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交易路の守護者!~理想の国づくりと貿易で無双したいと思います~  作者: 塩野さち
第四章 心の門

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魔女伯の帰還

『リベルタス歴18年、1月1日 夜』


【カイル視点】


 俺たちが住むオーロラハイドの黒の城。今夜の広間は通常の二倍の明かりが灯され、大広間は昼のように明るい。父ゼファーに似た豪快な性格の俺は、こういう宴会の場が実に心地よい。皇帝としての威厳を保ちつつも、祝宴の主役として場を盛り上げるのが役目だ。


「よし、みんな! グラスは持ったな?」


 俺は宴の中央に立ち、杯を高く掲げた。出席者全員の視線が集まるのを感じる。大きな窓から見える城壁には、リベルタスの旗が誇らしげに翻っている。四本の剣がモチーフとなったその旗は、人間、エルフ、ドワーフ、ゴブリンの団結を象徴するもので、新年の夜に一段と鮮やかに見える。


 壁には特別に描かせた肖像画が飾られていた。俺とユリア、弟のレオンとファリーナ姫、そして妹のエリュアと宰相バートルが並ぶ姿だ。エリュアがバートルと一緒の肖像画を望んだとき、俺は内心「まだ諦めてねぇのか?」と思ったが、口には出さなかった。バートルに振られたというのに、妹はまだ彼への思いを捨てていないらしい。宮廷では二人についての噂が今も囁かれている。


「諸君、新年おめでとう。この一年、リベルタス帝国は多くの試練を乗り越えてきた。それもこうして共に杯を交わす皆の力があってこそだ。今宵は祝いの時。思う存分楽しんでくれ!」


 俺の言葉に、広間から拍手が沸き起こった。宮廷礼服と民族衣装が入り混じる色鮮やかな光景を眺めながら、俺は静かに微笑む。ユリアが横にいてくれたなら、もっといいのにと思うが、彼女は少し離れたところでアウローラと話している。


「カイルたんに、レオンきゅん! 立派になったものだねぇ」


 エドワード・フェリカ国王が豪快に笑いながら、杯を掲げてきた。顔はすでに赤らんでいる。


「お父様、もう飲みすぎではありませんか?」


 シルクママが穏やかに諫めると、「まだ夜は長いのですよ」と付け加えた。


「いやいや、我が娘よ! 孫たちと酒を酌み交わせる喜びったら!」


 それを見て、リリーママとエルミーラママはくすくすと笑い合っていた。俺はエドワード王のいつもの調子に苦笑するしかない。



 少し離れたところでは、女神官アウローラがユリアと静かに祝宴を眺めていた。厳かな白い衣装で、彼女の静謐な佇まいには何か特別なものを感じる。俺とユリアだけが知る秘密があるからこそ、アウローラには特別な感謝の念を抱いている。


(まぁ、アウローラさんも、ユリアも天使だからなぁ……ってことは、女神様ってのもいるのかねぇ? 今度ユリアにでも聞いてみるか……)


 ファリーナはリヴァンティア宰相ラシームと共に、珍しそうにゴブリンの料理を口に運んでいる。グリーングラスが用意した今夜の饗宴の目玉は、ゴブリン風の料理の数々だった。


 大皿には冬の味覚が並ぶ。茶色い葉で包まれた山芋の蒸し物は、中から湯気と共に香ばしい匂いを漂わせている。夏に塩漬けにしたキノコと干し野菜を水で戻し、ゴブリン特製の香草と一緒に煮込んだ煮物は、冬の体を温める一品だ。薄く切った干し山菜を独特の衣にくぐらせて揚げた揚衣(あげごろも)は、サクサクした食感が特徴的で、冬の宴会では欠かせない一品となっていた。


 さらに、ゴブリンたちが地下で育てている特製マッシュルームのスープは、クリーミーな味わいで、寒い冬の夜にぴったりだ。テーブルの中央には、保存しておいた秋の実りを使ったゴボウとにんじんの煮込みが大きな土鍋で提供され、その周りを囲むように小皿に盛られた漬物が色とりどりに並んでいた。


