表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
交易路の守護者!~理想の国づくりと貿易で無双したいと思います~  作者: 塩野さち
第三章 熱砂の姫君

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

125/171

熱砂の姫君と粉雪

【レオン視点】


『リベルタス歴17年、11月30日 午後』


 オーロラハイドの空が灰色に沈んでいた。


 僕は黒の城、訓練場での稽古を終え、汗を拭いながら休憩していた。約一か月半の訓練で、僕の体はすっかり引き締まり、剣の扱いも上達した。カイルお兄ちゃんの特訓は厳しかったが、行軍や兵の配置など、指揮官としての知識が身についた。


「レオン、今日はこれで終わりだ。よく頑張ったな」


 カイルお兄ちゃんが僕の肩を叩く。彼の表情には満足感が浮かんでいた。


「ありがとう、お兄ちゃん。随分と強くなった気がするよ」


 僕は木剣を杖代わりにしてなんとか立つ。


 皇帝(お兄ちゃん)は、いつも限界まで鍛えてくれた。


「ああ、成長したな。明日から来春の作戦会議が始まる。バートルとヒューゴもグラナリアから戻ってくるし、メルヴからの使者も来る予定だ。本格的な準備を始めるぞ」


 兄の言葉には自信と期待が混じっていた。彼の目には、僕への信頼の光が宿っている。


「うん、わかった。ファリーナちゃんの国を取り戻そう!」


 僕の決意に、カイルお兄ちゃんは満足げにうなずく。


「そういや、ファリーナはどこだ? 最近は毎日、お前の稽古を見に来ていたじゃないか」


「今日は朝から体調が優れないみたいで、部屋で休んでるよ。砂漠の国の人だから、オーロラハイドの冬は厳しいみたいなんだ」


 そう話していると、僕は空から何か白いものが舞い落ちるのを見つけた。


「あっ!」


 カイルお兄ちゃんも同時に空を見上げる。


「ああ、今年最初の雪だな」


 小さな白い結晶が、ゆっくりと舞い降りてくる。


「そうだ! ファリーナちゃんに見せなきゃ! 初めての雪だよ!」


 僕は急いでコートを羽織ると、城内へと駆け出した。


「レオン! 風邪引くなよ!」


 後ろからカイルお兄ちゃんの声が聞こえたが、僕は既に走り出していた。


 階段を駆け上がり、ファリーナちゃんの客室のドアをノックする。


『コンコンコン』


「ファリーナちゃん! 大変だよ! 外に出てきて!」


「な、なんじゃ? (わらわ)は少し体が……」


 ドアの向こうから、彼女の弱々しい声が聞こえる。


「雪が降ってきたんだ! 君が見たかった雪だよ!」


 僕の言葉に、ドアが勢いよく開いた。そこには薄い毛布を身にまとったファリーナちゃんが立っていた。


「ほ、本当なのか!? 雪じゃと?」


 彼女の目は、体調が優れないにもかかわらず、好奇心で輝いていた。


「そうだよ! さあ、着替えて! 外を見に行こう!」


 ファリーナちゃんは一瞬ためらったが、すぐにうなずいた。


「少し待つのじゃ! 特別な衣装を着るぞ!」


 彼女は急いで部屋に戻ると、扉を閉めた。僕は廊下で待つこと数分、やがて扉が開き、ファリーナちゃんが姿を現した。


 彼女が身につけていたのは、リヴァンティアで初めて見た時の踊り子の衣装だった。青と赤のセパレート服に、半透明の羽衣を羽織っている。腰には小さな鈴が付けられ、歩くたびに「チリンチリン」と涼やかな音を立てる。


