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オーロラハイド追放

【レオン教皇17歳視点 本日誕生日】


『リベルタス歴18年、フェリカ歴146年 9月25日 朝』


 柔らかな朝の日差しが、黒の城の豪奢な窓から差し込み、部屋の隅々までを照らし出していた。小鳥のさえずりが遠くから聞こえ、オーロラハイドの爽やかな一日の始まりを告げている。


 僕はゆっくりと目を開けた。隣には、すっかり寝息を立てているファリーナちゃんの穏やかな寝顔がある。彼女の黒髪が枕に広がり、規則正しい呼吸に合わせて小さく肩が揺れていた。最近では、彼女が僕の隣で眠るのが当たり前になっていて、ファリーナちゃんと呼んでも、怒られることもなくなった。


 ふと、ベッドのもう片方に気配を感じて視線を移すと、そこにはカルメラさんの姿があった。彼女もまた、穏やかな表情で眠っている。セダ・ヴェルデでの辛い記憶から解放されて以来、カルメラさんは驚くほど明るくなり、僕に対して積極的な好意を示してくれるようになっていた。その熱烈な視線に、僕もファリーナちゃんも気づかないふりはできず……


「はあっ、仕方ないのう。側室としてなら入れてやるぞえ?」


 と、ファリーナちゃんが少し拗ねたように、でもどこか嬉しそうに言ったのが昨日のことのようだ。こうして、僕たちの朝は三人で迎えるのが日常となっていた。なんだか不思議な関係だ。


(これじゃお父さんのこと笑えないな……)


『コンコン』


 控えめなノックの音が響き、続いてアウローラさんの明るい声が聞こえた。


「レオンく~ん、入るわよ~」


 女神官のフリを続けているけれど、僕は彼女が本当は女神様だってことを知っている。


「ああ、おはよう、アウローラさん……どうぞ」


 眠い目をこすりながら返事をすると、アウローラさんが軽やかに部屋へ入ってきた。彼女はいつもの純白の神官服に身を包み、その笑顔は朝の日差しのように眩しい。


「レオンくん、元気? ふふふ、今日はアナタの十七歳の誕生日よね! おめでとう! とっておきの誕生日プレゼントがあるわよ!」


 アウローラさんは、いたずらっぽく片目をつむった。


「あの、アウローラさん、プレゼントはワタシとか言わないでくださいね? そういうのは、間に合ってますから」


 僕は先手を打って釘を刺す。最近のアウローラさんは、何かと僕に迫ってくるのだ。


 アウローラさんは、わざとらしく顎に手を当てて考え込む素振りを見せた。


「あら、それもいいわね? レオンくんなら、いつでも大歓迎よ?」


「だから、否定してくださいよっ!」


 僕が本気でため息をつくと、アウローラさんはコホンと一つ咳払いをして、女神官らしい(?)真面目な表情に戻った。


「まあ、いいわ。冗談はさておき、今日はアナタに教皇らしい、特別な権能を授けにきたの」


「えっ、権能を授けるって……」


(まずい、アウローラさんが女神なのは秘密なのに!)


「大丈夫、大丈夫。ファリーナちゃんとカルメラちゃんなら、ぐっすり眠っているわ」


 アウローラさんは子供のように笑う。


「それで、どんな権能なんですか?」


「癒しの権能よ。ケガや病気を治せる、とっても便利な力。これを授けちゃうと、オーロラハイドの医療技術の発展が阻害されるかもしれないから、悩んでいたのだけど……今日のプレゼントってわけ」


「どっ、どの程度の癒しの効果なのですか? まさか、死んだ人まで生き返らせたり……」


「それは無理よ。でも、最初は軽い外傷を治す程度かしら? もちろん、レオンくんの訓練と使い方次第で、その才能はぐんぐん伸びるわよ。もしかしたら、奇跡だって起こせるかもしれないわね」


 アウローラさんの言葉に、僕はゴクリと喉を鳴らした。癒しの力……それは、人々を救うための、教皇として最もふさわしい力かもしれない。


「わっ、分かりましたアウローラさん。謹んでお受けいたします!」


 僕が頭を下げると、アウローラさんの体が淡いオーロラ色の光に包まれ、ふわりと背中から純白の女神の羽が現れた。神々しいまでのその姿に、僕は息をのむ。アウローラさんは静かに僕の額に口づけをした。


