砂漠の食事と再出発
【レオン視点】
『リベルタス歴17年、7月8日 夕刻 曇り』
外は鈍い雲が垂れこめ、夕方だというのに灰色だ。
けれど皇帝執務室の空気はやけに明るかった。
机に残ったデーツバーの包み紙を見て、僕、レオンは半ばあきれた。
兄のカイル皇帝と妹のエリュアが、山盛りだったはずのおやつをいつの間にか平らげていたのだ。
「なあセリウス、もう無いのか?」
ニコニコ顔の兄がセリウスに視線を送る。
「そうよ、もっとちょうだい!」
エリュアは脚をばたつかせた。
(そこまで気に入るとは……エリュアは相変わらず可愛いなぁ)
僕は苦笑まじりに肩を竦めた。
「カイル皇帝、エリュア殿下。このあとの夕食も、砂漠の美味しいモノを用意してありますよ」
セリウスくんが控えめに言うと、お兄ちゃんもエリュアも目を爛々とさせる。
「おお、砂漠の夕食か! それは楽しみだな! よし、みんな俺の部屋へいこう!」
「アタシもいく~!」
4人で皇帝の私室へ向かうと、部屋ではユリアさんが座って待っていた。
「まあ、みなさん! そろそろ呼びに行こうかと思っていたところです。レオン様、セリウス様、おかえりなさい!」
ユリアさんは胸のまえで両手を合わせながら微笑む。
「どうも! ユリアさん! リヴァンティアへ行くの大変だったけど楽しかったよ!」
僕の義理の姉になるだろう人だ。
(そういえばカイルお兄ちゃんとユリアさんは結婚式やったのかな? あとでそれとなく聞いてみよう)
5人でテーブルを囲んで座っていると、カイルお兄ちゃんとエリュアが、やたらファリーナちゃんの事を聞いてくる。
踊りがうまいとか、水を操る権能を持っているとか、年齢は一つ下くらい? とかペンネが好きとか、いろいろ答える。
「おう、ファリーナちゃんはペンネが好きなのか?」
お兄ちゃんはファリーナちゃんについて色々知りたがる。
なんでも「義理の妹になるかもしれないから」と言っているが、まだ気が早いと思う。
「グラナリアからパスタ職人に来てもらってるよ!」
エリュアも話に乗ってきた。「義理の姉になるかも知れない」と、言い訳っぽいことを言っている。
だけど、単に恋話に飢えているだけのような気がした。
「それでしたら、色々なショートパスタ作らせていますわよ」
ユリアさんまで話に乗ってきた。
人の恋話は、男女関係なく興味があるのだろうか?
「そうだレオン! セリウスともう一回、リヴァンティアへ行ってくれねぇか? 親書に返事もしねぇといけねぇからな!」
まあ、兄の言うことはもっともだ。
「そうだね、正式に親書をもらったのだから、返事は必要だね。わかったよ、またリヴァンティアへ行ってくるね!」
(ファリーナちゃん、新しいショートパスタ喜ぶだろうなぁ……)
僕がぼんやりと熱砂の姫君の事を考えていると、皆がニヤニヤしながら僕を見る。
『コンコンコンッ』
「フィオナです~お食事お持ちしました~!」
フィオナさんが食事の入ったワゴンを押してくると、スパイスの香りが部屋に漂う。
先ほどデーツバーを食べたばかりだが、胃袋の別のところを刺激されるような、そんな香りだ。
僕は砂漠で見たことがあるので知っていた。
これはカレーだ。
「おっ、おいレオン、セリウス。なんだこの茶色と黒の中間みたいなものはよ? いや、香りから食いモンってのはわかるけどよ」
カイルお兄ちゃんが、ちょっと引いていた。
「カイルお兄ちゃん。これはカレーって言うんだよ」
フィオナさんが全員にカレーの入った皿を並べると、テーブルの中央にオーロラハイド風のやわらかパンがたくさん入った皿を置く。
「まあ、お兄ちゃんもエリュアもユリアさんも食べてみてよ。ちょっと辛いと思うから、最初はパンにちょっとだけつけて食べてみて!」
僕はパンを手に取るとフィオナさんに渡す。
「じゃ、毒見するっすね~! う~ん、毒ではないっすね! ちょっとだけ食べると、かえって腹が減るっす!」
フィオナさんが毒見したあと、皆がおそるおそる食べ始めた。
それから無言が続いた。
美味しくて、だれもしゃべらなかったのである。
しばらく皆の咀嚼する音だけが、部屋に響く。
一番最初に平らげたのは、カイルお兄ちゃんだった。
「レオン、もう一つミッションを与える」
「な、なに? お兄ちゃん?」
お兄ちゃんは僕のほうへ身を乗り出した。
「カレーの材料をもっと持ってこい! あとデーツバーもよろしくっ! 親書の返事もあるから、急いで行ってこい!」
お兄ちゃんはパンを手に取ると、皿をふくようにしてカレーの残りを集めていた。
「わ、分かったよ! じゃお兄ちゃんも明日までに親書の返事書いておいてね!」
皇帝の私室に、皆の笑い声が響く。
スパイスの香りは、しばらく部屋から消えそうになかった。
「とても面白い」★五つか四つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★二つか一つを押してね!




