ザイナの眼差し
【ザイナ・アークディオン姫君 16歳視点】
『アークディオン歴301年、リヴァンティア歴208年、9月10日 夕刻』
私は緋色のサリーを身にまとい、リヴァンティア宮殿の玉座の横に立っていた。
玉座には父、ターリク・アークディオン国王が威厳に満ちた表情で座している。父は征服者としての誇りを全身から放ち、その瞳には勝利の喜びが宿っていた。
砂漠の夕陽が宮殿の窓から差し込み、床に王家の紋章を赤く照らしている。サラーブ川のモチーフを象った紋章は、もはやリヴァンティア家のものではない。
これからは、アークディオンの支配下となるのだ。
「父上、これにてサラーブ川の流域を制したも同然。砂漠の交易路を掌握できるでしょう」
父は玉座から私に向けて笑みを浮かべ、満足げに頷いた。
「ザイナよ、お前の計らいで城門が内側から開かれ、流血の少ない勝利となった。見事だ」
そう、わずか十二日前。私の策により、リヴァンティアの役人たちを買収し、西門を内側から開けさせたのだ。
砂漠の戦。それは時に剣よりも金が物を言う。
「ハリード団長、例の役人たちをここへ連れてまいれ」
私は命じた。騎士団長ハリードは深く頭を下げ、去っていった。
しばらくして、鎖につながれた五人の男たちが部屋に連れてこられた。リヴァンティアの高級役人たちだ。西門を開け、私たちに協力した裏切り者たち。
彼らの顔は土色で、恐怖に歪んでいる。
「私が約束した通り、たっぷりと褒美を与えましょう」
私は父の横から一歩前に出て、彼らに近づいた。
「姫君様、私どもはお言葉通り、門を開けました。約束の金を……」
先頭の太った役人が言う。彼の脂ぎった顔に、欲望の跡が刻まれている。
「そう、約束した通りね」
私は微笑んだ。それから騎士団長ハリードを見つめた。
「ハリード団長、彼らに褒美を与えよ」
「ハッ! 仰せのままに……」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、シミターの鈍い光が閃いた。
「ひっ!?」
先頭の役人は悲鳴を上げる間もなく、首から血が噴き出した。
「な、何を……! 約束が……!」
残りの役人たちが叫ぶ。
「約束? 裏切り者に与える褒美とは死だけよ」
私の冷たい言葉が、大理石の床に響く。
「ザイナ様の財、それは忠誠である!」
ハリード団長が威厳ある声で続けた。彼の目には厳しさと確固たる信念が宿っている。
「お願いです! 命だけは! 金はいりません!」
「私には家族が……!」
「許してください!」
彼らの命乞いの声が部屋に満ちる。
「己の国を金で売った者が、どうして私たちを裏切らないと信じられるでしょう?」
私の言葉と共に、ハリード団長のシミターが再び振るわれる。
鮮血が美しい弧を描いて飛び散り、大理石の床を赤く染めた。断末魔の叫びが宮殿に木霊し、やがて静寂が戻る。
私は死体に目もくれず、階段を降りていく。
「後始末は頼んだぞ、ハリード団長」
「かしこまりました、ザイナ姫」
ハリードの声は低く、恭しい。彼の忠誠心は揺るぎなく、私はそんな彼を心から信頼していた。忠実な家臣には、相応の敬意と信頼を示すのが私のやり方だ。
私は宮殿の中庭へと足を向ける。そこには、リヴァンティアの象徴である泉がある。熱砂の姫君ファリーナが毎朝踊りを捧げていた場所だ。
既に多くの民が集まっている。彼らはアークディオンの旗の下、新たな支配者を見るために来たのだろう。
彼らの沈黙の中に、抵抗と不満が潜んでいることを、私は知っている。だからこそ、今日のこの儀式が必要なのだ。
宮殿の中庭に立つと、私は深呼吸をした。やがて楽師たちの演奏が始まり、砂漠の旋律が夕暮れの空気に流れる。
私の水の権能。実のところ、踊りなどしなくとも自在に操れるのだが、ファリーナが踊りで民を魅了していたので、私もその演出を真似ることにした。
(単純な民よ。権能と踊りが必ずしも結びついているわけではないのに。見世物に弱いのは砂漠の民はアークディオンもリヴァンティアも同じね)
情報操作も支配の一環。踊りという余興付きで水を浄化してやれば、彼らはより簡単に心を開くだろう。
音楽のリズムに合わせ、私は踊り始めた。
赤いサリーが風に舞い、腕が優雅に弧を描く。足元から砂を蹴り上げ、指先からは青い光が漏れ始める。
(ファリーナとは違う踊りを、違う印象を……)
私の踊りは荒々しく、情熱的だ。ファリーナの優美さとは対照的に、私は力強さと支配を表現する。
踊りのクライマックスで、私の両手から青い光が溢れ出す。泉に向かって放たれた光は、濁った水を一瞬で透明に変えた。
砂の中から湧き出る生命の水。それはアークディオンの支配の象徴となる。
民衆からは「おお!」という驚嘆の声が上がったが、それは心からの歓喜ではない。表面的な従順さの下に、私は彼らの本心を見抜く。
彼らはまだファリーナを忘れていない。熱砂の姫君を密かに待ち望んでいるのだ。
(構わない。時が彼らを従わせるだろう)
踊りを終えた私は、優雅に一礼する。拍手は起こるが、それは義務的なものだ。
私が玉座の間に戻ると、父は既に玉座に座し、満足げな表情で待っていた。
「見事だったぞ、ザイナ。お前の踊りと権能は、民を従わせるのに十分だ」
父は威厳に満ちた声で言った。玉座に座る姿は、まさに砂漠の覇者の風格を漂わせている。
「ありがとうございます、父上」
しかし私には分かっていた。これは始まりに過ぎないこと。
リヴァンティアの民の心を完全に掌握するには、まだ時間がかかるだろう。彼らの目には、私たちは侵略者でしかない。
窓の外を見ると、夕日が砂漠の地平線に沈みかけていた。赤い空の下、リヴァンティアの街は静まり返っている。
彼らは表立って抵抗することはない。だが、家々の中で、路地裏で、彼らは熱砂の姫君の名を囁き続けるだろう。
(私が砂漠の新しい女王となる日まで、長い道のりになるかもしれないわ……)
私は窓辺に立ち、征服したばかりの街を見下ろした。砂漠の向こうに広がる世界を思い、やがて訪れる新たな戦いに思いを馳せる。
熱砂の姫君は、どこへ逃げたのか。
そして、赤髪の少年は誰なのか。
次なる目標は、その謎を解き明かすことだ。
「ハリード団長」
「はい、姫君」
「熱砂の姫君ファリーナと、彼女と共に逃げた赤髪の少年を追え。どこへ逃げたのか、何としても突き止めよ」
「かしこまりました」
ハリードの表情は固く、その眼には従順な光が宿っていた。
私はサラーブ川の向こうに沈みゆく夕日を見つめながら、静かに微笑んだ。
砂漠の新たな統治者の誕生。それはこうして、血塗られた夕暮れの中で幕を開けたのだった。
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