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交易路の守護者!~理想の国づくりと貿易で無双したいと思います~  作者: 塩野さち
第四章 心の門

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サラーブ川の戦い

【バートル視点】


『リベルタス歴18年、4月15日 昼』


 春の日差しが、オーロラハイドの黒の城に降り注いでいた。雪解けの季節を迎え、城の庭からは小さな草花が顔を覗かせている。私、バートルは執務室の窓から外の景色を眺めながら、これから始まる会議に向けて心を引き締めていた。


 窓から見える城下町は活気に満ちていた。商人たちが行き交い、市民たちは春の訪れを喜ぶように明るい表情で過ごしている。だが、そのような平和な日常とは裏腹に、我々リベルタス帝国は大きな決断の時を迎えていた。


「宰相、皆さんお揃いになりました」


 側近が静かに告げる。私は深く息を吐き出し、会議室へと向かった。


 黒の城、大会議室。厳かな雰囲気の中、円卓には既に主要メンバーが集まっていた。カイル皇帝を中心に、ヒューゴ軍務大臣、商会長シド、メルヴ総督ハッサン、そしてリヴァンティア宰相ラシームが席についている。ファリーナ姫も席の端のほうに座り、レオン様の傍らでくつろいでいた。


「では、リヴァンティア奪還作戦の会議を始める」


 カイル皇帝が静かに、しかし力強く宣言した。彼の目は決意に満ちていた。


「まず最初に、皆に報告がある」


 カイル皇帝が立ち上がる。彼の表情は引き締まり、皇帝としての威厳が漂っていた。


「レオン、言ってみろ」


 レオン様が立ち上がり、少し緊張した様子で口を開いた。


「えっと、皆さん。実は僕、教皇になることになったんだ」


 その言葉に、部屋中がどよめいた。


「なに!? 教皇ですと!?」


 ヒューゴ軍務大臣が驚きの声を上げる。その顔は信じられないという表情だった。


「レオン殿が教皇とは! 吾輩、感動であります!」


 感極まったように彼は目を拭った。


「そういうわけで、僕は出陣できません。すみません」


 レオン様は申し訳なさそうに頭を下げた。その姿に、私は若き王族の責任感を感じた。


「はぁ? なんじゃと!? それではレオンは(わらわ)と一緒に戦場へ行けぬというのか!?」


 ファリーナ姫が立ち上がり、青い瞳を大きく見開いた。彼女の声には驚きと落胆が混ざっていた。


「うん、ごめんね、ファリーナちゃん」


 レオン様が優しく微笑む。その瞳には、決意と共に少しの寂しさが宿っていた。


「ばかもの! 教皇などよりも、(わらわ)と一緒に戦場に行くべきじゃろう!」


 ファリーナ姫は拗ねたように口を尖らせ、腕を組んだ。


「いや、教皇は重要な役職だからな。レオンの権能は人心を操る力がある。これは戦場よりも、民の救済に使うべきだ」


 カイル皇帝の言葉に、ファリーナ姫は少し考え込む様子を見せた。


「うぅ……分かったのじゃ。レオンが教皇になるのなら、(わらわ)もそれを応援するのじゃ。……それに、(わらわ)もリヴァンティアの王位はラシーム(にい)に譲りたいと思っていたのじゃ」


