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交易路の守護者!~理想の国づくりと貿易で無双したいと思います~  作者: 塩野さち
第四章 心の門

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狐の使い

『セダ・ヴェルデ歴189年、リベルタス歴18年、2月6日 夜』


【カルメラ二十歳視点】


 ロヴァニアの城壁が月明かりに照らされ、白く浮かび上がっていた。砂漠の縁にある街だ。おそらく水が貴重品だろう。白い石造りの塔からは温かな灯りが漏れている。十二日間の荒れた道のりを経て、私たちはようやくこの街に辿り着いた。


 私とナシームは、砂埃まみれの服装のまま南門をくぐり抜け、旅人宿『風見の家』に向かった。


「カルメラ、部屋に荷物を置いたら、少し話がある」


 ナシームは普段よりも硬い声で言った。


 顔を覆っていた布を外すと、端正な顔立ちが現れる。砂漠で見せる穏やかな笑顔とは違い、今夜の彼は緊張した表情をしていた。


 宿の狭い部屋に入ると、ナシームは慎重にドアを閉め、くさびを差し込んだ。壁に掛けられたランタンの光が揺れ、私たちの影を大きく伸ばす。


「ここで話そう」


 彼は窓の戸を閉め、外の音が聞こえないようにした。


「カルメラ、メルヴへ行く前に、私の正体を明かさなければならない」


 私の胸が高鳴った。震える指で髪を耳にかけながら、黙って彼を見つめる。


「私は商人ではない。正確には、リベルタス帝国のメルヴ総督『狐のハッサン』に仕える諜報員だ」


 その言葉に、私の耳の奥で風の音が鳴った。一瞬でセダ・ヴェルデの夜が記憶に蘇ってくる。皇帝エンリケに蹂躙される毎日……


(泣き叫んでもやめてくれなかった。だからわたしは、あまり泣かなくなった)


「狐のハッサン……一介の商人から成りあがった総督ですね」


「そうだ。ハッサン総督は帝国の境界を守り、砂漠の情勢を探るために私たち商人の姿をした諜報員を送っている。私もその一人だ」


 ナシームは腰に巻いた布の内側から、小さな銀の紋章を取り出した。四角い枠の中に尾を広げた狐の姿が刻まれている。


「わたしを……利用するために近づいたの?」


「最初はそうだった。しかし、リヴァンティアでザイナ姫の冷酷な裁きを見た夜、君が恐怖に震える姿を見た。任務よりも……助けたいと思ったんだ……」


 その言葉が突き刺さる。セダ・ヴェルデの皇帝に犯される夜の記憶と、あの冷たい目の記憶が呼び覚まされ、私は唇を噛んだ。


「あなたはわたしに、ついて来いと?」


「カルメラ、君が本当に自由を求めるなら、メルヴに寄ってほしい。どちらにしろ通り道だ。ハッサン総督はあなたの敵ではない。総督は商人や民たちを保護したいだけなのだ。君の旅の経験は、この大陸の未来を変える力になる」


 私は小さな鞄を抱きしめた。中にはフェルナンド王子から託された金貨の袋が入っている。それは、セダ・ヴェルデの宮殿で受けた数少ない恩だった。


(私はナシームに恩を受けたわ。でもやっぱり、あの皇帝エンリケは怖い。わたし一人の命より、多くの人々を救う手助けができるなら……)


「メルヴまでどれくらいかかるの?」


「ここから北東へ砂漠沿いに進み、十日ほどだ。フェリカ王国の領地を通る山道は険しいが、交易騎兵隊が巡回している。安全なはずだ」


 私は大きく息を吐いた。ナシームの瞳には嘘がない。彼の優しさは、演技ではないだろう。それに諜報員としての打算もある。


「わたしは……男が……怖い……」


 声が震え、歯が鳴る。けれど次の瞬間、胸の奥から熱いものが湧き上がってきた。


「リベルタス帝国のレオン殿は人の心を癒せるという。見てもらえるように頼んでみる」


「……この恐怖を、終わらせる……わたし、行く!」


 自分でも驚くほど、はっきりとした声が出た。ナシームは静かに目を閉じ、深々と頭を下げた。


「ありがとう。君の勇気は必ず報われる」


 二人で窓を開けると、ロヴァニアの夜風が甘い葡萄酒の香りを運んできた。遠くで鐘の音が鳴り、月の光が街を覆っている。


 まだ決めておきたいことがあった。私はポケットから、剣の柄ほどの重さしかない金貨の袋を取り出し、そっとナシームに差し出した。


「これを、わたしのような逃げる人たちのために使って」


 ナシームは迷うことなく受け取った。銀の紋章が月光に照らされ、狐の尾が輝いて見えた。


「夜明け前に出発する。荷物は軽くしておくといい」


 私は頷き、窓辺で深く息を吸った。冷たい空気が頬を刺すが、胸の中は不思議と温かかった。砂漠の端に続く街の明かりが、星のように小さく見える。やがてそれらは大地の闇と溶け合っていった。


(いつか、この恐怖が消える日は来るのだろうか)


 それでも歩き続けよう。答えは前に進まなければ見つからない。私は背筋を伸ばし、暗闇の向こうに思いを馳せた。


 夜はまだ深い。けれど東の空は、わずかに白み始めていた。


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