リヴァンティアの攻防
【レオン視点】
リヴァンティアの西壁から、戦いの喧騒が響き渡る。
僕、レオンは城壁の上から、戦況を見守っていた。
……灰と血の混じる匂い。
アークディオン軍は砂色の皮鎧に身を包み、月明かりと無数のかがり火の下で不気味な影となって押し寄せてくる。かがり火の数から判断すると、その数はおよそ一万。
対するリヴァンティア軍は、精鋭揃いとはいえわずか三千。
(きっとリヴァンティアの徴兵が間に合っていないんだね……)
地方からの兵の到着が間に合わず、兵力差は歴然としていた。
「はうう……このままではリヴァンティアが落ちてしまうのじゃ!」
隣でファリーナが拳を握りしめ、青い瞳に怒りを灯す。彼女の黒髪が風に舞い、その姿は戦場を見守る女神のようだった。
「落ち着いてよ、ファリーナちゃん。まだ戦いは始まったばかりだよ!」
僕は冷静さを装って言ったが、胸の内は激しく波打っている。
シミターと盾を構えた敵兵たちが、整然とした隊列を保ちながら城壁に迫ってくる。その動きは訓練された軍隊のものだった。
その前衛には、砂色の皮鎧に身を包んだ騎士団長が進む。
背の高い男が、湾曲したシミターを高々と掲げていた。
「……あれがアークディオンの騎士団長ハリードか」
ラシーム宰相が眉を寄せて呟いた。彼の額には浮かぶ皺が、普段より深く刻まれている。
そのとき、突如、城内から轟音が鳴り響いた。
振り返ると、西門がゆっくりと開き始めている。
「何だ!? 門を閉めろ!」
ラシーム宰相が怒号を上げた。
「誰かが裏切った! 内側から開けられています!」
若い衛兵が駆け寄り、恐怖に満ちた表情で報告する。
「裏切り者か……!」
セリウスが拳を固く握りしめた。彼はまだ戦を知らないが、眼に宿る決意は百戦錬磨の勇士を思わせた。
「レオン様! ファリーナ! すぐに東門から脱出を! 西門はもう持たない!」
ラシーム宰相の表情は固く、その声には諦めが混じっていた。長年築き上げた砂漠の王国が、目の前で崩れ去ろうとしている。
「逃げるなんて……恥なのじゃ!」
ファリーナが食い下がる。
「ファリーナ、ここは逃げの一手だ。東門から逃げよう!」
宰相の言葉に、ファリーナの目に涙が浮かんだ。
「わかった……行くのじゃ!」
僕たち四人は階段を駆け下り、東へと向かう。
通路を抜けると、すでに西門からアークディオン兵が侵入し始めていた。敵兵の叫び声と、守備兵の悲鳴が入り混じる。
東門を目指して走る途中、背後から足音が聞こえた。
振り返ると、鎧を身につけた五人の騎士が迫っていた。
「熱砂の姫君を捕らえろ!」
先頭の兵士が叫ぶ。アークディオンの追っ手だ。
「このままだと追いつかれる!」
走るセリウスの声には焦りが滲んでいる。
僕はその場に足を止めた。父から受け継いだ力……いまこそ使う時だ。
胸の奥で……何かが目覚める。
「ファリーナちゃん、セリウスくん、宰相! 先に行くんだよ!」
三人が振り返って驚きの表情を見せる。
「レオン、何を言っているのじゃ!? 一緒に行くのじゃ!」
ファリーナが叫んだ。
「僕が時間を稼ぐよ。すぐに追いつくから」
僕の全身から青白い光が放たれ始め、周囲の空気がゆらめいた。
「……必ず追いつくのじゃぞ!」
三人はためらいながらも先へ進む。
僕は敵兵たちに向き直った。シミターを抜き、静かに構える。
「おのれ、ただの小僧が何をする気だ!」
兵士長が嘲笑う。
「……受けてみろ! 僕の権能を! 貴族神授領域!」
僕の周囲に、青白い無音の結界が広がり、風も声も吸い込んでいく。
追手の兵士たちは足を止め、驚愕の表情を浮かべた。
「なっ……何だこれは!?」
先頭の兵士が叫ぶが、声は弱々しく響くだけだった。
「僕の神域だよ……」
僕はゆっくりと剣を構え、静かに言い放つ。
結界の中で、僕の声だけが澄み渡った。
「家へ帰れ……」
言葉とともに光が揺らめき、兵士たちの瞳が曇り始める。
一人、また一人と兵士たちが武器を落とし、まるで操り人形のように、来た道を引き返し始めた。
「キミも……家へ帰って、キミたちもだ……」
兵士たちは機械的に、静かに退却していく。
皮鎧の音と足音だけが廊下に響き、やがて彼らの姿は闇の中に消えていった。
「……これで追手はこないはず……早く合流しなきゃ!」
僕は小さく息を吐き、結界を解く。世界が一瞬、色を取り戻す。
権能を使った後の疲労感が全身を襲い、膝がかくりと震えた。
振り返ると、ファリーナちゃんが道の先から駆け寄ってきた。
「レオン~! 心配したのじゃ~、無事でなによりじゃ~!」
彼女の目には涙が光っている。
「行こう! このままじゃ次の追っ手が来るよ」
僕たちは急いで東門を目指した。
門の前では、ラシーム宰相とセリウスくんが食料の準備を終えていた。四頭のラクダが手綱を引かれて待機している。
「よくぞ間に合った! さあ、急ぐのだ!」
宰相が叫ぶ。
東門が開かれ、四人はラクダに飛び乗った。
振り返ると、新たな追手が迫ってきている! ファリーナの顔に緊張の色が浮かんだ。
「必ず取り戻すのじゃ……妾の国を」
彼女の呟きには固い決意が宿っていた。
「行くよ! オーロラハイドへ!」
僕の掛け声とともに、四人は荒野へと駆け出した。
風が耳を打ち、夕日が地平線を染め上げる。
「レオン……そなたがいてくれてよかったのじゃ」
並走するファリーナが、風に舞う髪の間から僕を見つめた。その眼差しに、感謝以上の何かが宿っている。
(なんだろう、この熱い気持ちは……)
僕は彼女から目を逸らし、前方に視線を固定する。
オーロラハイドへの道は遠い。そこには兄が待っている……僕たちの国が。
(きっと、きっと皇帝なら何とかしてくれる!)
朝焼けの空の下、四頭のラクダは疾走を続けた。
リヴァンティアを失った悲しみと、長旅への緊張が入り混じる中、僕たちの逃避行は始まったばかりだった。
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