「その格好じゃ寒いよ! 上にコートを着て……」


「大丈夫じゃ! 気合じゃ!」


 彼女は誇らしげに言うと、僕の手を取り、急いで城の中央庭園へと向かった。


 庭園に出ると、辺りは徐々に白く染まり始めていた。まだ雪は地面を覆うほどではないが、樹木の枝や石畳の上に、うっすらと白い粉が積もり始めている。


「これが……雪なのじゃな……」


 ファリーナちゃんは息を呑み、空を見上げた。彼女の瞳に、雪の結晶が映り込む。


「そうだよ。冬になるとオーロラハイドでは雪が降るんだ」


 僕の説明に、彼女は耳を傾けようともせず、庭園の中央へと歩み出た。


(わらわ)が踊れば、この雪はより美しく降るのではないかのう?」


 彼女はそう言うと、両手を広げ、ゆっくりと回り始めた。


 空から舞い落ちる雪と、庭園の松明の明かりが、幻想的な光景を作り出す。ファリーナちゃんの踊りは、リヴァンティアの泉での踊りとは違っていた。より自由に、喜びに満ちている。


「砂漠では、空から降るのは熱い砂のみ。こんな冷たくも美しいものが降るなんて……」


 彼女の声は風に乗って僕の耳に届く。


 踊りながら、彼女の指先から青い光が漏れ始めた。彼女の権能が目覚めたのだ。不思議なことに、青い光は雪の結晶と同化し、より一層輝きを増した。


「見てたもれ! 雪が水になるのじゃ!」


 彼女が両手を天に向けると、雪が手のひらで溶ける。


 僕はその光景に見とれていた。砂漠の国からやってきた姫君が、雪の中で踊る姿は、なんとも不思議で美しかった。


 気づくと、庭園の周りには城の住人たちが集まり始めていた。エリュアやユリアさん、そして三人のママたちも姿を見せ、この幻想的な光景を静かに見守っている。


「美しい……」


 エルミーラママの声が、静かに響いた。


 雪はどんどん強く降り始め、庭園は白銀の世界へと変わっていく。ファリーナちゃんの黒髪に雪が積もり、彼女の足跡が庭園に模様を描いていた。


「レオン! こちらへ来るのじゃ!」


 ファリーナちゃんが僕を呼ぶ。彼女の微笑みには、純粋な喜びが溢れていた。


 僕は彼女の元へ走り寄り、手を取った。


「冷たくないの?」


「いいえ、不思議と暖かいのじゃ。この雪という水は、(わらわ)の権能と共鳴するようじゃな」


 彼女の手は確かに暖かかった。まるで権能の力で体温を保っているかのようだ。


 突然、彼女は僕の頬に口づけをした。冷たい雪と彼女の暖かい唇のコントラストが、僕の心臓を高鳴らせる。


「リヴァンティアを取り戻したら、今度は(わらわ)の国にも雪を降らせられないかのう?」


 彼女の無邪気な問いに、僕は微笑んだ。


「それは難しいかもしれないね。でも、君の水の権能があれば、何か面白いことができるかもしれないよ」


 彼女はくすくすと笑いながら、再び踊り始めた。彼女の周りでは、雪が渦を巻き、青い光と混ざり合って小さな竜巻のようになっている。


「この思い出を砂漠に持ち帰るのじゃ!」


 彼女の宣言は、決意に満ちていた。


 雪の中で踊る彼女を見ながら、僕は春の出兵に向けて心を引き締める。


(なんとかしよう。ファリーナちゃんの国を取り戻す。そして彼女の笑顔を守り続ける)


 白い雪が降り続ける中、二人の誓いは静かに、しかし確かに結ばれていった。


 オーロラハイドの冬空の下、熱砂の姫君は新たな世界を受け入れ、そして来たるべき戦いに向けて、新たな一歩を踏み出したのだった。


 雪と踊りと、二人の約束。白銀の世界は、これからの旅路を優しく照らし出していた。


【第三章 熱砂の姫君編 完 ・ 第四章 心の門編 へと続く】


 ここまで読んでくれて、ありがとう。

 この章が気に入ったら、感想や星評価で教えてくれると嬉しいです。

「面白かった!」の一言でも、あなたの声が次の物語を動かす力になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