 突然の発言に、ラシーム宰相が驚いた表情を見せる。


「ファリーナ、何を言っているんだ? 君はリヴァンティアの正統な後継者だぞ」


「いいのじゃ、ラシーム(にい)(わらわ)はもうレオンと共にオーロラハイドで暮らすことに決めたのじゃ。だから王位は(にい)に譲るのじゃ」


 ファリーナ姫はそう言うと、レオン様の腕にしがみついた。レオン様は少し照れた表情を見せながらも、彼女の頭を優しく撫でる。


「……本気なのか?」


 ラシーム宰相の声には、困惑と感動が混じっていた。


「本気じゃ! (わらわ)はレオンと共にいたいのじゃ!」


 ファリーナ姫の目は真剣さに満ちていた。その眼差しに、ラシーム宰相は静かに頷いた。


「分かった。リヴァンティアを取り戻したら、私が王として責任を持とう」


 ラシーム宰相の決意の言葉に、場の空気が引き締まる。


「さて、それでは作戦の話に移ろう」


 カイル皇帝が地図を広げる。そこには砂漠地帯とサラーブ川、リヴァンティアの位置が詳細に記されていた。


「問題は戦費と糧食だ。一万八千の軍を動かすとなると、相当な量が必要になる」


 カイル皇帝の言葉に、シドが立ち上がった。


「……フッ、ここは俺が何とかしよう」


 彼は落ち着いた声で言うと、皆に視線を向けた。


「……だが、これが最後だ。俺はそろそろ引退する。今回の戦費と糧食は俺が出す」


 シドの言葉に、会議室が静まり返る。


「シドさん……長年の貢献に感謝する」


 カイル皇帝が深々と頭を下げた。


「出陣メンバーだが、バートル、ヒューゴ、ラシーム、シド、この四人を中心にする」


 カイル皇帝の視線が私に向けられる。


「バートル、総大将は任せる」


 私は背筋を伸ばし、確かな声で応えた。


「はい、責任を持って指揮を執ります」


 この時、心の中で覚悟を決めた。リヴァンティア解放のため、そして砂漠の平和のため、私は全力を尽くそう。


「さて、ハッサン総督。メルヴからの兵力提供を頼めるか?」


 カイル皇帝の問いかけに、狐のハッサンが豪快に笑った。


「もちろんじゃ! メルヴから一万の兵を出そう!」


 ハッサンの力強い言葉に、会議室に少し活気が戻る。


「ロヴァニアからも八千の兵を借りる手はずになっている。これで総勢一万八千の軍となる」


 カイル皇帝の説明に、私は心の中で戦略を練り始めていた。


 会議は細部にわたる作戦確認へと移った。サラーブ川の渡河作戦、アークディオン軍との対峙方法、そして最終的なリヴァンティア奪還までの流れが詳細に話し合われた。私は総大将として、一つ一つの決断に責任を持って臨んだ。


 春の陽光が会議室の窓から差し込み、テーブルの上の地図を優しく照らしていた。これから始まる戦いへの覚悟が、静かに私たちの心に刻まれていった。


『リベルタス歴18年、4月30日 昼』


 メルヴへの道は、雪解けの影響で所々ぬかるんでいた。私たちの一行は、カイル皇帝からの全権委任状を携え、メルヴを目指していた。ハッサン総督も我々と共に帰還し、準備を整える手はずだ。


「さっそく最初の目的地に着いたな」


 私は遠くに見えるメルヴの城壁を指さす。砂岩で造られた城壁は、夕日に照らされて黄金色に輝いていた。


「バートル殿、吾輩、メルヴの活気が楽しみであります!」


 ヒューゴが陽気に口笛を吹く。しかし、彼の目は現地視察を欠かさない鋭さを持っていた。


「……砂漠の入り口、メルヴか……」


 シドは静かに呟いた。彼の口調には、これが最後の遠征になるという覚悟が滲んでいた。


 メルヴの門に到着すると、ハッサン総督の息子サイードが出迎えてくれた。


「お待ちしておりました! バートル宰相! ヒューゴ軍務大臣! そして大商会長シド殿! すでに総督府で準備を整えております」


 サイードの声は若々しく、その顔には歓迎の笑みが浮かんでいた。


「ご案内ありがとう」


 私は礼儀正しく挨拶した。


「さあ、総督府へご案内しましょう!」


 サイードとハッサンに導かれ、私たちは総督府へと向かった。


 総督府の会議室で、私たちはメルヴからの兵力について詳しく話し合った。一万の兵は主に砂漠戦に慣れた兵士たち。彼らの知識と経験は、砂漠地帯での戦いには必要不可欠だった。


