救い
【カルメラ二十歳視点】
『リベルタス歴18年、3月2日 夕刻』
オーロラハイドの城壁が見えたとき、私は思わず息を呑んだ。三重に築かれた高い城壁は、雪に覆われて白く輝いていた。これまで見てきた砂漠の城とは比べものにならない壮大さだ。
入城門に近づくと、重装備の衛兵たちが私たちの一行を厳しい目で見つめていた。ナシームがメルヴの通行証を見せると、衛兵長らしき男性が書類に目を通した。
「よし、通っていいぞ」
彼の一言で門が開かれ、私たちは遂にオーロラハイドの内部へと足を踏み入れた。城内は予想以上に広く、雪に覆われた庭園や石畳の道、そして様々な建物が整然と並んでいた。
案内された先は、黒の城と呼ばれる本城だった。
通されたのは、黒の城の会議室。壁には四本の剣が交差する紋章が掲げられ、大きな窓からは雪が積もった城下町の景色が広がっていた。長い旅の果て、私は異国の皇帝の前に立っていた。
「ようこそ、オーロラハイドへ! まぁ、なんだ。ヤキトリでも食おうぜ。俺は皇帝のカイル! よろしくな!」
金髪に赤いマントを纏ったカイル皇帝が、手を叩いた。彼は若いが、その瞳には威厳が宿っている。
「あっ、はっ、はい……」
私は震える声で返事をした。男性の前では、まだ体が勝手に反応してしまう。
(なんだろう? 男の人……このカイル皇帝も怖いけど、そんなに怖くない? わかんない……)
メイドが運んでくるヤキトリの香ばしい匂いが、緊張した空気を少し和らげる。
私の隣では、砂漠からずっと案内してくれたナシームが静かに姿勢を正していた。彼は狐のハッサンの密偵だと名乗った人物だ。
「恐れながらカイル様、レオン様。カルメラの心の傷を癒していただけませんか?」
ナシームの言葉に、皇帝は肘掛けに腕を置き、隣に座る赤髪の少年に視線を送った。
「おう、確かアンタ、狐のハッサンの密偵だな? なあ、レオンいいだろ?」
皇帝の呼びかけに、赤髪の少年が穏やかに頷いた。彼は優しい雰囲気を纏っている。レオンという名前らしい。
「う、うん。もちろんいいよ。カルメラさん、ちょっと手をとってもいい?」
レオンが私に向かって手を差し出した瞬間、恐怖が全身を駆け巡る。
「ひっ、ひいっ!」
思わず身を引き、小さな悲鳴が口から漏れる。皇帝の部屋で繰り返された恐怖の記憶が蘇り、体が勝手に震え始めた。
その時、向かいに座っていた褐色の肌をした少女が立ち上がった。
「カルメラとやら、怖いのであれば、妾が手を添えてやるぞえ? 名はファリーナじゃ」
その少女の言葉に続いて、白いドレスを着た美しい女性も立ち上がる。
「では、私も手を添えますね。あっ、私はユリアです」
白い神官服を身にまとった女性が静かに近づいてきた。
「じゃあ、私もやるわね。私はアウローラよ」
三人は静かに私の周りに集まると、そっと私の手を取った。ファリーナの手は小さいが力強く、ユリアとアウローラの手は優しく温かい。
「じゃあ、やるよ?」
レオンが穏やかな微笑みを浮かべながら、私の前に立つ。彼の瞳に何かが宿り、次の瞬間、体全体から青い光が放たれ始めた。
優しい青い光が、まるで清らかな水のように彼の体からほとばしり出る。その光は次第に部屋全体を包み込み、私の心の奥深くまで届くような感覚があった。光の中で、彼の瞳がさらに強く輝いていた。
不思議な温かさが私の体を包み込み、長い間凍りついていた恐怖が、少しずつ溶けていくような感覚。まるで冷たい氷の鎧が一枚一枚剥がれていくようだった。
青い光の中で、セダ・ヴェルデでの恐ろしい記憶が薄れていくのを感じる。夜ごとに繰り返された悪夢が、まるで遠い国の出来事のように思えた。
(あたたかい……こんなに、こんなに温かいなんて……)
光は次第に強さを増し、部屋全体が青白い輝きに包まれる。私の目からは、気づかぬうちに涙が流れ落ちていた。それは恐怖の涙ではなく、解放の、救いの涙だった。
窓の外では、小さな雪の結晶が舞い降り、その一つ一つが青い光を反射して輝いていた。オーロラハイドの夕暮れは、私の人生の新しい章の始まりを静かに見守っているようだった。
長い旅の果て、遂に訪れた救い。私の心の傷を癒す光は、まるで砂漠に降り注ぐ恵みの雨のように、乾いた心を潤していった……
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