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レオンとカイルの密談

【レオン視点】


『リベルタス歴17年、10月17日 深夜』


 夜……城内は静まり返っていた。僕は温泉でファリーナちゃんと過ごした後、簡単な宴席に出る。彼女を客室まで送り届け、自分の部屋に戻ってきたところだった。


 自室のベッドに横たわり、天井を見つめていると、静かにドアがノックされた。


『コンコンコン』


「レオン、起きてるか?」


 小さな声で話しかけてくるのは、皇帝(お兄ちゃん)だった。


「うん、起きてるよ」


 僕がドアを開けると、カイルお兄ちゃんが廊下に立っていた。彼はナイトガウン姿で、悩ましげな表情を浮かべている。


「ちょっと俺の部屋まで来てくれないか? 二人だけで話がある」


「わかった」


 僕は小さくうなずいて、お兄ちゃんの後に続いた。


 廊下には護衛の姿はなく、ただ壁の松明だけが二人の影を長く伸ばしている。夜の城内は昼間とは違う顔を見せ、石造りの壁が静かに佇んでいる。


「ユリアさんは?」


「今日は一人で寝てる。なんか疲れたみたいでな」


 お兄ちゃんの私室に着くと、彼は扉を静かに閉め、部屋の隅にあるソファを指差した。


「座れよ」


 僕はソファに腰掛け、カイルお兄ちゃんも向かいに座る。ランプの明かりが、二人の顔を橙色に照らし出す。


「レオン、正直に言うぞ。リヴァンティアの件、難しいんだ」


 カイルお兄ちゃんは眉間にシワを寄せながら、真剣な表情で語り始めた。


「難しいって……どういうこと?」


「バートルもヒューゴも今、グラナリアの安定化に尽力してるんだ。もうちょっとだとは思うんだが、今は動かせないぜ」


 グラナリアはまだ併合したばかりで、安定していないのだろう。人手が必要なのは理解できた。


「そっか……」


「オマエの女のためだからよ、軍を動かしたいのはヤマヤマなんだけどよ。どうにも指揮官がいねぇ……」


 カイルお兄ちゃんはため息をつくと、グラスに水をそそぐ。その表情には、帝国の指導者としての悩みが滲み出ている。


(僕と違って、お兄ちゃんの肩にはリベルタス全土の重みがかかっているんだ……)


 兄の立場は分かる。だけど、ファリーナちゃんとリヴァンティアの人々のことを思うと、黙っているわけにはいかない。


「お兄ちゃん! それなら僕が軍を率いるよ! メルヴの兵を貸して!」


 僕は立ち上がり、真っ直ぐに兄の目を見た。兄と違って内政向きの僕が軍を率いるのは無謀かもしれない。けれど、僕にはお父さんから授かった権能がある。そして、守るべき人がいる。


 カイルお兄ちゃんは少し驚いたように目を見開き、僕をじっと見つめた。


「オマエが……? 皇帝の弟が危険な戦場に出るってのはな……」


「でも、お父さんだってメルヴを陥落させたって記録で知っているよ。公王としての責任を果たしながらも前線に立っていたんだよね。お兄ちゃんもオルヴァリスで戦った!」


 僕は父と兄の偉業を思い出しながら言った。


 カイルお兄ちゃんは立ち上がると、窓辺に歩み寄り、夜空を見上げた。しばらくの沈黙の後、彼はゆっくりと振り返る。


「そういえば、さっき寝る前にユリアが面白いことを言ってたんだ」


「え? 何を?」


「熱砂の姫君のことさ。ファリーナはお前のことを本気で気に入ってるらしいな。それどころか、ユリアによれば『オーロラハイドに嫁ぎたい』とさえ言ってたとか」


 僕は顔が熱くなるのを感じた。


「ええっ!?」


「それだけじゃない。実は彼女、王位のことをずいぶん重荷に感じてるみたいでな。本心では兄のラシームに譲りたいんだと」


「そうなんだ…」


 僕は少し複雑な思いになった。ファリーナちゃんは僕の前では「女王」と自分を呼び、誇り高い様子だったが、内心では別の思いがあったのだろうか。


「オマエがそれでいいなら……分かった……」


 兄の言葉には、弟を危険な目に遭わせる不安と、彼の成長を認める誇りが入り混じっていた。


「本当に?」


「ああ。だが条件がある。メルヴの兵は貸すが、権能の使い方は気をつけろよ。あれを使いすぎるとお前の体に負担がかかるからな」


 お兄ちゃんは僕の肩に手を置き、真剣な表情で言った。


「わかってる。僕も使いすぎないように気をつけるよ」


 僕はうなずいた。確かに権能を使うと疲労を感じる。長時間使い続けることはできない。


「それと、軍を率いるからには、俺自身がお前を鍛えてやる。明日からみっちり、朝から晩まで俺との特訓だ。オルヴァリスの戦いで俺が得た経験をすべて教えてやる」


 カイルお兄ちゃんは真剣な表情で言った。彼自身がグラナリア軍との戦いで、実戦経験を積んでいる。


「お兄ちゃんが直接教えてくれるの?」


「ああ。指揮官として知っておくべきことは、誰よりも俺が教えられる。俺のオルヴァリスの戦いの指揮経験を、残らず伝授してやる。兵の配置から、戦場での判断力、それに砂漠での戦い方まで、必要なことはすべてだ」


 僕は感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。


「ありがとう、お兄ちゃん!」


「それと…」


 カイルお兄ちゃんは少し笑みを浮かべた。


「ファリーナのことだが、正式に婚約の儀式をしたほうがいいんじゃないか? オマエがリヴァンティアの王配になれば、両国の同盟関係も強固になる。それに彼女が望むなら、王位を兄に譲ることもできるんじゃねぇのか?」


 僕は顔が熱くなるのを感じた。


「えっ、そんな、まだ……でも、ファリーナちゃんの気持ちを尊重したいとは思うよ」


「まあ考えておけ。リヴァンティアを取り戻すには、正統性も大事だからな」


 お兄ちゃんはニヤリと笑って、僕の頭をポンと叩いた。


「さて、遅くなった。もう休め。明日から忙しくなるぞ。朝日と共に訓練場に来い。甘くはないからな」


 僕たちは部屋を出て、廊下で別れの挨拶を交わした。


「ありがとう、お兄ちゃん」


「当たり前だろ。俺たちは兄弟なんだからな」


 カイルお兄ちゃんは最後にウインクをする。僕は兄の部屋のドアをそっと閉めた。


 僕は自室に戻りながら、これからの戦いについて考えていた。


(メルヴの兵を率いて、リヴァンティアへ……そして、ファリーナちゃんの望みも叶えたい)


 不安と期待が入り混じる気持ちで、僕はベッドに横たわった。窓から射し込む月明かりが、部屋を銀色に染めている。


(ファリーナちゃん、必ず国を取り戻そう……そして君の幸せも守りたい)


 そう心に誓いながら、僕は静かに目を閉じた。

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