「これは……不思議な食感じゃのう。サクサクしていて、でも中は柔らかいぞ」


 ファリーナが感想を言うのが聞こえる。


「おお、なるほど。これがゴブリン流の揚衣(あげごろも)というものか」


 ラシームも興味深そうに応じている。



 宴会場の一角では、バートルとヒューゴ、そして重装騎兵隊長ロイドが談笑していた。彼らの会話に耳を傾ける。


「グラナリアでの勤務、お疲れ様でした」


 ロイドが杯を差し出す。


「実に実りある日々だったよ。あれだけ険悪だった関係が、今ではこうして同じ宴席に座れるのだからな。麦や塩、服などの関税も正式に決まった」


 宰相(バートル)は穏やかに頷いた。


「あのヴィレム公王相手に、バートルはよくやりましたな!」


 ヒューゴはすでに酒が回っているようで顔が赤い。


「私は軍の訓練ばかりで退屈でした」


 ロイドの言葉にバートルは苦笑する。



 俺は彼らの功績に感謝している。二人の努力があってこそ、リベルタスとグラナリアの関係は大きく改善した。



 広間の入口付近には、グラナリア公王ヴィレムと魔女伯ルクレツィアが立っていた。俺の目を見て会釈するヴィレム。オヤジの暗殺から、オルヴァリスの戦いを経て、ここまで来られたことが不思議な気もする。


 ルクレツィアはレオンの治療のおかげで呪いから解放され、今夜がオーロラハイドでの最後の夜だった。


 レオンが二人に近づいていくのが見える。


「ルクレツィアさん、ヴィレムさん。お二人とも新年おめでとうございます」


 レオンはいつも人当たりがいい。


「レオン様、本当にありがとうございました。もう呪いの影響はまったくありません」


 ルクレツィアは深々と頭を下げた。


「良かった」


 レオンは微笑むとゆっくり返礼する。


「グラナリアに帰ったら、麦祭りを開いてください。いつか見に行くから」


 その会話を聞いていたドワーフ王トーリンが近づいていく。


「おお、魔女伯殿! 治療が完了したと聞いた。めでたい、めでたい」


 彼は豪快に笑い、「我らドワーフも祝杯を上げよう!」と声を上げた。



 宴もたけなわとなった頃、俺は再び立ち上がり、広間の注目を集めた。


「みんな、知らせがある。今宵をもって、バートル宰相とヒューゴ軍務大臣のグラナリア出向が正式に終了する。二人の尽力により、グラナリアとリベルタスの関係は大きく改善した」


 拍手が広間に響く。


「そしてもう一つ」


 俺は続けた。


「魔女伯ルクレツィアさんの治療も完了した。明日、ルクレツィア殿は夫であるヴィレム公王と共にグラナリアへ帰国される」


 広間が静まり返る中、ヴィレムが一歩前に出た。


「リベルタス皇帝陛下、そして諸君。かつて我はリベルタスに対し、許されざる行為を行った。敵を討つことしか頭になかった」


 ヴィレムは深く頭を下げる。


「だが、皇帝陛下の器の深さと広さにより、我は今もグラナリアの王として在り続けることができる。そして妻のルクレツィアも、レオン殿の力で呪いから解放された」


 彼の声は震えていた。


「我々は…決して忘れぬ。リベルタスの慈悲を」


 ルクレツィアも夫の隣に立ち、頭を下げる。二人の目には涙が光っていた。


 俺はヴィレムに近づき、彼の肩に手を置いた。


「過去は過去だ。これからは共に未来を築こう、ヴィレム。きっと今のアンタとなら、天国のオヤジも一緒に酒を飲んでくれるさ!」


 俺の言葉に、ヴィレムとルクレツィアは感極まり、涙を流した。その姿に広間からは温かい拍手が湧き起こった。


「かはっ! 吾輩、感動であります!」


 ヒューゴは目を拭いている。


「まあまあ、ヒューゴ殿」


 バートルが苦笑する。



 祝宴は夜更けまで続き、広間に飾られた肖像画は松明の光に照らされて輝き、まるで描かれた人物たちも祝宴を見守っているかのようだった。


 新年のリベルタスの夜は、平和の証のように明るく輝いていた。



『リベルタス歴18年、1月2日 朝』


 グラナリアへと続く街道。出発の準備を終えたヴィレムとルクレツィアの馬車を、俺とレオン、バートル、ヒューゴで見送っていた。


「ヴィレム、麦の件は約束通りだぞ」


 俺はヴィレムと固く握手を交わす。


「ああ、リベルタスへの麦の輸出価格は安定させる。約束する」


 ヴィレムと俺は目を合わせ互いに頷く。


「レオン様、本当にありがとうございました」


 ルクレツィアは馬車の窓から身を乗り出し手をふった。


「うん、ルクレツィアさんもお元気で!」


 レオンも笑顔で手を振りかえす。


 馬車が動き出し、グラナリアへと向かっていく。ヴィレムとルクレツィアは見えなくなるまで手を振り続けた。


「さて、俺たちもオーロラハイドへ戻るか。新しい年の仕事が待っている」


 こうして、新年のリベルタスは明けていった。リベルタス皇帝として新年が始まる。


 まだ、砂漠の国リヴァンティアの問題を抱えたままであり、波乱が起こる予感があった。


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