 その瞬間、暖かい何かが体の中に流れ込んでくるのを感じた。自分でもわかる。新しい権能が、確かに僕の中に宿ったのを。


「あと、レオンくん……今日のプレゼントはもう一つあるの」


 アウローラさんは、すっと羽とオーラの光をしまうと、いつもの人懐っこい笑顔に戻った。


「アナタ、オーロラハイド追放ね」


「えっ? ど、どうして僕が追放なんですか!?」


 あまりにも突然の宣告に、僕は素っ頓狂な声を上げるしかなかった。


「それは俺から説明するわ……」


 低い声と共に、カイルお兄ちゃんが部屋に入ってきた。いつの間に来ていたんだろう。


「カイルお兄ちゃん!」


「レオン、落ち着いて聞け。さすがにリベルタス帝国に、皇帝と教皇っていう最高権力者的な人間が二人もいるのは、まずい。だから、お前にはしばらくオーロラハイドを出て、修行の旅をしてもらうことにした」


「修行の旅……ですか?」


「ああ。追放期間は一年とする……。これでいいか? アウローラ」


 カイルお兄ちゃんがアウローラさんに視線を送る。


「ええ、いいわ。レオンくん、一年間の武者修行、いってらっしゃーい。ひとまわり大きくなって帰ってくるのよ!」


 アウローラさんは、まるでピクニックにでも送り出すような気軽さだ。


「妾もいくのじゃ!」


 どこから話を聞いていたのか、いつの間にか起きていたファリーナちゃんが、ベッドから飛び起きて叫んだ。彼女の瞳は決意に燃えている。


「わ、私はレオン様に救われた身……どこまでもお供いたしますわ」


 カルメラさんも、静かだが力強い声だ。彼女の目にも、僕への信頼と覚悟が宿っている。


「レオン、すまないな。黒の城からはたった今から出入り禁止だ。オーロラハイドの街からも、今日の昼までには出ていってくれ……これは決定事項だ」


 カイルお兄ちゃんの声には、皇帝としての非情さと、兄としての苦悩が滲んでいた。


 こうして、僕のオーロラハイド追放は決定した。あまりにも急な展開に頭が追いつかない。



 僕たちは急いで旅支度を整え、メルヴの遊牧民が着るような、丈夫で動きやすい旅装束に着替えた。そして、オーロラハイドの南門であるトーリン門から、静かに街を後にした。


 トーリン門の前には、重装騎兵隊隊長のロイドさんをはじめ、五百騎の騎兵たちが整列して、僕たちを見送ってくれた。


「レオン様、オーロラハイドの外でお助けするなとは、カイル陛下から命令は受けておりません。何かあれば、いつでもお声がけください。我々は必ず駆けつけます」


 ロイドさんが力強く敬礼する。彼の言葉に、兵士たちも力強く頷いた。


「ありがとう、ロイドさん。みんな。でも、これは僕の修行でもあるから、できるだけ自分の力でやってみるよ」


 僕は笑顔で応え、深く頭を下げた。


 重装騎兵隊に別れを告げると、僕とファリーナちゃん、そしてカルメラさんの三人は、オーロラハイドの城壁を背に、トボトボと南へと歩き出した。心細さと、期待が入り混じる、不思議な気持ちだった。


「とりあえず、どこか近くの村で寄付でも集めてみる? かわりに新しい権能で、ケガや病気を癒してあげるから、みたいな感じで……」


 僕が提案すると、ファリーナちゃんが呆れたように肩をすくめた。


「乞食のマネとはのぉ……。まあ、この際仕方ないじゃろ……。(わらわ)も手伝うぞえ」


「あっ、あの、私、お客さんを集めてきますね! 任せてください!」


 カルメラさんが、なぜかやる気満々で拳を握りしめている。


 リベルタス帝国の皇帝の弟にして、オーロラ教の教皇レオン。そして、元熱砂の姫君ファリーナと、西の帝国からの逃亡者カルメラ。僕たちの奇妙な三人旅は、こうして始まったのだった……


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