「これがメルヴから派遣する兵の詳細な資料です」


 ハッサンの息子サイードが、整理された書類を私に手渡す。そこには兵の種類、装備、戦闘経験などが詳細に記されていた。


 特に砂漠品種である、メルヴ馬はありがたい。


「素晴らしい。これなら砂漠での行軍も問題ないだろう」


 私は満足げに頷いた。


 メルヴでの準備を整え、私たちの軍は一万の兵を加えてロヴァニアへと向かった。


『リベルタス歴18年、5月10日 午後』


 ロヴァニアの城門に到着すると、驚くべき光景が広がっていた。ロヴァニア伯が自ら門前に立ち、深々と頭を下げているのだ。


「バートル宰相様、ヒューゴ軍務大臣様、シド商会長様、これまでの我が態度をどうかお許しください」


 ロヴァニア伯の声には、深い後悔の色が滲んでいた。


「これまでレオン殿や熱砂の姫君に塩対応だったことを心よりお詫び申し上げます。今回は八千の精兵を用意いたしました」


 彼は額に汗を浮かべながら、何度も頭を下げる。


「伯爵、過去のことは水に流そう。大切なのは今、共に砂漠の平和のために力を合わせることだ」


 私の言葉に、ロヴァニア伯は感謝の表情を浮かべた。


「ありがとうございます。このロヴァニアの全てを挙げて、リベルタス軍をお手伝いいたします」


 こうして、私たちの軍はさらに八千の兵を加え、総勢一万八千となった。


 ロヴァニアでの準備を整え、私たちはついにリヴァンティアを目指して出発した。砂漠の旅は過酷だったが、兵士たちの士気は高く、脱落者は出なかった。彼らの顔には、正義のために戦うという誇りが宿っていた。



『リベルタス歴18年、5月22日 早朝』


 サラーブ川の岸に到着した私たちの軍。対岸には、アークディオン軍の陣営が見える。彼らはリヴァンティアを放棄し、サラーブ川の西岸に陣取っていた。


 私は敵陣を注意深く観察する。アークディオン軍は約二万。


 敵が数では上回る。さて、どうしたものか。


「敵は対岸で迎え撃つ態勢だな」


 ヒューゴが私の横に立ち、同じく敵陣を眺めている。


「ああ、リヴァンティアの城壁補修が間に合っていないようだ。籠城せずにここで戦う選択をしたらしい」


 私は冷静に状況を分析した。


「……奴らは自分たちの強みを活かす場所を選んだというわけか」


 シドが鋭い眼差しで川の流れを見つめる。


「サラーブ川の水量は多くないが、それでも渡河は容易ではない」


 ラシーム宰相が言う。彼の顔には、故郷を取り戻す決意が刻まれていた。


「そうだな、渡河用に兵士のテントに馬の飼い葉を詰めて浮袋にするんだ。あと攻城兵器の準備だ!」


 私は参謀たちを集め、最終的な作戦確認を行った。


 夜が明け、朝日がサラーブ川の水面を赤く染める頃、私たちの軍は行動を開始した。まず、バリスタやカタパルトなどの攻城兵器を前線に配置。これらは渡河する際の援護射撃を担当する。


「……攻城兵器、準備完了だ」


 シドの報告を受け、私は深く息を吸い込んだ。


「攻撃開始!」


 私の命令と共に、攻城兵器からの一斉射撃が開始された。巨大な石や火矢がサラーブ川を越え、アークディオン軍の陣に降り注ぐ。


 アークディオン軍も弓で反撃を試みるが、距離が遠すぎて届かない。彼らは混乱し始め、少しずつ後退を始めた。


「バートル殿! アークディオン軍が後退し始めました!」


 部下の報告に、私は次の指示を出す。


「よし、渡河部隊、前進!」


 渡河を担当する部隊が、用意された浮袋でサラーブ川を渡り始める。攻城兵器からの援護射撃が続く中、私たちの軍は着々と川を渡っていった。


 最初の部隊が無事に対岸に到達すると、橋頭堡を築き始める。続く部隊のために安全地帯を確保するのだ。アークディオン軍は反撃を試みるが、私たちの攻城兵器の射撃範囲内に入ると、すぐに撤退せざるを得なかった。


 やがて、主力部隊も無事に対岸に渡り終え、私たちは本格的な戦闘態勢を整えた。


「バートル殿、敵軍の動きに変化があります」


 斥候の報告を聞き、私は再び望遠鏡で敵陣を観察する。アークディオン騎兵が隊形を変え、弧を描くように配置されていることが分かった。


「なるほど、こちらを包囲して弧を描きながら弓を放ち、接近すると撤退する作戦か」


 彼らの戦術を見抜いた私は、すぐさま対策を練った。


「ヒューゴ、ラシーム、こちらへ」


 二人を呼び、私は作戦を説明する。


「アークディオン軍は我々が正面から攻めると予想している。そこで、私が率いる部隊が囮となり、正面から攻撃する。その間に、ヒューゴは上流から、ラシームは下流から、弓兵と軽装歩兵、騎兵の混成部隊で回り込んで攻撃してくれ」


