高貴な貴族様なら、きっと皇帝陛下や教皇様のお知り合いに違いないのですぅ!)
これは千載一遇のチャンスです! 私は急いで、その貴族様の元へ駆け寄ろうとしました。
「はーい、そこのお嬢さん、ちゃんと列に並んでくださいね~」
優しそうな女の人に声をかけられてしまいました。はわわわわわっ! そうですぅ、ちゃんと順番を守って列に並ばないといけないのですぅ。私としたことが、はしたない真似をするところでした。
「わっ、わかりましたっ!」
私は慌てて列の最後尾に並びましたですぅ! それにしても、あの貴族様の権能は本当にすごいですぅ。村の人たちが次々とやってきて、傷やケガはもちろん、ご老人の頑固なヒザや腰の痛みまで、何でも治してしまうのですぅ。こんなに強大な力を持っていらっしゃるのだから、きっとリベルタス帝国でも高位の貴族様に違いないのですぅ。
「はーい、次の方どうぞー」
列が進んで、いよいよ私の番が近づいてきたと思った、その時ですぅ。
「その前に、ちょっと権能の力を回復しないとね」
癒しの貴族様が、少し疲れたように額の汗を拭いました。すると、隣にいた浅黒い肌の、これまた綺麗な女の人が、貴族様に近づいて……。
「どれ、妾に任せるのじゃ!」
はわわわわわっ! いきなり、その女の人が貴族様に、濃厚な舌をからめるようなキスを! ま、周りにはたくさんの人がいるというのに、なんて破廉恥なのですぅ! で、でも……あの浅黒い肌の女の人、なんだかとっても幸せそうなキスをするのですぅ……正直、ちょっとだけうらやましいですぅ。ヘンリー様も、あれくらい優しくしてくださればいいのですぅ……
しばらくして、貴族様と女の人の唇が離れると、貴族様は「ありがとう」と言って、また治療を再開されました。そして、ついに私の番が来たのです。
私は貴族様の前に進み出て、できるだけ小さな声でささやきました。
「あっ、あのっ、エドワード陛下が……お亡くなりになりました。陛下からのご遺言を預かっております」
私の言葉に、貴族様の表情がサッと変わりました。彼は優しく、でも真剣な眼差しで私を見つめると、シーッと唇に指をあてました。
「いいかい、その話はあとでゆっくり聞くよ。僕たちのうしろで、しばらく待っていてくれるかな。他の人たちの治療が終わったら、宿の部屋で詳しく聞かせてもらうから」
「はっ、はいなのですぅ」
よ、よかったのですぅ。私の長い旅が、ようやく終わるかもしれないと思うと、安堵で涙が出そうになりました。
そして、夕方。村の治療が一段落したのでしょう。私は、癒しの貴族様と、先ほどの浅黒い肌の綺麗な女性、そしてもう一人、どこか影のある美しい貴婦人のような女性、それから冷たい視線をした怖そうなおじさまと一緒に、宿の二階にある一室にいました。
「ぼくの名前は、レオン。いちおう、リベルタス帝国の教皇だよ。今はちょっと訳あって、修行の旅でこの村にいるんだ」
癒しの貴族様……いえ、レオン教皇様が、優しく自己紹介をしてくださいました。私は慌てて自分の名を名乗り、ガウェイン将軍から託されたエドワード陛下のご遺言を、震える声で読み上げました。
レオン教皇様は、静かに遺言に耳を傾けていました。
「ふーむ。そういうことだったのか……。おじいちゃんが亡くなるなんて……お兄ちゃんもエリュアも悲しむだろうなぁ。フェリカ王国も大変なことになるかもしれないね。それで、ステラさんは、僕たちにどうしてほしいのかな?」
「はわわ、その、ガウェイン将軍は、カイル皇帝陛下かレオン教皇様にお伝えするようにと……」
「そうなると、カイルお兄ちゃん……今のリベルタス皇帝にも知らせないといけないね。でも、非常時にリベルタスから兵力を貸すとしたら、どれくらい集められるかな? シドさん、どう思う?」
レオン教皇様が、隣に座っていた冷たい視線の怖そうなおじさま……シド様と呼ばれた方に尋ねました。
「……そうだな、まず俺の手勢、街道騎兵隊が三千五百。歩兵は、まあ、カイルのヤツに頼んで領内から動員してもらえば、一万は集まるはずだ。補給は、商会でなんとかしよう。あと、オマエならグラナリアからも兵を借りることもできるだろう。魔女伯ルクレツィアに頼んでみろ。そうだな、総数で言えば、一万五千といったところか」
シド様は、こともなげにそう言いました。
「だ、そうですよ、ステラさん? この兵力で足りるかな?」
レオン教皇様が、私に優しく問いかけてくださいました。
「はわわわわわっ、す、スケールが大きすぎて、ワタシには皆目見当もつかないのですぅ……」
「まあ、ステラさんは、このままオーロラハイドに行って、ウチのお兄ちゃんにも直接話してみなよ。きっと力になってくれるはずだから」
レオン教皇様の言葉に、私は少しだけ希望の光が見えた気がしました。
「だが、カイルのところに、今すぐに動かせるカネがあるかどうかは微妙だぞ。この前、砂漠の方に遠征したばかりだからな。そう何度も大きな支出はできまい。それに、今のオーロラハイドで実質的な権限を持っているのはあのバートルだ。ヤツは、どちらかというと財政を引き締めるタイプのヤツだ」
シド様が冷静に付け加えました。
「あーたしかにねー。バートルさんなら、きっとそうするだろうね。カイルお兄ちゃんはバートルさんを頼りにしているからね」
レオン教皇様も、困ったように苦笑いですぅ。
「はわわわわわっ、じゃあ、皇帝陛下のお力は借りられないのですか?」
せっかく見えた希望が、また消えてしまいそうですぅ。
「まあ、聞くだけ聞いてごらんよ。それで、『弟のレオンはこう言っていましたけど、どう思われますか?』って、お兄ちゃんの意見を聞いてから、またここに来るといい。たぶん、『レオンの好きにしろ』って言うだろうから」
レオン教皇様は、ニッコリと笑ってそう言ってくださいました。
「わ、分かったのですぅ。ありがとうございますですぅ」
翌朝、私は皆さまに見送られ、乗り合い馬車に乗ってオーロラハイドを目指しました。レオン教皇様は、私の旅の無事を祈ってくださったみたいで、なんだか体がポカポカするのですぅ。
これからどうなるのか、まだ不安でいっぱいですけど、いくぶん、心が晴れたような気がしたのでした。
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