 二人は理解を示し、すぐに各自の部隊に戻っていった。


 作戦の準備が整うと、私は自ら先頭に立ち、オーロラハイド重装騎兵隊と共に前進を始めた。


「全軍、前進!」


 私の号令と共に、中央部隊がアークディオン軍に向かって進み始める。予想通り、アークディオン騎兵は弧を描きながら弓を放ち、私たちが近づくと撤退する戦術を取った。


 彼らは私の部隊を包囲し始めるが、それこそが私の狙いだった。アークディオン軍が包囲に集中する中、ヒューゴとラシームの部隊が左右から静かに接近していた。


「今だ! 各隊、突撃!」


 私の合図と共に、突撃ラッパが鳴り、左右からの奇襲が開始された。アークディオン軍は、左右からの突然の攻撃に混乱し、隊形が乱れ始める。彼らが対応しようとする間に、私の部隊も攻勢に転じ、三方から挟撃する形となった。


 アークディオン軍の騎兵は次々と倒れ、歩兵部隊も崩壊し始める。彼らの戦術は完全に破綻し、やがて部隊単位での後退が始まった。


「……敵軍、崩壊し始めているぞ!」


 シドの報告に、私は冷静に次の指示を出す。


「追撃を開始せよ。ただし、散り散りになるな。部隊単位で行動しろ」


 我が軍の追撃が始まり、アークディオン軍は完全に総崩れとなった。兵士たちは武器を捨て、逃げ出す者も多く見られた。


 混乱の中、私は目標を絞っていた。


「ザイナ姫とターリク国王を探せ! 彼らを捕らえれば戦いは終わる!」


 各隊に指示を出し、私自身も敵の指揮本部と思われる位置に向かった。


 数時間の激しい戦いの末、ついにザイナ姫とターリク国王の姿を見つけた。彼らは最後まで抵抗を続けていたが、すでに周囲の兵は全て敗走し、孤立していた。


「降伏しなさい。これ以上の抵抗は無意味です」


 私は二人に向かって言った。ザイナ姫の目には怒りと悔しさが宿り、ターリク国王は疲れ果てた表情で静かにうなずいた。


「負けた……認めよう」


 ターリク国王の言葉と共に、サラーブ川の戦いは終わった。


 夕暮れ時、私はサラーブ川のほとりに立ち、遠くに見えるリヴァンティアの城壁を眺めていた。明日、私たちはあの街を取り戻し、ラシーム王の下で新たな時代が始まる。


「バートル殿、見事な采配だった」


 ラシームが私の横に立った。彼の顔には、祖国を取り戻した喜びと、これからの責任を感じる緊張が混ざっていた。


「ラシーム殿、明日からはあなたが王として、この地を導くのだ」


 私の言葉に、ラシームは静かにうなずいた。


「ファリーナのためにも、リヴァンティアを強い国にしよう」


 彼の決意に満ちた言葉と共に、サラーブ川の上に月が昇り始めた。長い戦いが終わり、新たな時代の夜明けを告げるかのように。



『リベルタス歴18年、5月23日 正午』


 リヴァンティアの玉座の間。ラシームが新王として即位する式典が行われていた。街の人々は新たな王の誕生を歓迎し、通りには祝いの旗が翻っていた。


 私はカイル皇帝からの書状を読み上げた。


「リベルタス帝国は、ラシーム王とリヴァンティア王国との友好関係を今後も続けることを約束する。両国の絆がより強固なものとなることを願って」


 ラシーム王は深く頭を下げ、感謝の意を示した。


「リベルタス帝国の支援なくして、今日はなかった。心より感謝する」


 式典が終わり、私はシドとヒューゴと共に、サラーブ川のほとりを歩いていた。


「……よい戦いだった」


 シドがつぶやいた。彼の表情には、満足感と安堵が浮かんでいた。


「バートル殿の作戦は見事でありました! 吾輩、感動であります!」


 ヒューゴは相変わらず陽気だが、その目は遠くを見据えていた。


「これで西方の平和は保たれる。私たちの仕事は終わったな」


 私の言葉に、二人は静かにうなずいた。


 夕陽がサラーブ川の水面に映り、赤く染まる景色を眺めながら、私たちは静かに帰路に就いた。オーロラハイドでは、カイル皇帝と新教皇レオンが私たちの帰りを待っているだろう。


 春の風が、砂漠に希望の種を運んでいった。


挿絵(By みてみん)


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